庚申塔

以前にもお伝えしたが境内の「庚申塔」

 

「庚申」信仰は伝わるところによると歴史は古く平安時代には貴族社会の中でも庚申(かのえさる)を迎える前の晩から夜を徹して碁、舞、管弦等で明かし庚申御遊と呼ばれる宴を催したとも、、

 

暦の上では60日に一回「庚申」の日が巡る。

 

世の中が安定した江戸時代前期頃から盛んに行われるようになった。

 

ただ当時の朱引内(朱引地・御府内)は諸大名のお屋敷や一部商いの町家のみで狭くその外側の郡部や村で地域の常会や互助の集いとして盛んに行われ庚申塔も多く建立された。

 

その為、江戸時代は村の入り口や街道筋にも建立されていたと思われるが道路の拡幅や都市計画で近くの神社仏閣に移転・奉安された庚申塔も、、

この界隈では駒込、巣鴨、板橋区方面に多く確認されている。

しかし江戸の大火や空襲で損傷した庚申塔も多いと思われる。

 

その庚申信仰の象徴である庚申塔が境内に二基奉安されている。

お陰様で昭和20年の空襲でも鎮守の杜に守られ現存する。

 

参道右手、手水舎の奥には聖観音さまを主尊とする庚申塔

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造立は天和三年(1683年) 334年前 第五代徳川綱吉公の時代

 

もう一基は参道左手の寛文九年(1669年) 348年前 第四代徳川家綱公の時代に建立された。

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昔、献本で頂いた石仏紹介の本によると主尊不明とあるが想像ではお地蔵様?

大変ユニークなお顔で、、

光背には丸く穴が貫通しているので日輪月輪を象徴しておりこの寛文・天和年間は庚申信仰が盛んな頃と伝わっているので多分庚申塔だと思うのだが、、

 

澤蔵司稲荷では特別に庚申の日に催し事は無いが60日に一回巡ってくる庚申の日のみならず御信者様からの花が絶えない。

 

今月は8月1日で次回は9月30日。 

 


船橋 浄勝寺 施餓鬼法要 説教席

本日は午前11時少し前に自坊を車で出発して千葉県船橋へ向かった。

大学時代からの同期の友人が兼務住職を務める浄勝寺のお施餓鬼法要での説教席を頂戴していた。

彼とは傳宗傳戒道場も同行。 もう半世紀のお付き合い。
法要のお説教席には何年お邪魔しているだろうか、、、

戦後様々な事情で一時期「単立」の寺院だったが住職がご苦労され3年程前に「浄土宗」に復帰した。

お盆連休明けの金曜日で混雑しているかと思ったが高速道路は神田橋入路から箱崎ジャンクションはいつも並の渋滞、、、

しかしその後はスムースで正午前には到着できた。

到着した浄勝寺御本堂

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到着時は久しぶりに良いお天気だった。 ここの所、梅雨に戻ったような天候が続いた。

 

信州・善光寺の別院にもなっており18年ほど前に善光寺様式のご本堂を再建された。

早すぎて境内は車は少なかったが私はお説教のみで法要には出仕しないので入り口付近に毎年駐車させて頂いている。
おいとまする時にはお檀家様の車で満車になっているので、、、

まずはご本堂向拝からお詣り。

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向拝の柱には三年前に単立から戻られ増上寺八木御法主台下ご揮毫の「聯」が、、

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書院玄関の標札
玄関
信州 善光寺大本願別院とある。

交通の不便だった江戸時代から日本全国に多くの別院が建立された。

 

早速、御本堂で御本尊様へご挨拶
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内陣は折り上げの格天井で御厨子も立派

 

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本堂再建までは脇陣に奉安されていた阿弥陀三尊さまだが厨子も修復され真ん中へ。

善光寺様式の一光三尊の阿弥陀様は書院二階の座敷に祀られている。

 

外陣の施餓鬼壇(五如来壇)

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私のお説教後、午後2時からお施餓鬼の法要

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友人である住職は6年前3月に仲間では一番早く僧階が「正僧正 じょうそうじょう」に昇進して「緋」の衣を被着出来るようになった。

 

お施餓鬼の主旨を述べる「表白」の奉読

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私は法要の最初の写真を撮らせて頂きおいとま、、

 

帰路も高速7号小松川線はスムースで都心環状線は若干渋滞したが午後3時頃には帰寺出来た。

 

お陰様の一日


江戸町火消の「纏 まとい」のミニチュアセット

先日、お付き合いのあるお寺の御住職から連絡が、、

 

お寺でご総代をお勤めの方の由緒ある建物(お宅)が諸般の事情により解体される事になり歴史的な建造物なので区の教育委員会が調査(測量等)に来られるので立ち会いをお願いされたようだった。

 

立ち会いに行くと長押に「纏」の入った額に目がとまり江戸町火消に縁がある私の所に如何かとの連絡だった。

 

一昨日、お盆の棚経でお忙しいのにわざわざお届け頂いた。

 

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一つの纏は10センチほどで40基が第一区から第六区まで並べられていた。

 

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「江戸の華」と称され桐の板の上に整然と。

 

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私の地元、第四区も、、、

「な組」のお馴染みの纏も有った。

 

昨日たまたま江戸消防記念会第四区総代をお勤めの二番組高柳組頭(元・江戸町火消 な組 御殿町)がお出でになられた。

早速、本堂にご案内して説明を頂いた。

 

江戸町火消はいろは四十八組と本所・深川の十六組だが全部で40基なので不思議に思っていた。

 

ご説明によるとこの纏群の組織は明治5年に近代消防に移管され「市部消防組」と新しく組織された時の組とその纏との事だった。

明治になり加盟しなかった組や上野戦争で彰義隊の敗退で匿ったり退路を確保したりして廃組になったところも有るとお聞きした。

 

その後、江戸の伝統を守るべく明治後期に現在の江戸消防記念会の前身で有る組織が結成され様々な経緯を踏み戦後の昭和27年以降に現在の組織になったと。

 

このミニチュアは10センチ程の小型だが纏の陀志(ダシ)(各組を象徴するデザイン)も正確で子細に表現されていて一つ一つには蛙股(火事の時に家の棟瓦に立たせる金属製の開いた足)もあり当時の歴史を知るには貴重なものだと、、、

 

額の左下には「浅草 仲見世 助六」と有るが現在は存在せず土産用ではなく特別に制作された物だろうとご説明が有った。

 

 

ご参考に本堂に奉安されている纏を再度ご紹介。

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この纏は二番組(御殿町)の組頭高柳家に伝わる纏。何回か修理もされた。

二番組の組の纏は組頭宅玄関に飾られている。

 

上部、陀志(ダシ)の部分

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陀志は桐の板製で中空で軽くしてある。

バレンの四本線は明治以降、第四区になってから。

江戸時代は当然、この四本線は無かった。

 

一番下部の蛙股。

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額の中の約1/20程のミニチュアでもここまで細かく表現されていた。

 

本物は25キロほどの重さで組の纏よりも重く振るのは大変だとお聞きした事も、、

毎年10月に執行される木遣り不動尊祭では境内参道で木遣りと共にこの纏で纏振りが披露される。

 

また毎年、暮れには煤払いを行い正月の玉飾りもつけられ新年を迎える。


境内で発見された「板碑」

夏休みやお盆で暑いにもかかわらず文学散歩や史跡巡りの方がお出でなられている。

時にはガイドさんとともに大勢の方々も、、、

 

先日もお詣りの方から昨年境内から見つかった板碑のご質問があった。

まだ一般公開していないので以前のブログをご紹介。

 

以下、以前のブログ。

 

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昨年4月に 澤蔵司稲荷  本堂修復工事が一段落して境内整備の時に偶然確認された二基の「板碑 いたび」

文化財的には「板碑」のジャンルになるようだが「板石塔婆」

 

一基は本堂東側の鎮守の杜の地蔵様の台座、もう一基は普段お詣りを頂いている禊ぎ観音様の直ぐ後ろの地面に刺さった状態で、、、

どちらも鎮守の杜に守られ昭和20年5月25日の空襲の火災は免れた。

 

職方から「どうしましょう?」と尋ねられ本堂脇に立てかけて貰った。

たまたまこの「板碑」等に詳しい方がお詣り来られ「貴重なものですから」と仰り教育委員会文化財係にご連絡。

翌日、学芸員の方が来られて「本物です!」と鑑定にお持ち帰りに、、、

 

ただ近隣の再開発の場所での発掘調査で大変お忙しく鑑定結果は本年1月下旬に持ち越された。

 

果たして古い方の一基は南北朝時代の北朝「暦應4年 1341年)、もう一基は室町初期の「永享10年 1439年」と判明。

 

板碑は鎌倉時代、南北朝、室町時代の戦乱の時代に武士の間で戦で亡くなった仲間の追善や自身を含め家族の安泰を祈念して奉納されたものと伝わる。

 

鑑定結果と共にお持ちになった学芸員の方からは古い物なので風化防止、盗難防止の為に室内保存をとの御進言。

 

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将来、記録として発刊される区内文化財の書籍に記載されるようだが、、

 

簡易の鑑定書

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ご説明では 澤蔵司稲荷 の東の低地には千川(谷端川)に沿って街道が有り間違いなくこの境内に奉納されたと、、

ただ江戸の大火や空襲等の火災で昔の姿で現存する物は文京区では少ないと、、

 

不思議な事に古い方は浄土宗第七祖聖冏上人がお生まれになった年。

 

二基目の板碑は太田道灌公が永享4年(1432年)にお生まれになった7年後の永享10年(1439年)

 

太田道灌公は「山吹の里」でも有名だが江戸城の前身である千代田城築城を長禄元年(1457年)に始められ築城中に乾(北西)の方角に光をご覧になり稲荷を建立したとある(現在の武道館付近)。

 澤蔵司稲荷 の御神殿・お厨子には太田道灌公の念持仏と伝わる十一面観音菩薩像も奉安されている(秘仏・非公開)

 

この二基の板碑はあの戦国の時代、聖冏上人が小石川談所、後の壽経寺の開創、お弟子の第八祖聖聡上人の増上寺建立を目撃された。

 

 

 

太田道灌公に纏わる境内・手水舎と以前の板碑のブログをご紹介。

 

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2017年2月22日のブログ

 

昨年4月に境内の整備中に発見され1月末に区の教育委員会文化財係の学芸員の方が鑑定書と共に自坊に戻ってきた「板碑」

 

板碑

包装された紙にも拡大した鑑定結果が添付されていたので本堂でご覧いただいた。

 

右は「暦應4年」(1341年)北朝時代(南北朝時代)

左は「永享10年」(1439年)室町時代初期の造立と判明。

            室町時代は應永(1394年)から、、、

            その後、応仁の乱も終わりまさに戦国時代へ、、

 

不思議なご縁で暦應四年(1341年)は浄土宗第七祖聖冏上人がお生まれの年。

 

聖冏上人は浄土宗が東国では「遇宗」「不庸宗」と呼ばれ我こそはと群雄割拠の時代に現在の浄土宗の宗脈・戒脈を整えられ五重相伝も確立された。

應永22年(1415年)現在の播磨坂付近の極楽水に傳通院の前身である壽経寺を建立する前に既に「小石川談所」として草案を建立。

小石川談所は壽経寺の建立の10年以上前にさかのぼる、、

 

現在の大本山・増上寺を明徳4年(1393年)建立された聖聡上人はお弟子様。

増上寺に現存する聖聡上人直筆の小石川談所の署名がある木版本「阿弥陀経本」にも、、、

 

今回、慈眼院・澤蔵司稲荷から見つかった二基の「板碑」は小石川談所、壽経寺建立、増上寺建立とあの時代を全て見守っている、、

 

670年ほど前の戦乱の時代に建立され鎮守の杜に守られ江戸の大火、関東大震災、昭和20年の空襲でも焼けずに残ったことに感謝。

 

申し訳無いが学芸員の方からも境内では風化や盗難等の事もありしばらくは非公開なのでご了承願いたい。

 

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2017年5月19日の手水舎のブログ

 

以前にもお伝えしたが 澤蔵司稲荷  参道右手の手水舎。

 

実は傳通院の十一間四面の本堂は明治41年12月3日夕方出火。

当時の新聞では第四消防署(現在の小石川消防署)や二番組消防手により懸命な消火に努めたが残念ながら本堂は全焼、庫裏の大半も焼失。無事だったのは山門・鐘楼のみで有ったと報じられている。

 

その後、 澤蔵司稲荷 に一人の宮大工が現れ「酒と飯」を毎日提供するならば傳通院本堂の火を被ったが焼け残った木材(欅材)で手水舎を建てるとの申し出が、、

二年間を費やし明治43年に完成と伝わる。

確かに手水舎の水盤には明治43年と刻されている。

 

傳通院 本堂は享保年間に二回大火に遭っている。

明治41年までの本堂は享保10年(1725年)に再建された。

現在の水舎の欅材は292年前の建築当時の建材。

 

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お陰様で昭和20年5月の大空襲でも焼けずに現存。

ただ六年前の東日本大地震で各部に緩みが、、

屋根も傷んでいたので先年の本堂改修工事の時に合わせて屋根瓦を全部取り払い正面の広小舞(見切り)や破風部分等は木材も新調して修復。

ご覧になりにくいが庇(ひさし)小舞の下の二層垂木(たるき)の間隔も遊び心満点。

 

屋根の重さに比べ4本の柱が細いのでジャッキアップをして耐震性を高めるために基礎工事も、、

柱下部には正面を除き同じく欅材で補強。

 

先日から正面左右に、、、

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手拭いの名前や纏からどなたの奉納かは直ぐに分かった。

粋な計らいに感謝。

(5月20日 追記)

 先程、二番組(な組)の頭(副組頭)がお出でになったのでお聞きしたら正式には「招き手拭い」と称する奉納手拭いとの事。

 御殿町組頭が永楽家(三区)と下町(六区)の組頭と共に染め上げたとの事。

 

 

手水舎正面虹梁の上の蛙股部分には特殊な彫刻が、、

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太田道灌公が鷹狩りに出かけ強い雨に、、

近くの農家を訪ね「箕傘」の提供を依頼すると農家には「箕傘」が無く娘さんが替わりに「山吹の花」を。

歌と共に、、  「七重八重 花は咲けども山吹の 実の一つだに なきぞ悲しき」

その場面の彫刻が、、

 

実は当稲荷には太田道灌公の念持仏とされる十一面観音様が御神殿のお厨子に安置されている(非公開)。

 

当時、建築に携わった宮大工さんはご存じでこの彫刻を、、、

よくご覧頂くとその情景がおわかり頂けると思う。

 

また手水舎の他の三面にも獅子が牡丹の花と戯れている彫刻が、、

 

北側(左側)

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東側(裏側)

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南側(右側)

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四方の木鼻

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固い欅材に細かい彫刻まで、、、 

本当に宮大工さん、お一人の作業だったのか、、

 

修復の時に全て水洗いをして面取りも白の顔料で塗り替えた。

 

本年2月2日のブログ

  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170202

        この手水舎や常夜灯のご説明もある。

 

それほど大きな手水舎では無いがゆっくりご覧頂きたい。

 

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以上、少々長いブログですがご紹介。

 

昭和20年の山手空襲では現在、文京区の保護樹林(鎮守の杜)に守られ大事な御本堂等は消失したが境内の石仏、石碑、灯籠や手水舎も火を被らずに残った。

 

現在も霊窟周辺の整備が続行中だが先月崖地に伐採されて残っていた大木を抜根したら半分が炭化した根の部分が、、

大事な御本堂等は消失したが境内の大半を大火から守ってくれた最後の砦であった大木と思慮。

本堂脇に暫く置いてあるのでご覧頂きたい。

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72年も経っているがはっきりと炭化が残っている。

 

 

石仏や石碑、灯籠と言えども火を被るとボロボロになってしまう。

 

江戸名所図絵や江戸期の地図を見ると境内の一部に八幡宮がある。

小石川にも通じていた鎌倉街道沿いに675年程前にあの戦乱の時代に奉納された板碑が残った。

 

お伝えしたように現在は一般公開していませんが準備(設え)が整えばご覧頂くようになると思慮。

 


追悼

昭和60年(1985年)の本日、午後7時からの会議の為に外出の支度をしている時にテレビの画面に「JAL123便、羽田発伊丹行きのジャンボ機が行方不明」とのテロップが流れた。

多分、管制との通信機器の問題かと思い会議に出かけた。

 

会議中に仲間から何かとんでもない状況になっていると報告が、、

 

帰宅したら御巣鷹山墜落の衝撃的なニュースが、、

どうしてあの747が??と信じられなかった。

 

あれから丸32年が経ち今日33回を迎えた。

 

現在も操縦している友人の機長さんもいる。

FB仲間の機長さんも、、、

2年前にある機長さんがFBに投稿した文章を無断で拝借。

 

30年前の今日の夕方、B747の副操縦士に昇格して半年少々の私は香港から成田に向けて飛行中でした。
福岡コントロールから東京コントロールに移管される時に、通常と違う周波数を指示されて何かあったのかな?と思っただけでしたが、成田に到着してから123便の事と初めて知りました。
当時747の4系統ある油圧システムが全て不作動になる事等全く想定されていなかったので、本当に衝撃的な事故でした。
実機訓練でモーゼスレークに行った時、ちょうど教官として滞在されていた高濱機長、彼の笑顔は今でもはっきり覚えています。
すでに彼の年齢を越えてしまっている私ですが、いまだに無事に飛び続けられている事に感謝します。
今、元気に第一線で活躍されている機長さん達もあの当該機の機長さんに指導教官として米国の訓練基地で指導されたりSIMの教官として訓練を受けた方々が多く居る。
大変に信頼敬愛されていた機長さんだった。
しかしあのような油圧システムが全てダウンする事態に、、、
やはりどんなに技術が進歩しても航空の安全は決して簡単では無い。
不断の努力と強い責任感はあの事故を教訓に整備や運航に尽くされている。
乗客乗員520名の尊い生命が奪われた大事故。
ちょうどその2年前にディズニーランドが開園され目を奪うばかりの墜落現場から楽しかった思い出にお土産で買ったミッキーマウスが多く見つかった。
33回忌を迎えた本日改めて阿弥陀如来さまにお念仏をお唱えしてご冥福追善と稲荷御本尊前でこれからの安航を祈願申し上げる予定。
合掌

細姿鯖寿司

日頃、お世話になっている方がご夫妻で京都へ。

 

今朝、京都土産で私の大好物の雲月の鯖寿司を、、、

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小鯛の雀寿司も大好物だが雲月の細姿鯖寿司もちょっと禁断症状?が起きるほど食べたくなっていた。

祇園・やよいの「じゃこ」も、、、

 

副住職は午後から長野県諏訪へお盆のお手伝いに出かけるのでさっそくお昼に、、

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名前の通り細身の棒寿司で切り身は一口サイズで鯖と酢飯のバランスがなんとも、、

 

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大阪は瀬戸内海に近く小鯛の雀寿司の発祥だが京都は内陸で若狭湾水揚げの鯖を酢で保存のために締めて鯖街道で京都に運んでいたと伝わる。

酢で締め昆布で締めほどよい油とのバランスが最高!

美味しかった!

 

頂いた方への感謝と先人の知恵に敬服。

ご馳走様でした。


昨日とは打って変わって、、

昨日はノロノロ台風5号が日本海側を北上した為か東京地方の最高気温は37.1度の猛暑日。

今年一番の最高気温を記録したようで大変な猛暑だった。

 

昨日の夕立のせいか今朝は爽やかだった。

正午過ぎの気温も27度で昨日よりも10度も低かった。

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若干蒸したが楽だった。

 

しかし週間天気予報では旧盆中は雨模様??

困ったな、、、


突然の豪雨

本日は天気予報通り都内は最高気温が37度位に、、、

 

昼過ぎまでは快晴で強い日差しが、、、

しかし午後3時過ぎから雲行きが怪しくなってきた。

 

経験則でも雨雲が近づいたなと分かるがこのアプリが便利。

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10年ほど前だろうか板橋区か練馬区方面で局地的な豪雨があり雑司ヶ谷付近の地下での下水道作業中の現場に流れ込み作業をしていた方に多くの犠牲が、、、、

現場では全く降っていなかったようだ。

 

それをきっかけに東京都下水道局が公開した「東京アメッシュ」と呼ばれるアプリ。

局地的にどのような雨が降っているか5分ごとに更新される。

 

今日は午後3時半頃には中野、豊島区方面まで豪雨の雨雲が、、、

4時頃には小石川も一時的に強い雨が、、、

しかし豪雨を示す雨雲は文京区の北側・千石方面から荒川区・足立区方面へぬけた。

 

結構、足の速い雨雲で現在は千葉県へ移動してしまった。

調布市の方にまた雨雲が出来たがまだ東進するかは不明。

 

現在は日差しも戻った。

 

夕立に遭い雨宿りしている時には便利なアプリ。


お穴 霊窟のお社に吊灯籠が、

境内整備に伴い調整して頂いた境内の照明の様子を確かめに先ほど境内へ。

 

本堂横からお穴様の霊窟お社を点検すると新しい吊灯籠が、、、

 

迂闊にも本日午前中には気がつかなかった。

 

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昨日はほぼ一日不在だったので作業は昨日か? 本日?

 

お世話になっている地元・組頭から吊灯籠を設置する一番の場所が空いているとお勧めが、、

あまり御信者様にはご負担をおかけしたくないのでご遠慮していたら是非とのお声がけを頂いて手配してあった。

 

新しく設置された吊灯籠は奥の柱の鏡石寄りの一対。

既に配線も施されて良い感じに存在感も、、、、

 

 

鳥居に関しても9月の秋季例大祭に間に合う鳥居は全て御寄進のお申し込みが、、、

日光杉の天然木なのでなかなか希望の数の注文を受け付けてもらえない。

 

年内に届けられ新年に間に合わせる為に確保した四基も昨日一基の御寄進のお申し出を頂いた。

 

本当に有り難い事だ。 感謝申し上げます。

 

先日のブログ    http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170728  

 

 

PS 20:00記

先ほど暗くなってから、、、

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いい感じ!

 


町田市 養運寺 大施餓鬼会 説教席

本日、午前中に自坊を出発して町田へ、、

以前、高速道路が一時無料化になり3時間45分ほどかかったトラウマでネットの首都高交通情報を綿密にチェックしていたがそれほどの渋滞も無いので午前10時15分頃に車で出発。

 

お陰様で首都高3号線の下りは渋谷近辺で若干の渋滞があったが東名高速・横浜青葉から246号経由でスムースで午前11時40分頃に到着。

 

養運寺の御住職は一年お若いが大学時代からのお付き合いと青年会活動を通じて既に半世紀のお付き合い。

若い頃は結婚披露宴の司会も仰せつかったりカンボジアの難民救済も一緒に、、、

 

養運寺は二年がかりで昨年5月8日に御本堂や観音堂、書院の一部の再建工事が終わり落慶式が厳修された。

 

本堂裏の駐車場に登れる道も整備されているのだが私はあえて毎回参道下の駐車場へ、、、

 

写真を撮ったり境内の様子を拝見する為に。

 

私の先代も布教をしていたが説教師は自坊(自分の寺)を出る時から説教師であれ。

到着したら境内の様子や堂内の設えに目を配り御住職方のご配慮を受け止めろ。

ご本尊様にお詣りをして堂内の荘厳等にも目を配れ、、

説教が終わったらご寺族のご迷惑にならぬようすぐにおいとまを、、

口癖だった。

 

その為、泊まりがけの地方でのご依頼以外私服で出かけた事が無い。

事前に御住職に例年の法要とは何か違うか、お伝えしたい事が有るかお聞きすることも有る。

法要の主旨は勿論だが境内整備や御本堂の印象など感じた事をお伝えする場合も、、

 

ブログでも境内や御本堂の様子をお伝えしているが自分自身の日記、、

来年お邪魔をする時の参考になる。

 

参道入り口の公道に面した駐車場に、、

掲示板には私の名前もお知らせを下さってあった。

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参道の階段を登ると山門が、、

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観音様もお出迎え。

 

山門

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養運寺の「山号」は「鶏足山」

奥には昨年5月に落慶したご本堂が、、、、

 

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この階段を上るアプローチが楽しみで本堂裏にも完備された駐車場には止めずに階段を上る。

でもこの石段をいつまで元気に上がる事が出来るかな?と思う年齢になってしまった、、、、

 

樹木の手入れを拝見するのも楽しみ、、、

 

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再建の御本堂は伝統的な入母屋造の屋根と唐破風の向拝、。

立派!!

 

本堂脇の観音堂も再建。

以前の観音堂は入母屋の屋根だったが本堂とは逆に方形のお屋根に、、、

住職の拘りか、、、

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現・住職がお建てになった鐘楼堂

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何年前だったか、、、

私の寺の御信者様がそばにお住まい大晦日には年越しの除夜の鐘を毎年楽しみにしているとお聞きした事がある。

 

本堂向拝は唐破風、、

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黒い部分の紅梁の間の蛙股や唐破風の飾りの彫刻は以前の御本堂の彫刻を再利用。

200年前の本堂を解体した時に保存して再利用。

素晴らしい、、、

 

虹梁の彫刻も素晴らしい、、

木鼻の獅子も、、

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お説教席には若干早く到着したので暑かったが境内で楽しませて頂いた。

 

本堂内陣

正面の弥陀三尊様は400年以上前に造立され町田市の有形文化財にも指定されている。

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住職・副住職の希望で一尺以上の丸柱や内陣の紅梁、欄間は200年以上前の建造でもったいないので再利用を希望したようだ。

多分、設計段階では全部新材の方が楽だったと思慮。

解体作業も慎重に進めなくてはならず大変だったのでは、、、

 

歴史のある古材は絶対使うべきだ、、、

何百年の歴史(年齢)がある、、、

 

内陣、天井は格式がある折り上げ格天井に、、、

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堂内の斗組・欄間も素晴らしい!以前の御本堂の名残、、、

 

午後1時からお説教席 お檀家様と共に空調の効いた御本堂で気持ちが良かった、、、

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この左脇にもお座敷があり50人ほどのお檀家様で満堂(満室)だった。

 

副住職に私のアップでない写真をお願いしてカメラを託した、、、、TNX!!!

 

午後2時からは組内御寺院の御住職方随喜のもとお施餓鬼法要開始

 

御住職の施餓鬼壇(五如来壇)前での「表白」の奉読

本日のお施餓鬼法要の主旨を述べられる。

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私の仕事はこの前で終わっていたので写真を撮らせて頂きおいとま。。。

 

境内を車まで戻る時には風も強くなり黒い雲も、、、

先月21日に発生した台風5号は長寿命で一昨日奄美大島に接近して今朝は四国沖へ、、

お檀家の皆様はお墓参りのあとご自宅に戻られる迄は雨は降らないようにと心配しながら自坊に向かった。

 

帰路は国道246も東名高速、首都高速もがらがらで一時間20分程で帰寺出来た。

 

お陰様の一日だった、、、

 

ご参考に以前の御本堂

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このご本堂でも長年お説教をさせて頂いた。

あるいは先代御住職の表葬儀、現・住職の晋山式等々懐かしい思い出の御本堂。

 


電気アシスト自転車

次女夫婦が電気アシスト自転車を購入して昨日納車された。

 

子供から乗りたいと催促をされこの暑いのに次女夫婦は子連れで靖国神社をお詣りして北の丸公園へ、、、

 

ラインで芝生で休憩中の写真添付で「ここはどなたのお屋敷だったのかしら?」と質問が、、、

 

早速、日頃私が非常に重宝している江戸時代と現在の地図を重ね合わせた地図をスマホで写して送った。

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次女達は日本武道館への入り口の「田安御門」の由来も分かったようで帰りに私の所に寄った。

 

これを撮した地図帳(A4の立派なもの)を見せると食い入るように、、、、

地元・小石川や連れ合いの自宅付近の江戸時代の場所を興味深げに、、、、

 

少しは江戸時代の大名の上屋敷・中屋敷・下屋敷等々、あるいは寺院の規模等も理解できたようだ。

今更だが、、、、

 

PS 

20年以上前に法類のお寺の前ご住職の年回法要の記念に頂いたもので多分、現在は絶版かも、、、

 


防犯・火の用心のパトロール

今晩も地元、表町町会有志の皆さんの防犯と火の用心のパトロール。

 

境内奥に位置する書斎に居ると脇の道から聞こえてくる拍子木の音でパトロールが近づいて来たのが分かる。

 

早速、境内に出てお出迎え。

1

今晩は夏休みでチビちゃんも一緒に!

 

年末に火の用心のパトロールを行っている町会は多いが地元・表町町会は一年を通して防犯を兼ねたパトロールが、、、

 

町内にはご高齢のお一人住まいの方も多いのでこの拍子木の音をお聞きになり安心なさる方や改めて玄関や窓の鍵のチェックをなさるご家庭も多いと思慮。

 

お見送りの時にチビちゃんに「頑張ってネ!」と肩を触ったら汗びっしょりだった。

 

防犯を兼ねているのでパトロールの日にちや時間はお伝えできないが、、、

 

有り難うございました!  感謝

 


江戸消防記念会第四区 「大旗」「略旗」 入魂式 挙行

日頃 、澤蔵司稲荷とは深いご縁を頂いている江戸消防記念会第四区並びに木遣親聲会。

 

本日は明治に江戸消防記念会第四区に改変されてからの念願であった「大旗」「略旗」が完成してその入魂式が厳修された。

 

午前9時頃から澤蔵司稲荷  本堂で準備開始。

1

 

2

右から第四区「大旗」、「略旗」、「国旗」

 

大旗は金糸・銀糸で刺繍をされた素晴らしい旗。

ご紹介したいのだが第四区総代からは今月下旬に正式にお披露するのでそれまではと言う事でクローズアップの写真はご遠慮。

 

その後、書院で所属10組の組頭の会議開催。

正午からそれぞれの組の組頭・副組頭・小頭 約40名ほどの頭が本堂へ、、、

 

入魂式。

3

高橋様ご提供の一枚

 

副住職(副別当)の先請伽陀の奉唱のもと「大旗」「略旗」「国旗」の入魂作法、合わせて第四区に伝わる新春、椿山荘での「大盃の儀」に使われる輪島塗の素晴らしい「大盃」「酒器」の御祈願も、、

 

この大盃の写真もあるのだが門外不出なのでご紹介出来ない。

 

ただ毎年お招きを頂く「大盃の儀」は毎年ブログにアップして有るのでブログ内「検索」で「大盃の儀」で検索頂くとご覧頂ける。

我々の「行」では秘密道場に相当する作法だがお許しも頂かずご紹介させて頂いている。

内緒でご紹介。

 

「大旗」の制作過程や細部の刺繍等のご紹介は今月末のお披露目のあとにご紹介予定。

 

その後、祝い膳が書院で振る舞われ副住職共々ご馳走になってしまった。

おめでとうございました。

 

 

PS

本日は午前8時頃からお世話になっている植木屋さんが霊窟に降りる階段横の樫の木の強剪定に、、

 

入魂式・祝膳がお開きになり境内に見に行くとさっぱりと、、、

4

常緑樹だが春先からパラパラと長い期間葉が落ちるので強剪定を依頼してあった。

樹齢は不明。

 

5

トラックが一杯になったので他の樹木は後日に、、、、

 

またまたお陰様の一日。

 

 

 


境内のサルスベリ(百日紅)も開花

本日午前11時頃に毎日お蕎麦の御奉納を頂く傳通院前の稲荷蕎麦 萬盛さんのお待ち受けをしようと本堂  向拝の戸を開け境内を眺めたらサルスベリの花が、、、

漢字では「百日紅」と書く。

1

 

境内の蝉の声と共に真夏を感じた。

サルスベリは字の如く結構長い期間花を楽しむ事が出来る。

ここの所、多忙だったのでいつ開花したかは分からなかった。

 

お陰様で鎮守の杜(文京区保護樹林内)のお穴の整備も順調に、、

先日、御信者様には整備の折りに腐朽した鳥居を取り外したので以前の雰囲気を取り戻すために鳥居の御寄進のお願いをした。

 

お願いのパンフレットの一部

2

お陰様で九月の秋季例大祭までに間に合う鳥居は全てお申し込みを頂いた。

 

日光杉で製作される鳥居は伐採してから数年の乾燥期間を必要とする為に私が希望する数は揃わなかった。

 

今後、年内には書面でお願いした鳥居が二基、一回り大きな鳥居(写真)も二基しか準備できない。

この鳥居は年内に建立できるので奉納年月日は「平成三十年元旦」となってしまう。

その後はいつ届くかは現在の所お約束が出来ない状態、、

 

合計四基に関してはお申し込みを承っております。

 

霊窟(お穴)の崖地や鳥居周辺もまだ整備中ですが秋季例大祭にはお披露目をさせて頂く事が出来そう、、、

 

例大祭の大護摩(9月10日 正午)の前にお社・鳥居等の完成、入魂式を執り行う予定。

 

 

また同封した振替用紙で霊窟等の境内整備の為にと御寄進(ご送金)頂いた御信者様にも御礼申し上げます。

 


霊窟 お社(御堂)の吊灯籠設置

本日、午後にお世話になっている二番組(御殿町な組)組頭と電気屋さんが修復工事中のお穴様の御堂の工事に、、

1

 

実は組頭がどうしてもこの御堂に吊灯籠が似合うと富山県高岡市の銅器会社に発注した灯籠が到着。

その設置工事の為、、

 

2

鋳造法で造られ境内に相応しい桜文様の透かし彫り形式の吊灯籠一対。

古手色仕上げでこの御堂にはぴったりの大きさ。

 

3

灯籠の中に電球で明かりを灯したいとの事で電気屋さんも、、

左右バランスよく吊り下げられた。

 

御堂は壁に囲まれていない構造なのでこのお社の中でお参り頂く時には最高の場所に、、

 

組頭曰く、この奥にはもう一対吊るスペースがあるとの事、、

もしご希望の御信者様がいらっしゃればお願い申し上げます。

だだ一対、お一人様(会社)だけですのでよろしくお願い申し上げます。

勿論、ご寄進のお名前(会社名)も刻することが出来ます。

 

配線も終わり試験点灯

4

透かし彫りなので良い感じに光が、、、

この場所も境内の照明と同じく日没から午後9時頃までタイマーで点灯する。

 

暗くなったら再度撮影予定。

 

PS

昨日、檀信徒の皆様に郵送した「鳥居」勧進のお願い状。

早速、先ほどお電話でお申し込みが、、

秋季例大祭前に建立できるのは五基のみ、、

その後は11月頃になる模様。

 

再PS 19:30

夕食が終わり暗くなってきたので明かりが灯った吊灯籠の様子を見ようとカメラの準備をしていたら組頭も来訪。

果たして、、、

9

御堂幔幕の後ろに吊るした灯籠の明かりが、、、

 

6

吊灯籠の透かし彫りの火袋から良い感じに、、、

ちょうど柱に透かし彫りの桜の花の文様が、、、

 

8

 

ちなみに組頭からは後ろの柱の鏡石側にもう一対は設置可能と、、、


タイマーで午後9時頃までは毎晩点灯させているが階段の方は暗いのでお気をつけて、、

 

感謝。

 


お穴(霊窟)の改修工事

昨年までの本堂・書院等の修復工事に追われ滞っていた鎮守の杜(文京区保護樹林内)の整備事業。

 

お社(お堂)や鳥居の老朽化による立て替えや崖地の整備等は5月に始まった。

5月12日のブログ    http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170512

 このブログをご覧頂くと以前の状況が、、、、

 

お堂は総檜(一部ヒバ材や天井は杉材)で立派に復元された。

 

崖地の整備も一段落で植木屋さんによる一部の樹木の強剪定を残すのみに、、、

 

本日の様子

1

階段上とお堂の前には早々に御寄進を頂いた鳥居も、、、

 

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本日はお堂への照明灯の配線工事

 

3

お堂には紫の幔幕も、、、

 

4

工事をお願いした地元、二番組(御殿町)組頭の様々なご配慮でここまで、、、

まだ色々と飾り物が設置されるようだ、、、 お楽しみに!

 

参道には以前のように鳥居を建立頂く基礎部分も完備された。

 

一両日中に鳥居の御寄進をお願いするパンフレットを檀信徒皆様には郵送させ得て頂く予定。

 

毎日のようにお詣り頂いている御信者様にはご不自由をおかけしておりますがもう少しご容赦を、、、


浄土宗東京教区豊島組礫川部 部会&別時&暑気払い

以前からお伝えしているように浄土宗東京教区には島嶼部を含み430余ヶ寺の寺院が所属している。
島嶼部を除き10の組に分かれ豊島組は70ヶ寺。

更に6の部に分かれ慈眼院は礫川部に所属して10ヶ寺で構成されている。 
礫川部は毎月25日(浄土宗宗祖法然上人の御忌日)前後に所属寺院輪番で部会が開かれる。

 

本日は境内で文京朝顔・ほおずき市が終わった傳通院が会所(えしょ)(会場)

 

普段の月は午後7時開始だが7月は暑気払いが開催されるので午後5時集合

 

部会のあとご本堂で宗祖法然上人の御忌日のお別時念仏が丈内の若い僧侶を含め厳修。

お導師は輪番のご住職が勤める習わし、

1

広懺悔の和訳、阿弥陀経、念仏一回、、約40分程のお勤め。

 

その後、本堂地階の講堂で丈内の方々も含め暑気払い

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ご馳走様でした。

 

午後7時半頃にお開き

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朝顔・ほおずき市も終わりいつもの静けさが戻っていた。


第32回 文京 朝顔・ほおずき市 最終日

昨日から始まった第32回文京 朝顔・ほおずき市は本日が最終日。

 

本日は午前10時半から境内「さわやか憩いの広場」ではSHOBI MUSICIANSのコンサート開始。

 

生憎、午前11時からご法事をお受けしていたので写真撮影は出来ず、、、
法要後の墓前回向の頃にはパラパラと雨も、、

 

1

 

南戸崎町会さんによる射的等の出店

2

昨日、本日と生ビールの差し入れを頂戴してしまった、、、、

 

3

柳町三和会さんのクラッシュアイス屋さん

昨日は晴天で暑く早々に品切れだったとお聞きした。 本日は??

 

ヘブンアーティスト「もっちの紙芝居」

4

 

ちょっと傳通院境内へ陣中見舞い

5

 

本日の 澤蔵司稲荷  境内の「さわやか憩いの広場」コンサートは午後3時で終了。

 

先ほど境内に出ると撤収作業

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若干、小雨模様の時間も有ったが大勢の方が楽しまれた。

関係の皆様、お疲れ様でした。

 

私は午後5時から傳通院で浄土宗東京教区豊島組礫川部の部会と法要。

毎年だが7月の部会は暑気払いを兼ねて食事会も、、、

 


国立劇場(小劇場)

本日、副住職は国立劇場での演奏会に出演させていただきました。

10

 

11

 

縁山(増上寺)流、声明の部で、、、

 

PS

副住職からの写真添付です。

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第32回 文京 朝顔・ほおずき市 開催

本日から毎年恒例の文京朝顔・ほおずき市が始まった。

今年で32回を数える。

澤蔵司稲荷の境内は初回から「さわやか憩いの広場」として開放。

 

午前中はご法事で準備の様子は撮影できなかった。

 

1

 

 澤蔵司稲荷  境内「さわやか憩いの広場」への出店は柳町三和会、南戸崎町会さん

5

 

本日は正午からこれも恒例だが地元・尚美ミュージックカレッジ、SHOBI MUSICIANSの音楽とヘブンアーティストの大道芸、、

 

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レイラインさん

 

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しまだかおりさん

 

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江戸大神楽の皆さん

 

舞台は大銀杏の木陰でコントラストが強くゴメンナサイ、、

 

2

 

境内参道も木陰、出店の町会さんのテントも木陰で最高気温は33度を超したと思うが心地よい南風が境内を吹き抜け皆さん喜ばれていた。

まさに「さわやか憩いの広場」

 

明日は午前10時半頃から出店とステージも始まるようだ。


境内霊窟の修復工事

本日もお施餓鬼の法要で関係寺院へ、、

 

午前中に既に気温は32度に達していた。

 

お穴(霊窟)お堂の作業は最終段階に、、、

ペンキ屋さんが要所の彩色作業。

1

 

鳥居も一基建ちかけていた。

2

 

その後、関係寺院のお施餓鬼法要へ出仕。

 

夕方、帰寺してお穴様へ

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階段の降り口とお堂前に二基の鳥居が、、

 

4

鳥居前の参道両脇の四角く養生された場所には約13基の鳥居をご奉納頂く所を設置。

 

8月上旬には秋季例大祭のご案内と共に工事の進捗状況と鳥居の奉納お願いのお知らせを郵送予定。

この場所は限られたスペースなのでお早めにお知らせをお送りしたいと思っている。

是非、お気に入りの場所を、、、

 

5

白の彩色の終わったお堂。

蛙股や雲形の彫刻にも粋な彩色が、、、

 

奥には以前もあったが朽ちてしまったので新しくケヤキの一枚板で「霊窟」の額も掲げられていた。

 

PS

明日から二日間は境内は文京 朝顔・ほおずき市の憩いの場所に、、、、

 

お穴様はこんな状態なのでお足下には呉々もお気をつけ願いたい。

 

 


深川 良信院 施餓鬼法要説教席

本日は学生時代から同期の友人が住職をしている深川・良信院のお施餓鬼法要のお説教へ、

彼とは浄土宗の僧侶となるべく傳宗傳戒道場も同行。

既に学生時代からは半世紀に及ぶお付き合い。


隅田川(大川)は私の大好きな清洲橋を渡り深川へ、

1

 

良信院山門

2

12年前に木造の旧本堂から新しい本堂・書院が落慶した。

説教席は古い本堂の頃からなので既に18年以上か、、、、

あの頃は暑かった、、、、

六地蔵様もお出迎え。
3
12年前の本堂・書院等の新築の時に地元の方々が昭和20年3月10日の大空襲で犠牲になられた方々への慰霊のために安置された。

こちらの町内でも多くの方々が犠牲になられたとお聞きしている。

やはりお玄関の傍のお地蔵様。

4

右の平和地蔵尊はやはり昭和20年3月10日の大空襲で多くの犠牲者がでた為に御先代住職が建立。
左は新築された時に現御住職が建立された水子地蔵尊。

早めに到着したので御本尊様へ御挨拶。

昨年ご縁が有り千葉県から遷座された台座から光背まで2辰鯆兇肯派な阿弥陀様。

5

右側は善導大師、左側は法然上人のお像。

 

左の位牌壇中央阿弥陀さま

昔は説教所に安置されていたとお聞きした。

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お厨子の扉の内側には観音菩薩・勢至菩薩、更に善導大師・法然上人が描かれた珍しいお厨子に入られている。

 

本堂外陣の施餓鬼壇(五如来壇)

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本堂再建の計画段階から施餓鬼壇奥の額も心に描いていたようだ。

 

 

昨日、住職と電話でお厨子の阿弥陀様や本尊様の由来等で話をさせて頂いたので住職が私の説教の前にその話を含め法話。

8

私も聞かせて頂いたがその後の私の法話でもその話題等に触れ毎年だがアドリブも多くなってしまう。

 

午後1時から私の説教席

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あまりアップは好まないので全体をと近くのお寺の副住職さんにお願いしたが結構アップが、、

この写真の私が一番小さかったので、、、

副住職さん 写真有り難う。

 

既に本堂はお昼の「お斎 おとき」を召し上がったお檀家様で満堂だった。

本堂内にお入りになれず廊下や書院のモニターテレビでご覧のお檀家様も、、

良信院は昔は7月22日がお施餓鬼の法要だったが7月20日が「海の日」で休日に制定されたので本堂再建後は本日に変更、、
しかし、その後、祝日法が変更になり必ずしも7月20日が海の日にはならなくなった。

本年は16日の日曜の次の日、17日だった。

海の日に拘る方々は憤慨しているようだが、、、、、
 

午後2時からお施餓鬼の法要開始。

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4年前に友人の住職は僧階が「正僧正」に叙任され仲間では一番早く「緋」の衣を被着出来るようになった。

外陣飾りの施餓鬼壇前で「表白 ひょうびゃく」の奉読。
お施餓鬼法要の趣旨を述べる作法。

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私はここまででおいとま。

 

明日もお施餓鬼の法要が続く、、、、、、


練馬区旭町(光が丘) 仲台寺 施餓鬼説教席

本日は練馬区光が丘公園の近くの仲台寺へ

仲台寺は戦後までは田端の近くに有ったが都市計画等の為に現在の場所に移転した。

東京教区豊島組は文京区、板橋区、豊島区、北区等に70ヶ寺が集中してるが仲台寺は練馬区に移転しても自坊と同じ豊島組に所属している。

 

自坊の先代住職も田端から移転前の昭和33年から平成4年(85歳)まで35年間ほどお施餓鬼やお彼岸の説教にお邪魔をしていたお寺。

先代ご住職からも御教導賜ったが現御住職は一年先輩だが大学時代から半世紀以上のお付き合い。

 

仲台寺山門

1

昨日午後の雷雨と雹(ひょう)で光が丘公園周辺の道路は両側や中央付近は雹に打たれて散った葉がまだ片付けが終わらず昨日の豪雨を物語っていた。

住職にお聞きすると豪雨も凄かったが大粒の雹で樹木の葉が落ち今朝の境内掃除は大変だったとの事。

文京区でも自坊付近からちょっと離れただけで状況はかなり違っていた。

お陰様で雹はそれほど大粒ではなく今朝の境内掃除は楽だった、、

 

山門左手には庚申塔

3

 

3

主尊は如意輪観音さまで左側には「寛文八年」(1668年)と刻まれている。

一番、庚申信仰が盛んな頃。

 

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台座には庚申塔独特の「三猿」の彫刻も施されている。

田端からの移転の時に移されこの場所に奉安されたのでは、、

 

昨年は海の日の連休明けで川越街道は大渋滞だったがネットの道路情報はスムースだったので午前11時半少し前に出発。

案の定、正午過ぎには到着できたので玄関でのご挨拶前に撮影させて頂いた。

 

墓所との境の塀に沿って石仏や碑が、、

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5

 

御本堂

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参道には宗祖法然上人八百年遠忌記念に建立された永代供養塔

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経年で傷みが発見され京都の仏師の元で修復作業後、昨年無事にお戻りになられた本尊様。

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金ぴかになり戻られるかと案じていたが「古代仕上げ」(古色仕上げ)の落ち着いた感じで本日も有りがたくお詣りさせて頂いた。

 

私は落語の清興のあと午後1時からのお説教席をお勤めしておいとま。

 

玄関を出るとちょうど法要中の御住職が堂外に建てられた卒塔婆の水向けの最中だった。

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帰路の川越街道もスムースで予定通り帰寺出来た。

 

昨年の本日と同様、東京地方に梅雨明けの宣言が出た模様。

昨日の豪雨は別にして都内は空梅雨だった。

 

 


境内の蝉の啼き声も本格的に、、

東京地方は連日30度越の真夏日。

今日は35度を超える猛暑日になるとの予報も出ていたが、、

まだニュースを見ていない。

 

梅雨前線はまだ北日本にかかっているようで気象庁からは梅雨明けの発表はない。

日本各地では大変な豪雨で被害が出ている。

しかし東京地方は梅雨入り後に局地的な強雨は有ったが空梅雨ではなかったか?

多摩川水系のダムは貯水率が下がっているとも、、

 

境内では5日ほど前から蝉の声も、、

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スマホではビデオ撮影もしたがこのブログでは動画のアップは出来ないのでご了承を、、

先日、ミンミン蝉やアブラ蝉だけでニイニイ蝉の声が聞こえないとお伝えしたが今日はミンミン蝉に混じってニイニイ蝉も沢山啼いていた。

まだ蝉時雨のような本格的な夏の音ではないが、、、

 

もう暫くすると室内で電話を取っても相手の方から「どこか別荘に?」と言われるほど蝉の声に包まれる。


第32回 文京 朝顔・ほおずき市

来週の土曜・日曜日は32回目を迎える文京 朝顔・ほおずき市が開催される。

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 澤蔵司稲荷  境内も第一回目から境内を開放している。

境内は「さわやか憩いの広場」としてステージではヘブンアーティストの大道芸や江戸大神楽、SHOBI MUSICIANSの演奏や南戸崎町会のこども縁日、生ビールやラムネ販売、柳町三和会のかき氷販売等の屋台も、、

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唯一、大木の緑陰が多い会場なのでゆっくりお楽しみ願いたい。

 

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実行委員会や町会等の関係者の方々も準備をされているのでお天気に恵まれますように、、

 

写真は頂いたパンフレットから抜粋。

 

 

 

 


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