深川 長専院 不動寺  新年護摩供厳修

今晩は深川、長専院不動寺の新年の護摩供

長専院・不動寺では今まで「正五九」(正月・5月・9月)の17日には護摩法要が厳修されていたが数年前からお正月の本日のみになった。

 

本日は今年になり東京地方は初めて本降りの雨。

また本日は23年前の午前5時46分発生の阪神淡路大震災から23年。

6434人の尊い命が犠牲になりまだ行方不明の方も、、

朝の追悼式の模様が放映されていたが冷たい雨が降っていた。

 

午後5時頃だったが既に暗く深川にお邪魔をするときには大川(隅田川)を渡るが私の大好きな吊り橋型の清洲橋は工事中で残念ながらライトアップは見ることが出来なかった。

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長専院の住職は浄土宗の僧侶になる傳宗傳戒道場、浄土宗で有りながらお互いの寺では護摩供の厳修があるので40数年前(昭和50年)に護摩の修行も同行。

しかし昨年10月22日に副住職さんに住職を継承して前住職になってしまった。


不動堂山門

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護摩堂向拝

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先々代住職は大正12年の関東大震災と昭和20年の大空襲で二回本堂を焼失、、
不動堂は鉄筋コンクリート造で震災後に建てられた。かろうじて戦災の消失は免れた。

不動堂内陣
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午後7時からの護摩供では左側の太鼓を約45分間ほど叩く、、
阿弥陀経(護念経)一巻、般若心経は数十巻、、その後、お不動様の陀羅尼御真言、、、
もう40年以上、この護摩供では太鼓を叩いているがだんだん疲れを感じるようになってきた、、、、
祭り太鼓のように全身を使わないので上半身のみの鍛錬、、、、、

護摩の炎に近いが寒いせいで汗はかかなかった。

私の所の副住職は初めて護摩供での承仕(じょうじ 護摩作法のお手伝い役)を務めさせて頂いた。



前後するが到着してすぐに長専院ご本尊様にも御挨拶。

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10数年前にご縁が有り鎌倉期の素晴らしい阿弥陀如来様がお越しになった。

江東区の有形文化財にも指定されている。

 

今晩は護摩供のあとご本堂で不動講の方々の新年会。
明日、副住職は午前8時頃から大本山での行事に出仕するので早々においとま。

毎日、新年の行事が続く、、、 私は明日は法類寺院での初観音祭、


小正月

本日は現在のカレンダーで「小正月」

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皆様も「小豆粥」を召し上がったのでは、、

 

私は残念ながら今朝から多忙で普通の朝食だった。

 

今月はこれからも「初観音」「初地蔵」「初不動」と行事が続く、、、

来月に入ると「節分追儺式 豆まき」「初午祭」、、、、、

 

昨年は旧暦では13ヶ月有ったので本年の旧正月・元旦は2月16日と遅い。

旧暦の小正月(元宵節)は3月2日でおひな祭りの前日。

臺湾や中国では小正月に一年の家内安全・家庭円満の為に「湯円 たんゆぇん」と呼ばれる胡麻饅頭のようなお団子を食べる習わしが、、

 

あと5日後の20日は二十四節季の「大寒」

寒い日が続くようですので御自愛を。

 


都内も二日連続の氷点下

二日ほど前から日本各地で大雪に、、

四国や九州でも。

 

今日・明日と大学受験のセンター試験だが各地で大雪の影響が出たようだ。

会場によっては一時間ほど開始時間を遅らせたり、、

受験生も大変だったのでは。

こんな大雪やインフルエンザの流行る時期ではなくもう少し早められないかと思ってしまう。

 

都内も昨日と今朝は最低気温が氷点下に、、、

 

今朝はー1.8度だったと報じられていた。

 

境内参道の禊観音さま

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「水掛漢音」とも呼ばれ参拝の方も手桶から柄杓で水をかけてお詣り。

 

手桶の中の水も3〜4ミリ程の薄氷が張った。

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1センチ未満なので手桶の氷を割ってお詣り。

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午前7時過ぎだったが観音様は氷のお衣に、、、、

 

今晩も場所によっては大雪の予報が有り明日朝の交通機関が乱れないことを願うばかり、、

受験生も頑張れ!!


江戸消防記念会 「新年の式」「大盃の儀」@椿山荘 錦水

本日は例年通り正午頃に目白の椿山荘に向かった。

日頃、お心遣いを頂いている江戸消防記念会第四区の頭取「新年の式」「大盃(おおさかずき)の儀」が「椿山荘」で挙行された。
毎年御案内を頂き出席させて頂いている。

椿山荘で唯一和室の大広間がある庭園内の料亭「錦水」が会場。

建物の廊下経由でも錦水には行けるが晴天だったが風の冷たかった庭園内を散策して。

庭園内の三重塔。
大正14年に藤田平太郎氏が広島県・竹林寺から三重塔を移築した。
現在は国の有形文化財に指定されている。
周りの樹木は「雪釣り」の冬の姿だった。

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雪景色の時にも是非訪れてみたい。


椿山荘は江戸時代には久留里藩黒田家の下屋敷だった。
明治10年山縣有朋公爵が屋敷として元々の「つばきやま」を「椿山荘」と命名した。
 

会場の錦水近くにある「椿山荘の碑」
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庚申塔

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説明板を読んだら自坊境内の庚申塔と同じ寛文9年(1669年)で同い年だった。

ちょうど庚申信仰の盛んだった頃。

 

お隣は羅漢石

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大正14年に京都伏見の石峰寺から移設安置されたようだ。


椿山荘 庭園内 料亭「錦水」の玄関

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毎年だが年番(本日、担当する)の筒先・道具中が寒い中お出迎え。

今年の年番は三番組・八番組とお聞きした。

 

ご来賓で第四区管内、消防庁第五方面消防本部長や小石川、本郷、池袋、神田、豊島消防署長等々もお見えになっていた。

勿論、毎年国会議員・都会議員の顧問の先生方も、、、

第四区は様々な神社仏閣ともご縁が有るのに毎年私だけにご案内を頂いている事に感謝。

午後1時から錦水 大広間で開式の「口上」と「大盃 おおさかずき」の振る舞い。

この儀式は畳敷きの大広間でなくては出来ない。
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まずは年番(第四区は10組有るので輪番でその年の担当が決まっている)からの口上に続き「大盃」(おおさかずき)が振る舞われた。

 

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まずは小宮江戸消防記念会名誉会長(元 消防総監)と第四区高柳総代に大盃が、、

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続いて来賓から下座へ

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実はこの儀式は一般公開もなく門外不出の新年の習わし。

江戸時代にはいざ火事の場合は組頭に忠誠を誓う作法(儀式)として始まった。

 

神聖な儀式であるがこの江戸時代から続くしきたりを是非ご紹介したく毎年、自席から撮影させて頂いている。

 

若い衆の緊張した凛々しさに次世代を期待!

右側は一番組から五番組、左側は六番組から十番組の頭取中が組頭から順番に並んでいる。

大盃が上座から一巡したあと一旦大盃は納められ祝いの「白扇」が、、
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我々、浄土宗での慶事の時には「朱扇」を携えて行くので二本になってしまった。

式中のご挨拶では持参した朱扇を持つ。

その後、祝いの木遣りの奉唱
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「新年の式」「大盃の儀」のご挨拶が第四区総代から。

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床の間には昨年新調され 澤蔵司稲荷 で入魂式を厳修した第四区の「大旗」も飾られ輝いていた。

 

小宮江戸消防記念会名誉会長(元・消防総監)から祝辞

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ご来賓で記念会第四区管内、消防庁第五方面消防本部長や小石川、本郷、池袋、神田、豊島消防署長等々もお見えになっていた。

代表して消防庁第五方面消防本部長の祝辞

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顧問の先生方に続き私も新年の改めてのお祝いと御礼を申し述べさせて頂いた。

 

その後、納めの大盃が下座から逆に振る舞われた。

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被着している年番(本年担当)の筒先中の袢纏は「大四」の文様。

各組にはそれぞれデザインの異なった総型袢纏もあるが多分この袢纏はこの式の時だけかも、、、

左右、同じ所作で同時に進行しなければならないので静まりかえった座敷で畳に足と膝が擦れる音と三宝に大盃を戻される時の小さな音のみが頼りで大盃の儀が進行する。

さぞ緊張することだろう。

 

滞りなく名誉会長と第四区総代に大盃が納められた。

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我々も新年の大盃と納めの大盃と二回頂くことになる。
 

この儀は江戸時代から続きいざ火事の場合は組頭に命を預け忠誠を誓う神聖な儀式。

 

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立派な輪島塗の酒器

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大盃を修める三宝にはそれぞれ一番組から五番組、六番組から十番組の纏が描かれている。

 

大盃の儀も無事、円上。

 

一度退席して控え室へ。

祝膳の支度が調ったところで再び大広間へ、

 

池袋消防署長の祝辞と乾杯の音頭

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乾杯のあと祝膳を頂戴した。
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祝宴では私の左には名誉会長(元、消防総監)、右は神田消防署長さんと同席でいろいろとお話しを伺う事が出来た。


和やかな中に目出度く3時半過ぎに木遣親聲会会長の謝辞と手締めでお開きとなった。
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本年の江戸消防記念会のご活躍と地域の安全を祈念。

特に本年は江戸町火消創設300年と明治になり市部消防組結成150年の勝縁の年。


尚、来る1月21日には澤蔵司稲荷本堂で「筒先中・道具中」の「大盃」の儀が予定されている。
昨年のブログ   
http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170114


「筒先・道具中」は各組の「小頭」より若い衆。
江戸消防記念会では準会員になるが澤蔵司稲荷御本堂で護摩供後に「大盃の儀」が執行されるが御信者様でもご覧頂く事は出来ない。
ご了承を、、、、

本日の「頭取新年の式」(大盃の儀)は伝統的・神聖な作法・所作なので毎年同じようなご紹介になってしまう。
様々なご縁で御案内を戴き出席をさせて頂いているが申し上げたように皆様にも是非ご覧頂こうと失礼ながら写真を撮らせて頂きご紹介をしている。
 

 


江戸町火消 元・六番組 定式(月例会)

いつもお伝えしているが江戸町火消し「六番組」であった「元六番組」「元六睦」の月例会。

六にちなみ毎月六日に澤蔵司稲荷書院で開催されている。

 

正月だけは6日が先日もお伝えしたが東京消防庁の「出初め式」だったので本日の8日に開催される。



所属の頭取中(組頭・副組頭・小頭) が集まる。

江戸時代の町火消しの組織「いろは四十八組、本所深川十六組」は明治時代になり明治5年に「市部消防組」として改編。

その後、近代消防に移行したことに伴い江戸時代の火消しの文化・伝統等を継承する為に江戸消防記念会の前身組織が明治後期に組織された。
現在の「一般社団法人 江戸消防記念会」は 全体で11の区で組織されている。

 

市部消防組の纏のミニチュアに関するブログ    

http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170816  

 

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小石川の地元は現在、第四区で二番組だが江戸時代には六番組「な組」として町火消しを担っていた。
その江戸時代の「六番組」はその組織を継承するために現在でも「元六番組」「元六睦」として現在の江戸消防記念会第四区とは所属がダブる組とダブらない組もあるが受け継がれている。
第四区では「な組」(現・二番組)「む組」(現・七番組)「う組」(現・二番組)が所属。
近年、九区の一部も復活して組頭・副組頭・小頭等30名ほどの頭取中がお集まりになるので書院も手狭、、、

袢纏の腰の部分の白抜きの本数で何区か識別できる。
第四区は四本、第九区は九本。
奇数の区は直線で偶数の区は曲線で波打っている。
役袢纏と呼ばれているが組頭・副組頭は肩からの赤(朱色)の線は二本、小頭は一本で火事場での指揮系統は一目瞭然だった。
 

開式に先立ち年頭の祝の木遣り

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新年なので昨年6月に完成して稲荷本尊前で入魂式、8月末にお披露目された元六番組「大旗」も飾られていた。

 

「お手頭を拝借」で一本締め

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我々は会議での開式・閉式はお十念だが、、、

 

今月は年頭に当たり睦会長からも新年のお祝いと激励の言葉も。

 

 

閉式後、目黒・祐天寺へ、

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役袢纏の白抜き四本は第四区の頭取中

 

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九本は第九区の頭取中

 

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毎月、自坊書院での定式(月例会)のあとご縁の有る神社仏閣にご参拝。

これも伝統の継承と先達への遺徳慰霊の為。

 

ご参考に昨年完成した第四区の大旗と元六番組の大旗のご紹介。

大旗新調記念に頂いた記念誌より拝借

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入魂式のブログ

   http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170804 

 

大旗完成披露のブログ

      http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170827

    

 

昨年10月1日の木遣不動尊の大祭のブログ 

       http://blog.takuzousuinari.com/?day=20171001

   

 

また昨年11月20日から29日は来春の東京消防庁「出初め式」の為の梯子乗りや木遣りの稽古が境内や本堂・書院でおこなわれた。

  その時の稽古始めのブログ

               http://blog.takuzousuinari.com/?day=20171120

 

 椿山荘での第四区「大盃の儀」は10日に開催される。

 

  昨年の「大盃の儀」のブログ

               http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170110

     

    

   


七草粥

新春5日が二十四節季の「小寒」。

寒に入りで文字通り今朝は冷え込んだ。

本日は暦の上で「人日」で「七草」
「七草粥」を頂く日。
本来は前日の六日に春の七草を積み刻んで七日の朝にお粥にして一年の邪気を払い

無病息災を願い食べた習慣と伝わる。

おせち料理等で負担のあった胃には優しい、、、

昔の人の知恵かな?

我が家は七日朝は多忙なので毎年夕飯で頂く。

しかし夕方、外出の予定が有ったのでお昼に、、、

七草
七草
七草の名前を言うのは簡単だが漢字では、、、、、難しい、、、
「セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ、、、、」
芹・薺・御形・繁縷・仏の座・菘・蘿蔔、、、、

土鍋で炊くお粥前の刻んだ七草。
七草2

 

完成!

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やはりちょっと土臭いこの七草粥を頂かないと新春を迎えた実感が湧かない、、

ご馳走様でした! 合掌


東京消防庁「新年出初め式」

本日午前11時から新春恒例の東京消防庁「出初め式」がおこなわれた。

毎年、テレビでも生中継。
自坊は多忙で録画予約をしておいた。

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「江戸消防記念会」各区も例年通り「梯子乗り」のお披露目。

中央奥で消防車両をお待ち受け。


江戸時代、江戸の消火は大名屋敷お抱えの大名火消しも存在したが庶民の火災には「町火消」が活躍をした。

「江戸町火消」の組織は本年誕生以来三百年の記念の年でも有る。


明治時代になり近代消防が発足と共に江戸時代の町火消しは「江戸消防記念会」としてその伝統を現在に受け継いでいる。

 

三百年前の発足当時は文字通り江戸御府内の町火消の組織だったが記念会ではその御府内を取りまく消防組織も編入されている。現在は11の「区」で組織。

澤蔵司稲荷地元はその「第四区 だいしく」
神田明神から湯島天神、小石川、護国寺方面がその受け持ち区域。

「第四区」は毎年11月下旬に本日の為に澤蔵司稲荷境内で梯子乗りと本堂で木遣りの稽古が一週間ほどおこなわれている。
 昨年11月の稽古始めのブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20171120

 

 

録画してあったテレビより、、

梯子乗りのお披露目開始

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梯子乗り披露の準備

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お判り難いかと思うが中央の梯子が第四区

袢纏の四本の染め抜きは第四区の象徴。

纏は奥の一番右側が第四区の十番組までの十基。

 

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今年の演技は第九区が中心に放映された。

 

 

境内に正午過ぎの12時半頃に会場から凱旋


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こりゃあ トラックでの帰路は目立つだろうな、、、、

新調して本日の出初め式で使われた本梯子を下ろす。

 

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毎年新調される「本梯子」

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ご参考に一昨年の写真
本梯子
最上段での梯子乗り演技の邪魔にならぬように上から四段目ほどに正月飾りが、、
青竹の中央部分が若干絞られているのが良く分かる。
前年の長さ三間半の本梯子は稽古用の梯子に短くされる。
境内奥の倉庫へ、、、、
 

 

午後は地元管轄の小石川消防署へ節分追儺式の催事届を提出に、、
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本年の出初め式には早朝に小石川消防署で出陣式をおこなったのでは、、、

救急車は出動中で留守だった、、、

 

ロビー

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町火消しのタイルのレリーフと纏が、、、纏はお飾り用。

 

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ご覧になりにくいが出動用の道具(装備品)の整理は凄かった、、

署内二階の窓口で書類を提出中にも本庁からの救急出動要請のアナウンスが鳴り響いていた。

救急車は忙しい、、、


PS
1月10日には第四区頭取中の「新年の儀 大盃」が椿山荘で、
昨年のブログ  
 http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170110

 

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本来は門外不出の儀式だが毎年甘えて、、、、

我々の行では「密室道場」、、、


また1月21 日には澤蔵司稲荷本堂で若い衆(筒先・道具中)の「大盃」(おおさかづき)の儀が執行される。

昨年のブログ   http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170114

 

 

PS 20:30 記

書斎に居たら拍子木の音が、、、

 

地元 表町町会有志の方々の夜回りの拍子木。

早速、境内でお待ち受け、

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年末・年始に火の用心の夜回りをする町会も多いが地元 表町町会は通年、火の用心と防犯のパトロールを実施。

曜日・時間は申し上げられないが、、、

今年も仕事始め早々なのにご苦労様でしたm(_ _)m


お雑煮

新年二日目、お陰様で本日の初詣のお待ち受けもお天気に恵まれ無事に、、

 

お元気な御信者様にお会いでき御挨拶と昨晩の越年・新年護摩でのお札・お守り・方除け札等の御授与も出来た。

 

今朝もお雑煮を、、、

昨日の元旦もお雑煮を頂いたがそのあとの修正会(部内の新年法要)が午前9時に始まるので毎年の事だがおせち料理も食べられず慌ただしい食事だった。

 

今朝は時間的に若干余裕が有ったのでゆっくり味わう事が出来た。

ちょっと箱根駅伝のスタートを見ながら、、、、

 

お雑煮の文化は関ヶ原で東西に別れていると言われていたが全国のFB仲間のお雑煮の写真を拝見するとそんな単純なものではないと、、、

関東の焼いた切り餅と関西の丸餅はよく比較されるが具や出汁は千差万別、、、

 

我が家は一応関東風の焼いた切り餅とすまし汁

40年以上前に嫁いで来た家内は生粋の江戸っ子(浅草っ子)で私の母親は千葉県出身だったので母を習いながらこの姿に、、、

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今朝はいつも通り丹波の黒豆と共に、、、

具が多くてお餅が見えないが、、、    丹波は西日本だな、、、

 

数年前から愚息より「親爺!餅はすするな!」と言われていたが普段の蕎麦を手繰る

習慣でつい、、、

 

とうとう昨年の元旦、家族でお雑煮をいただこうとテーブルに座ると隣には、、、

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食事中に口を酸っぱくして忠告するのが嫌だったのだろう、、、、

 

ニュースでは都内で昨日、お餅を喉に詰まらせてお亡くなりの方が二人、救急搬送が15件以上、中には心肺停止の方も、、、

 

皆様もお気を付け下さい。

 

新年の朝にお雑煮を頂くときの私の「座右の銘」、、、

 

先代住職(実父)の米寿 新年の句 (平成八年元旦)

   嬉しくも せがれに雑煮 注意され

   今年また 一家揃って ぞうに膳

   賀状読み 彼も達者か 老いの坂


謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。

澤蔵司稲荷の大晦日「越年大護摩供」も無事に滞りなく厳修することが出来きました。
副住職が大本山増上寺での傳宗傳戒道場(加行)の道場係(指導員)として27日まで師走の三週間泊まりがけで全く不在だったので準備が大変だったがなんとか間に合いました。 

澤蔵司稲荷は傳通院や小石川の鎮守として江戸時代から地元はもとより東は神田・上野方面の商売をしている旦那衆や町屋の商売繁盛、あるいは板橋・練馬方面の五穀豊穣を願う農家の方々の御信者様が多かった。

現在のように電車や地下鉄は終夜運転、車でお詣りの方々も多いので午前3時頃には一段落をするが昔は「越年護摩」終了後は多くの御信者様が書院でいくつものコタツでお酒を飲んだり仮眠をして朝を迎えた。

そんなわけで私が子供の頃は大晦日は「大嫌い」な日だった。
子供にとっては少しも楽しくない思い出が残っている。

昔の話です、、、


昨晩の大晦日は恒例の越年・新年護摩参拝お待ち受けの為境内のライトアップ

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ライトアップされた本堂向拝の唐破風

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一昨年の本堂改修修復工事でくすんでいた向拝の彫刻等には白色の顔料で復元され漆喰壁と共に綺麗だった。

 

午後11時50分過ぎから澤蔵司稲荷本堂では「越年の護摩供」
まず百八打の太鼓での越年。

その後、新年護摩修行

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副住職は太鼓の担当

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本堂は御信者様で満堂。

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祈願帳の芳名のお読み上げ

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御本堂の外、参道でも初詣のお詣りが、、

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参道お詣り

 

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午前2時半頃までお詣りの方々が続いた。

その後、ライトアップを落として仮眠。

 

明けて午前6時からは朝の勤行。

 

毎年、元旦午前9時からは本坊傳通院で部内十ヶ寺住職による修正会


我が家は四角い切り餅を焼いたお雑煮。急いで頂かないと行事に間に合わない、、、


山門

書院玄関
書院

 

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山内寺院住職が集まり新年の勤行。

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その後、山門前の大黒天(福聚院)さんへ

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大黒天(福聚院)

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大黒天様
大黒天
60日毎の「甲子祭」と新春のみ御開帳。
尊像は文京区の指定文化財にもなっている。
大黒天(福聚院)は傳通院正面の鎮守。

 

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法要後、「屠蘇」のご接待を頂き自坊の傳通院鎮守鎮守・澤蔵司稲荷へ

 

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澤蔵司稲荷稲荷での御祈願後に山内寺院の「修正会」はお開きとなった。

 


その後は澤蔵司稲荷での御信者様の初詣のお詣りが続き午後5時半頃向拝の結界を閉じた。

 

多忙で境内の元旦の様子等は写真に収める事が出来なかった。

 

ご参拝各位の本年のご多幸ご健勝、心願成就を祈念、

 

PS

お陰様で先日もお伝えしたがこの稚拙なブログも皆様に支えられ13年目に突入、、、

管理ページを見たら本日アップ前で

 アップ記事は3451件

 アップ写真は11398枚を数えていた。

      今後とも宜しくご支援ください。

      しばしば脱線しますが、、、、、

      


新年の準備

本年も残すところ僅か、、、  ご縁のある様々な方に大変お世話になりました。

 

今晩は午後11時50分頃から例年通り越年・新年の大護摩を厳修する。

 

毎年、御信者様から参道 禊観音(水掛観音)さまのお詣りの為の手桶と手柄杓(木製)の御寄進を頂く。

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手水舎の柄杓も、、、

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有り難いご配慮。

 

午前中には本堂に奉安されている地元二番組(江戸町火消 な組)の纏(まとい)の煤払いと玉飾りが同じく二番組筒先・道具中が例年通り飾り付けをして下さった。

 

本堂から出して煤払い

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玉飾りも、、

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二寸玉のお飾り

東京消防庁出初め式出陣と同じ二寸玉のお飾り。

出初め式の時にはもっと纏の上部に付ける。

この馬簾の位置だと振った時にちぎれるようだ。

このお飾りが付くとやはり新年を迎える引き締まった気持ちに、、

 

 

また午前中にはこれも例年通り「おせち」(京都ではお重詰と呼ばれる)が二つ御奉納された。

一つは赤坂・辻留の「お重詰」


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御奉納が始まったのは辻留が赤坂の虎屋ビルにオープンして間もない頃と記憶しているので既に40年以上になるか?

ご主人が吟味して調理されたおせちは当時とほとんど内容のお品が変わっていない。

これも素晴らしい事だと思う。

 

もう一つは地元・小石川 岡埜荘から、

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こちらも親子四代に亘る御信者様だが毎年工夫を凝らしお重を開くのが楽しみ。

 

本当に有り難い事だ。

すぐ元に戻し御宝前へお供えをさせて頂いた。

 

ただ今晩は大護摩のあとお札・お守り様等の御授与が続き仮眠後に朝の勤行、

午前9時からは傳通院でお正月の修正会のお詣り、鎮守である正面の大黒天と

澤蔵司稲荷(慈眼院)へも全員でのお詣りが有る。

そのまま澤蔵司稲荷では初詣のお待ち受けが夕方まで、、、

 

その為に元旦朝はお雑煮のみで簡単に、、、

このお重のお下がりが頂けるのは明日の夕方になる。

 

準備が全て整った夕方かもう少し遅い時間に稲荷蕎麦 萬盛へ年越し蕎麦を家族入れ替わりで出かける予定。

 

新年のご挨拶は真夜中の越年大護摩やその後のお札・お守りさま等の御授与が続くので明日になってしまう。

 

この場をお借りして、、、

一年間お世話になりました。

また御信者の皆様には普段のお詣りや行事等へのご参拝も有り難うございました。

ご多幸・ご健勝を祈念申し上げます。

   またブログへの応援も有り難うございました m(_ _)m

 

 

追記  18:00

 

先ほど毎日開店前の初茹で(初釜)のお蕎麦の奉納が続く稲荷蕎麦 萬盛さんへ、

 

家族全員一緒には外出出来ないので副住職夫婦と孫で先発、、

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お陰様で年越し蕎麦も手繰る事が出来ました。

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今晩は越年大護摩厳修後も午前4時頃までは就寝できないので冷えないように暖かいお蕎麦にしました、、

 

佳いお年をお迎え下さい。


新年準備

本日も新年の準備で慌ただしく、、、、

 

昨日は境内だったが本堂内もまだ準備が残っているが着々と。

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御簾や護摩壇、太鼓等の御幣も新しく。

 

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毎年交換の御信者様の水引札の名入れも終わり、お守り様、方除け札のセットも、、

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木遣不動尊

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 澤蔵司稲荷御本堂奥の御神殿にお重ね餅等をお供えに行ったら、、、

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自坊では大きな行事・法要の時には御神殿に奉安されている愛染明王様に飴をお供えしている。

これは行事等が無事に成満出来るようにとお供え。

 

大祭等の行事が無事に終わると飴は御礼に神田川に流す風習が、、

まだ、お供えした儘だった。

昔は「さらし飴」

 

暗くなった先ほど副住職の運転で神田川 白鳥橋付近で流させて頂いた、、、、


新年の準備

日頃、お世話になっている地元二番組の頭中も着々と境内の準備を、、

 

参道

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その前の門松は三本の竹が斜めにカットされている「へぎ」仕様。

寺院等では水平に切った「寸胴」が多いとの事。

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二年前から続いていた本堂等の修復耐震工事、、

昨年から改修された御本堂でお正月は現在の姿で迎えられている。


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参道、手水舎

実は享保10年(1725年)に建てられた傳通院ご本堂が明治41年に火災に、

その太い柱の芯の部分を使い明治43年に建てられた。

昭和20年の空襲でも焼けずに残った貴重な手水舎。

270年程前の建立当時、丸柱も多分2尺5寸ほどの大木と推察。

果たして何年ほど前の欅か??

しかし永年の疲労でひさし部分の見切りの木材を屋根瓦を全部降ろして一昨年までの本堂修復工事に合わせ改修した。

破風部分等にも一部新材に入れ替えた。

修復中にお聞きしたが屋根瓦を含み上部は4トン、部材は約1トンで屋根に割に4本の柱が細いので基礎工事と共に耐震の為に左右、後面にはケヤキ材で「通し抜き」を設置して更に雲形の部材で補強した。

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参道の江戸町火消「な組」の木遣塚

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「な組」組頭の発願で10月の木遣不動尊祭の時に奉安された真棒左右の観音様と地蔵様も初めての新年を迎える。

 

鎮守の杜でも有り文京区の保護樹林にも指定されている「おあな」さま

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以前からの鳥居も新しく整った。

奥の霊窟お社御堂も初めての新年。

 

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様々な作業に施工監督をして下さった二番組組頭からは新しい「稲荷紋」が染め抜かれた幔幕が、、、

 

脇のお社

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新年初詣にお出での御信者様も驚かれるのでは、、、

 

駐車場入り口には花の少ないこの季節。

水仙も、、、

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お陰様で様々な方のお陰様で大晦日・越年護摩供を迎えられそう。

 

大晦日は午後11時50分頃から越年大護摩となる。

 

御案内状でもお知らせしたがお詣り皆様も楽しみになさっている稲荷蕎麦 萬盛さん年越し蕎麦の境内での振る舞いはお店へのお客様が多くてどうしてもご無理とのこと、、

残念ですがお伝えです、、、。ご了承を。


京都の鯖寿司

本日、仕事で留守中に知人から京都土産で京都今出川の御所「雲月」の「細姿鯖寿司」を、、

雲月は懐石料理は勿論だが鯖寿司やわらび餅、小松昆布(塩昆布)でも有名。

 

特に飛び込みでは鯖寿司やわらび餅はいつも品切れ、、、、

 

私の大好きな「鯖寿司」を頂戴した。

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京都に出かけると必ず求める祇園・いづうの小鯛雀寿司や四条河原町のひさご寿司の

小鯛雀寿司よりは小振り、一口で食べられ味は抜群、、、

 

鯖寿司は京都の名物だが小料理屋さんでは事前に注文しておかないと食べられない。

すぐには作る事が出来ないので、、、

でも料理屋さんの太めの鯖寿司よりも私は好み、、、

 

京都名物の鯖寿司は若狭湾に上がった鯖を鯖街道で酢締めにして京都に運び棒寿司にしたと伝わる。

 

自分自身でも京都の土産に小鯛雀寿司も良く持ち帰るが小鯛の棒寿司は瀬戸内海で獲れた小鯛を酢締めの棒寿司に、、

押し寿司とも違い棒寿司に、、、 本来、小鯛寿司は大阪が本場。

どちらも大好物。

 

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愚息も大好物なのだが生憎、大本山増上寺での行係で三週間泊まり込みで留守なので独り占め(^o^)

美味しかった!!!

確か三ヶ月ぶり、、、、

私にもクリスマスプレゼント(*^_^*)   ご馳走様でした!!!

 

昨年9月の「雲月」鯖寿司のブログ

 http://blog.takuzousuinari.com/?day=20160922

 

1月に京都に出かけた愚息のお土産の祇園「いづう」の小鯛雀寿司のブログ

 http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170121

 

四条河原町 ひさご寿司の小鯛雀寿司のブログ

 http://blog.takuzousuinari.com/?day=20160901


第31回 深大寺 そばを味わう集い

澤蔵司稲荷とはお蕎麦に繋がるご縁で毎年クリスマスイヴの12月24日には調布 深大寺で開催される「深大寺そばを味わう集い」に御案内を頂いている。
深大寺(天台宗)貫首は大学時代の一年後輩だが様々なご縁をいただき毎年お邪魔をしている楽しく美味しい集い。

これは境内門前の蕎麦屋さんが主催する集いでは無く深大寺に所属する「一味会」が毎年様々なご苦労で我々に提供して下さっている集い。

本年で31回目。


午前11時半から蕎麦献納法要開始の御案内だったので午前9時45分頃に本郷・本駒込方面の仲間と南北線「後楽園駅」ホームで待ち合わせ11時少し前に深大寺に到着。

市ヶ谷駅で京王線直通に乗り換え調布駅(本日はつつじヶ丘駅)まで遠いようだが乗車時間は40分足らず、、、

山門前の参道。 門前の多くの蕎麦屋さんもまだ準備中だった。

 

 

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深大寺山門

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お蕎麦屋さんも蕎麦まんじゅう等のお土産の準備で多忙、、、

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暖かそうな湯気が、、、


御本堂

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本年3月に寺宝の白鳳時代の釈迦如来像が国宝に指定されたので初詣は今までに増して大変になるのでは、、、

 

境内参道脇の手水舎

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会場となる書院玄関

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数年前から御本堂で御本尊前にお蕎麦をお供えする「献蕎麦」の法要もお勤めになられ参列。

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打ち立てのお蕎麦の御奉納

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献蕎麦作法

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朱色に塗られたお三宝にはお蕎麦
献蕎麦

 

御本尊様

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「献蕎麦」法要後、正午前から深大寺書院で「深大寺そばを味わう集い」が開宴。

真っ昼間から蕎麦前の一献、、、  ごめんなさい、、

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蕎麦前のお品。
毎年ご苦労をされているが本年の蕎麦前は栃木県産干瓢を北海道深川産新蕎麦の蕎麦寿司。

鰯の胡麻漬、ふろふき大根等々、、、

野沢菜は調布市と姉妹都市関係の長野県木島平村特産の野沢菜漬。

 

一献は「浮岳」(ふがく)。 稲里特別純米酒無濾過生原酒で美味しかった。
浮岳とは深大寺の山号「浮岳山」から命名。深大寺一味会会員、白井氏醸造の非売品。

ここ数年毎年堪能させて頂いている。  冷酒で美味しい一献


「浮岳」
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この席でしか頂けない貴重なお酒、、毎年の楽しみ、、、

 

お蕎麦は本年の台風や天候不順でどちらの産地もご苦労されたようだ。

一枚目はお隣の神代植物園の休耕畑で毎年住職始め関係の方々が育て収穫した新蕎麦。

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深大寺書院の会場

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地元の名士を始め様々な方の楽しいスピーチも、、

昔、私も突然のご指名を頂いた事が有った。

 

書院と続いている厨房をのぞかせて頂いたら大変なご苦労が、、、

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お蕎麦を出すタイミングを合わせ総動員、,本当に有り難うございました。

 

たまたま御常連のみなみらんぼうご夫妻と同席。

毎回、楽しいお話しも聞かせて頂いている。

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〆のお蕎麦は温かいけんちんそば

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毎年の事だが楽しい時間を過ごさせて頂いた。
本日のクリスマスイヴも真っ昼間から深大寺で一献かたむけながらの蕎麦三昧、、、

 

毎年最後の恒例行事、、、、、ご馳走様でした!!! 堪能!! 

 

有り難いご縁、、 

私は一年に果たして何杯お蕎麦を手繰らせて頂いているのか、、 感謝
 


冬至

本日は二十四節季の「冬至」

 

今晩は柚子湯に入られたお宅も多かったのでは、、

 

お陰様で我が家でも毎年。

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先ほどお風呂に、、

私は若い頃から冬至の晩の柚子風呂では湯船に入っている柚子をグチャグチャにして身体(肌)がヒリヒリするほど堪能した。

勿論、香りも、、、

 

最近まで続いていたがお風呂が汚れると禁止命令が、、、、

 

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先ほど柚子風呂を堪能。

 

しかし、柚子は布の袋に入って、、(^_^;)

 

でも内緒で絞った、、(^_^)

 


本堂 回り廊下の灰汁洗い

二年少し前に築60年程の澤蔵司稲荷 木造本堂の緊急補修工事。

 

屋根の庇にも多くの腐食が発見され屋根瓦をほとんど葺き替える大工事になってしまった。

屋根裏や床下、壁の耐震工事も同時におこなった。

 

最後にやはり腐食が見られた回り廊下や高欄、向拝階段も檜(ひのき)の無垢材で新しくした。

 

竣工して一年半ほど経つがやはり吹き込む雨水のシミや猫のオシッコ?等で汚れも目立ってしまった。

 

本日午前中から職方の作業が、、、

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お聞きすると灰汁洗いの強い洗剤では無く弱い洗剤と水洗いでの作業ようだった。

 

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お昼頃には作業が終わり先ほど見ると良いお天気だったので綺麗に乾燥していた。

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小雨の時など湿度の高い時には檜の良い香りがする。

 

日本人は温泉の檜風呂が好きな事が良く理解できる。

 

ただワックスも塗らず全く無垢材なので拭き掃除も大変だが、、、、

歩き心地(踏み応え)、足の裏への感触は最高。

 

我々浄土宗の総本山 京都 知恩院の大殿(御影堂 現在修復工事中)や堂宇の回り廊下や渡り廊下はケヤキ材で何百年に亘り多くの方が歩き固い節目が浮き出た廊下も風格があるが、、、、

 

木造は手入れが大変だが佇まいは最高。

 

 


「住職の独り言」ブログを開設して丸12年

今月でこの「住職の独り言」と題する稚拙なブログを開設して丸12年が経過した。

 

思い起こせばあの頃に私と同じ団塊の世代が退職を迎え出した頃。

同時にネット環境も一般化してデジタルカメラも普及。

散歩・散策の方々も増えご自身で散歩記録をブログにアップしだした頃だった。

自坊の寺院名や稲荷名で検索をするとかなりヒットして失礼ながら若干的外れのコメントも目につきだした、、

 

ちょうどその年に江戸時代に構築され緩みが生じ危険な状態になった公道に面する石垣の緊急解体修復の工事が始まった時。

 

その進捗状況や自坊や地域からの発信をしようと開設したブログだった。

まだスマホのカメラやFBが無かった時代??

未だにこのブログは動画のアップは出来ない、、、

 

 

石垣解体修復工事の支障になる樹木の伐採から日々解体され再び積まれていく工程は変化に富み毎日のようにアップをした。

 

完成まで半年間ほどの工事だったがそのご報告をして一段落しようと4〜5日アップを怠ったらご覧になっている御信者様から「住職別当さん ブログのアップがありませんがお体の具合が悪いんですか?」とお電話が、、、

 

結果、やめられなくなってしまった。

その後も様々な修復工事や関係ご寺院での法要や行事、御縁のある方の慶事、弔事、お説教席も頂いていたので続けることが出来た。

たまには趣味や友人達との懇談や食事の席での話題で脱線することもあったが、、、

また宗祖法然上人の800年御遠忌大法要、東日本大震災、大きな水害や地震、、 大切な方とのお別れ、、

12年はあっという間、、 開設したときは還暦前だった。

 

このブログをアップする前に管理者ページで確認するとアップした数は12年で3443件、使用した写真は11330枚超。

お陰様でご覧頂いている皆様の応援で続けられた。

日々の閲覧数を見ると驚くことも、、、

 

最初のテーマはお伝えしたように石垣工事。

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終わってみれば元通りの工事。

確か1500個ほどの間知石(四角錐の石)を解体して再度組み直した。

上部の玉垣は国産小松石で新しくした。

 

江戸時代構築の証。レリーフは空襲で火を被らなかったので石工さんが苦労して新しい玉垣に組み込んでくれた。

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延岡藩寄進の階段脇の玉垣に組み込まれたお狐さんのレリーフ。

当時、延岡の教育委員会に寄進者のお名前が刻まれていたので問い合わせをしたが同じ名前の方が家系に何人かいらっしゃるとの事で年代は特定出来なかった。

 

駐車場入り口の水仙

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この水仙も様々な御縁で、、、

 

本堂も2年ほど前に修復・耐震工事を、、

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築60年ほど経っていたので大変な作業になってしまった。

回り廊下や高欄は無垢の檜材で、、

屋根瓦も葺き替え天井裏や床下には耐震の工事も。

 

同時に参道手水舎も、

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昭和20年の山手大空襲でも焼けなかったので基礎部分を強化。

水舎も瓦屋根は葺き替え腐食部分は新しくした。

 

昨年、ご縁が有る江戸町火消「な組」の木遣塚も、、

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本年、塚の真棒の両脇に観音菩薩・地蔵菩薩も建立された。

 

鎮守の杜(保護樹林内)のお穴様の朽ちていた霊窟のお堂、鳥居も新設。

崖地も整備。

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再び参道に戻るがユニークな石仏

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「寛文九年 1669年」と刻まれているので多分、庚申塔では、、

近くには「天和三年 1683年」の観音菩薩を主尊とする庚申塔もある。

江戸時代、350年ほど前は一番庚申信仰が盛んだったとされる頃。

 

昨年の本堂改修修復工事と共に境内の整備をしたが大変貴重な「板碑」も見つかった。

 

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本年8月14日のブログより

 

板碑は鎌倉時代、南北朝、室町時代の戦乱の時代に武士の間で戦で亡くなった仲間の追善や自身を含め家族の安泰を祈念して奉納されたものと伝わる。

 

様々な御縁で教育委員会の学芸員の方がお持ち帰りになり本年1月下旬に鑑定結果がでた。

 

鑑定結果と共にお持ちになった学芸員の方からは古い物なので風化防止、盗難防止の為に室内保存をとの御進言。

 

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将来、記録として発刊される区内文化財の書籍に記載されるようだが、、

 

簡易の鑑定書

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ご説明では 澤蔵司稲荷 の東の低地には千川(谷端川)に沿って街道が有り間違いなくこの境内に奉納されたと、、

ただ江戸の大火や空襲等の火災で昔の姿で現存する物は文京区では少ないと、、

 

不思議な事に古い方は浄土宗第七祖聖冏上人がお生まれになった年。

 

二基目の板碑は太田道灌公が永享4年(1432年)にお生まれになった7年後の永享10年(1439年)

 

太田道灌公は「山吹の里」でも有名だが江戸城の前身である千代田城築城を長禄元年(1457年)に始められ築城中に乾(北西)の方角に光をご覧になり稲荷を建立したとある(現在の武道館付近)。

 澤蔵司稲荷 の御神殿・お厨子には太田道灌公の念持仏と伝わる十一面観音菩薩像も奉安されている(秘仏・非公開)

 

この二基の板碑はあの戦国の時代、聖冏上人が小石川談所、後の壽経寺の開創、お弟子の第八祖聖聡上人の増上寺建立を目撃された。

 

 

 

太田道灌公に纏わる境内・手水舎と以前の板碑のブログをご紹介。

 

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2017年2月22日のブログ

 

昨年4月に境内の整備中に発見され1月末に区の教育委員会文化財係の学芸員の方が鑑定書と共に自坊に戻ってきた「板碑」

 

板碑

包装された紙にも拡大した鑑定結果が添付されていたので本堂でご覧いただいた。

 

右は「暦應4年」(1341年)北朝時代(南北朝時代)

左は「永享10年」(1439年)室町時代初期の造立と判明。

            室町時代は應永(1394年)から、、、

            その後、応仁の乱も終わりまさに戦国時代へ、、

 

不思議なご縁で暦應四年(1341年)は浄土宗第七祖聖冏上人がお生まれの年。

 

聖冏上人は浄土宗が東国では「遇宗」「不庸宗」と呼ばれ我こそはと群雄割拠の時代に現在の浄土宗の宗脈・戒脈を整えられ五重相伝も確立された。

應永22年(1415年)現在の播磨坂付近の極楽水に傳通院の前身である壽経寺を建立する前に既に「小石川談所」として草案を建立。

小石川談所は壽経寺の建立の10年以上前にさかのぼる、、

 

現在の大本山・増上寺を明徳4年(1393年)建立された聖聡上人はお弟子様。

増上寺に現存する聖聡上人直筆の小石川談所の署名がある木版本「阿弥陀経本」にも、、、

 

今回、慈眼院・澤蔵司稲荷から見つかった二基の「板碑」は小石川談所、壽経寺建立、増上寺建立とあの時代を全て見守っている、、

 

670年ほど前の戦乱の時代に建立され鎮守の杜に守られ江戸の大火、関東大震災、昭和20年の空襲でも焼けずに残ったことに感謝。

 

申し訳無いが学芸員の方からも境内では風化や盗難等の事もありしばらくは非公開なのでご了承願いたい。

 

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長文になり恐縮。

 

ご興味お有りの方はブログ内の右側「ブログ内 検索」に何か検索なさりたい文言を入れるとヒットすると思う。

 

私も過去ログを見たいときに便利なので利用している。

 

今となっては日記・備忘録のようなもので便利に過去の記録・記憶を辿っている。

 


ご縁

本日、お檀家様の三回忌法要。

 

古くからの澤蔵司稲荷の御信者様でも有った御先代様の三回忌法要。

 

実は御先代様ご夫婦にはお嬢様がお二人。

お屋敷には 澤蔵司稲荷尊の御分身が祀られたお社があり毎年、新年や初午前後にはお邪魔をして御祈願をさせて頂いていた。

 

数年前に将来粗末になるといけないので当稲荷にお戻り頂きたいとのお申し出があり發遣させて頂きお社は自坊の倉庫に保管してあった。

 

今春から始まった霊窟(お穴さま)の崖地整備、腐朽した霊窟のお堂、鳥居の改修工事。

 

先月末にお正月を迎えるべく鳥居等の今年の整備は終わった。

 

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鳥居は右手の階段の上部(赤いコーンが置いてある場所)には数基の鳥居が設置できる場所があるので後日ご案内予定。

 

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実は保管してあったお社は屋根や土台部分が傷んでいたが大工・板金屋さんに修理をお願いして安置をさせて頂いてあった。

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水洗いもして立派に、、、

中には御分身の 澤蔵司稲荷 尊像が白木の厨子に入られてお祀りしてある。

 

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三回忌法要後に墓参も終わりご家族にもお披露目。

図らずもドンピシャのタイミングでご家族もお喜びになられていた。

御先代様もお浄土から安心して微笑まれていらしたのでは、、、

 

有り難い「御縁」

 

 

追記  20:35

 

書斎に居たら拍子木の音が、、

 

地元・表町町会有志の方々の通年に亘る火の用心と防犯のパトロール。

確か町内を3ブロックに分けてパトロールをしているとお聞きしている。

 

早速、境内でお待ち受け、

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本日は穏やかなお天気だったがこれからは寒くなるので大変。

 

今晩もご苦労様でしたm(_ _)m

 

 


絵馬掛け移動

2年程前からの本堂改修工事や境内整備工事の為に本堂  向拝から若干離れた場所に仮設置されていた絵馬掛けが 向拝近くに戻った。

 

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屋根はしっかりしていたが25年以上前のものだったので柱や桟は新調した。

沢山有った古い絵馬はお炊き上げをさせて頂いた。

 

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以前は本堂の回り廊下・高欄のそばに有ったが本堂屋根からの雨水が絵馬掛けの庇で跳ね回り廊下や高欄を痛めたので反対の場所に、、、

 

奥は落ち葉の袋が50袋ほど、、、

 

本日は可燃ゴミの収集日だったが大量には出せないのでいつまで経っても、、、

毎年、3月頃まで続く。

その頃にはソメイヨシノや八重桜の散り出す頃で結局は一年中、、、、

 

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 澤蔵司稲荷の絵馬は干支に関係無く「馬・午」の絵柄、、、、

昔は奥の院のお堂の周りには幅50センチ程の大きな手書きの絵馬が奉納されていた。

多分、当時は街に絵馬を書く職人さんが居たのでは、、、?


黄葉・紅葉・落葉、、

昨晩、夜半の氷雨で今朝は今冬最低気温を記録したが境内は落葉も、、、、

 

快晴! 境内正面の大イチョウの葉もだいぶ散った。

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黄色の絨毯

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名残のモミジ

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気持ちの良いお天気だった。

 

でもこちらもモミジの絨毯

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車も、、、、

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福井県産の水仙も師走を伝えるように、

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今晩も江戸消防記念会第四区の新春「大盃の儀」の稽古が続いている。

 

今春の「大盃の儀」のブログ

   http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170110  

   

その時の一枚

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PS  20:30 記

 

先ほど地元町会有志の方による防犯・火の用心のパトロールの拍子木の音が書斎まで、、、

 

境内でお待ち受け

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元気にチビちゃんも、、、

地元町会は年末だけでは無く通年、町内のパトロールを実施している。

有り難い事だ、、、  今晩もご苦労様m(_ _)m


江戸町火消「元六番組」「元六睦」定式(月例会)

いつもお伝えしているが江戸町火消し「六番組」であった「元六番組」「元六睦」の月例会。

六にちなみ毎月六日に澤蔵司稲荷書院で開催されている。

所属の頭取中(組頭・副組頭・小頭) が集まる。

江戸時代の町火消しの組織「いろは四十八組、本所深川十六組」は明治時代になり明治5年に「市部消防組」として改編。

その後、近代消防に移行したことに伴い江戸時代の火消しの文化・伝統等を継承する為に江戸消防記念会の前身組織が明治後期に組織された。
現在の「一般社団法人 江戸消防記念会」は 全体で11の区で組織されている。

 

市部消防組の纏のミニチュアに関するブログ    

http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170816  

 

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小石川の地元は現在、第四区で二番組だが江戸時代には六番組「な組」として町火消しを担っていた。
その江戸時代の「六番組」はその組織を継承するために現在でも「元六番組」「元六睦」として現在の江戸消防記念会第四区とは所属がダブる組とダブらない組もあるが受け継がれている。
第四区では「な組」(現・二番組)「む組」(現・七番組)「う組」(現・二番組)が所属。
近年、九区の一部も復活して組頭・副組頭・小頭等30名ほどの頭取中がお集まりになるので書院も手狭、、、

袢纏の腰の部分の白抜きの本数で何区か識別できる。
第四区は四本、第九区は九本。
奇数の区は直線で偶数の区は曲線で波打っている。
役袢纏と呼ばれているが組頭・副組頭は肩からの赤(朱色)の線は二本、小頭は一本で火事場での指揮系統は一目瞭然だった。
 

開式に先立ち「お手頭を拝借」で一本締め

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我々は会議での開式・閉式はお十念だが、、、

 

今月は本年最後の定式なので睦会長からも一年間の慰労の言葉も。

 

前月の報告や今月の予定、昇格した頭のご披露やお見舞い等の御礼なども、、
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その後、目黒・祐天寺へ、

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役袢纏の四本の白抜きは4本は第四区の頭取中

 

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九本は第九区の頭取中

 

毎月、自坊書院での定式(月例会)のあとご縁の有る神社仏閣にご参拝。

これも伝統の継承と先達への遺徳慰霊の為。

 

 

10月1日の木遣不動尊の大祭のブログ

       http://blog.takuzousuinari.com/?day=20171001

   

 

また先月20日から29日は来春の東京消防庁「出初め式」の為の梯子乗りや木遣りの稽古が境内や本堂・書院でおこなわれた。

  その時の稽古始めのブログ

               http://blog.takuzousuinari.com/?day=20171120

 

新年は1月6日が東京消防庁 出初め式  元六睦の例会は8日、 椿山荘での第四区「大盃の儀」は10日に開催される。

 

  本年の「大盃の儀」のブログ

               http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170110

     

    

   


境内の黄葉・紅葉

現在、午後8時少し前。

今晩も境内のモミジの紅葉のライトアップをしている。

 

本日も師走に入り二日続いての快晴。

 

昼間の境内の木々の紅葉と黄葉。

 

昨日は兼務寺との合同の行事(法要)が有りブログでご紹介出来なかった、、、

 

本日は日曜日で好天でも有り多くの方々がお詣りがてら境内で写真を撮られていた。

 

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明日もお天気が良さそうなので是非!

 


ライトアップ開始

早いもので本日から「師走」

毎日、一枚ずつ切り取るカレンダーが有るが本当に残りが少なくなってしまった、、、、

今朝、切り取ったのであと30枚、、、

 

本日は十二月一日で本年最後の月例大護摩を午前6時から厳修

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夕方、陽が落ちた頃にお約束通り境内のモミジの紅葉のライトアップを開始。

 

昨晩からの予定だったが雨模様で本日に、、、

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LEDやハロゲン灯、10灯で照明したが光量不足か、、、

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まだ下の方のイロハモミジは紅葉が進んでいない。緑色のまま、、

自坊の境内のモミジ、イチョウ、ケヤキ、ムクノキ等の紅葉・黄葉は奥手、、

 

まだ本当に真っ赤に染まっていない、、

 

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元・江戸町火消 六番組「な組」木遣塚の前から。

真棒(中央の石柱)両脇には十月一日の木遣不動尊祭の時に開眼させて頂いた観音菩薩さま、地蔵菩薩さまも初めてのモミジ刈り、、、

 

モミジの絨毯になる頃までは雨天を除きライトアップ予定。

 

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12月2日 午後9時 追記

 

本日は行事で多忙だったので写真が撮れず、、、

 

昨日に続き境内のモミジのライトアップ

 

明後日は本年最後の満月になるのでお月様が綺麗だったので思わず。

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ちょうど地元・表町町会有志の方の防犯パトロールの拍子木の音が聞こえてきたのでお出迎え、、、

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いつもご苦労様ですm(_ _)m


境内もみじのライトアップ予定

明日の晩、江戸消防記念会第四区木遣親聲会の新春・東京消防庁の出初め式に向けての梯子乗りと木遣りの稽古は千秋楽。

 

暗くなってからの梯子乗りの稽古の為に現在ライトアップしているが明後日(30日)からそのライトを使って例年通り境内のモミジのライトアップ予定。

 

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先ほど薄暗くなってからの撮影なので鮮やかでは無いがやっと色づいた。

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まだ全部が紅葉していないが、、、、

 

20年程前に友人宅の庭経由で頂いた福井県産の水仙もチラホラと、、、

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ライトアップは雨天中止だが一週間ほどは例年通り、、、

午後4時半過ぎから午後9時頃まで、、、

お楽しみ下さい。

 

 

 


十日十夜法要

お詫び

実はブログドメイン契約の入金手続きを忘れブログが二日間ほど閲覧不能に、、、

昨日、振り込みをしたが一部DNSサーバーへの更新手続きには時間がかかるようで一部スマホ等ではまだご覧頂けない場合も、、

もうすぐ復旧すると思われます、、

ついついメールの確認を怠っておりました、、、、m(_ _)m

 

 

一昨日は自坊と法類関係にある小石川・真珠院の十夜法要が厳修された。

昨年のお十夜法要に先立ち、前・御住職から新住職に継承された。

 

昨年の継承式・十夜法要のブログ    http://blog.takuzousuinari.com/?day=20161127 

 

1

真珠院本堂。

先々代御住職が鉄筋コンクリートの御本堂を戦後建築されたが手狭になり前御住職が新本堂を建築。

全てのお祝い事にも出仕させて頂き親子三代のお付き合いがある。

 

2

 

若い頃からお手伝いに出仕させて頂いていたが諸般の事情で十夜法要での説教席は初めて、、、

3

ご法事やお施餓鬼法要等でもお手伝いをしていたのでお顔を存じ上げている方々ばかり、、

 

4

真珠院御本堂は二階にも馬蹄形に席が設けられ外陣にお座りになれない方は二階に、、

 

行道散華の時には二階にも僧侶が上がり二階席や一階外陣にも散華をする。

 

午後1時からの法話のあと十夜法要にも出仕をさせて頂き無事にお勤めをできた。

 

取り急ぎご報告でした。

まだアップ可能かちょっと心配だが、、、、


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