絵馬掛け移動

2年程前からの本堂改修工事や境内整備工事の為に本堂  向拝から若干離れた場所に仮設置されていた絵馬掛けが 向拝近くに戻った。

 

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屋根はしっかりしていたが25年以上前のものだったので柱や桟は新調した。

沢山有った古い絵馬はお炊き上げをさせて頂いた。

 

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以前は本堂の回り廊下・高欄のそばに有ったが本堂屋根からの雨水が絵馬掛けの庇で跳ね回り廊下や高欄を痛めたので反対の場所に、、、

 

奥は落ち葉の袋が50袋ほど、、、

 

本日は可燃ゴミの収集日だったが大量には出せないのでいつまで経っても、、、

毎年、3月頃まで続く。

その頃にはソメイヨシノや八重桜の散り出す頃で結局は一年中、、、、

 

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 澤蔵司稲荷の絵馬は干支に関係無く「馬・午」の絵柄、、、、

昔は奥の院のお堂の周りには幅50センチ程の大きな手書きの絵馬が奉納されていた。

多分、当時は街に絵馬を書く職人さんが居たのでは、、、?


黄葉・紅葉・落葉、、

昨晩、夜半の氷雨で今朝は今冬最低気温を記録したが境内は落葉も、、、、

 

快晴! 境内正面の大イチョウの葉もだいぶ散った。

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黄色の絨毯

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名残のモミジ

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気持ちの良いお天気だった。

 

でもこちらもモミジの絨毯

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車も、、、、

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福井県産の水仙も師走を伝えるように、

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今晩も江戸消防記念会第四区の新春「大盃の儀」の稽古が続いている。

 

今春の「大盃の儀」のブログ

   http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170110  

   

その時の一枚

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PS  20:30 記

 

先ほど地元町会有志の方による防犯・火の用心のパトロールの拍子木の音が書斎まで、、、

 

境内でお待ち受け

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元気にチビちゃんも、、、

地元町会は年末だけでは無く通年、町内のパトロールを実施している。

有り難い事だ、、、  今晩もご苦労様m(_ _)m


江戸町火消「元六番組」「元六睦」定式(月例会)

いつもお伝えしているが江戸町火消し「六番組」であった「元六番組」「元六睦」の月例会。

六にちなみ毎月六日に澤蔵司稲荷書院で開催されている。

所属の頭取中(組頭・副組頭・小頭) が集まる。

江戸時代の町火消しの組織「いろは四十八組、本所深川十六組」は明治時代になり明治5年に「市部消防組」として改編。

その後、近代消防に移行したことに伴い江戸時代の火消しの文化・伝統等を継承する為に江戸消防記念会の前身組織が明治後期に組織された。
現在の「一般社団法人 江戸消防記念会」は 全体で11の区で組織されている。

 

市部消防組の纏のミニチュアに関するブログ    

http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170816  

 

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小石川の地元は現在、第四区で二番組だが江戸時代には六番組「な組」として町火消しを担っていた。
その江戸時代の「六番組」はその組織を継承するために現在でも「元六番組」「元六睦」として現在の江戸消防記念会第四区とは所属がダブる組とダブらない組もあるが受け継がれている。
第四区では「な組」(現・二番組)「む組」(現・七番組)「う組」(現・二番組)が所属。
近年、九区の一部も復活して組頭・副組頭・小頭等30名ほどの頭取中がお集まりになるので書院も手狭、、、

袢纏の腰の部分の白抜きの本数で何区か識別できる。
第四区は四本、第九区は九本。
奇数の区は直線で偶数の区は曲線で波打っている。
役袢纏と呼ばれているが組頭・副組頭は肩からの赤(朱色)の線は二本、小頭は一本で火事場での指揮系統は一目瞭然だった。
 

開式に先立ち「お手頭を拝借」で一本締め

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我々は会議での開式・閉式はお十念だが、、、

 

今月は本年最後の定式なので睦会長からも一年間の慰労の言葉も。

 

前月の報告や今月の予定、昇格した頭のご披露やお見舞い等の御礼なども、、
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その後、目黒・祐天寺へ、

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役袢纏の四本の白抜きは4本は第四区の頭取中

 

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九本は第九区の頭取中

 

毎月、自坊書院での定式(月例会)のあとご縁の有る神社仏閣にご参拝。

これも伝統の継承と先達への遺徳慰霊の為。

 

 

10月1日の木遣不動尊の大祭のブログ

       http://blog.takuzousuinari.com/?day=20171001

   

 

また先月20日から29日は来春の東京消防庁「出初め式」の為の梯子乗りや木遣りの稽古が境内や本堂・書院でおこなわれた。

  その時の稽古始めのブログ

               http://blog.takuzousuinari.com/?day=20171120

 

新年は1月6日が東京消防庁 出初め式  元六睦の例会は8日、 椿山荘での第四区「大盃の儀」は10日に開催される。

 

  本年の「大盃の儀」のブログ

               http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170110

     

    

   


境内の黄葉・紅葉

現在、午後8時少し前。

今晩も境内のモミジの紅葉のライトアップをしている。

 

本日も師走に入り二日続いての快晴。

 

昼間の境内の木々の紅葉と黄葉。

 

昨日は兼務寺との合同の行事(法要)が有りブログでご紹介出来なかった、、、

 

本日は日曜日で好天でも有り多くの方々がお詣りがてら境内で写真を撮られていた。

 

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明日もお天気が良さそうなので是非!

 


ライトアップ開始

早いもので本日から「師走」

毎日、一枚ずつ切り取るカレンダーが有るが本当に残りが少なくなってしまった、、、、

今朝、切り取ったのであと30枚、、、

 

本日は十二月一日で本年最後の月例大護摩を午前6時から厳修

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夕方、陽が落ちた頃にお約束通り境内のモミジの紅葉のライトアップを開始。

 

昨晩からの予定だったが雨模様で本日に、、、

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LEDやハロゲン灯、10灯で照明したが光量不足か、、、

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まだ下の方のイロハモミジは紅葉が進んでいない。緑色のまま、、

自坊の境内のモミジ、イチョウ、ケヤキ、ムクノキ等の紅葉・黄葉は奥手、、

 

まだ本当に真っ赤に染まっていない、、

 

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元・江戸町火消 六番組「な組」木遣塚の前から。

真棒(中央の石柱)両脇には十月一日の木遣不動尊祭の時に開眼させて頂いた観音菩薩さま、地蔵菩薩さまも初めてのモミジ刈り、、、

 

モミジの絨毯になる頃までは雨天を除きライトアップ予定。

 

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12月2日 午後9時 追記

 

本日は行事で多忙だったので写真が撮れず、、、

 

昨日に続き境内のモミジのライトアップ

 

明後日は本年最後の満月になるのでお月様が綺麗だったので思わず。

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ちょうど地元・表町町会有志の方の防犯パトロールの拍子木の音が聞こえてきたのでお出迎え、、、

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いつもご苦労様ですm(_ _)m


境内もみじのライトアップ予定

明日の晩、江戸消防記念会第四区木遣親聲会の新春・東京消防庁の出初め式に向けての梯子乗りと木遣りの稽古は千秋楽。

 

暗くなってからの梯子乗りの稽古の為に現在ライトアップしているが明後日(30日)からそのライトを使って例年通り境内のモミジのライトアップ予定。

 

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先ほど薄暗くなってからの撮影なので鮮やかでは無いがやっと色づいた。

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まだ全部が紅葉していないが、、、、

 

20年程前に友人宅の庭経由で頂いた福井県産の水仙もチラホラと、、、

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ライトアップは雨天中止だが一週間ほどは例年通り、、、

午後4時半過ぎから午後9時頃まで、、、

お楽しみ下さい。

 

 

 


十日十夜法要

お詫び

実はブログドメイン契約の入金手続きを忘れブログが二日間ほど閲覧不能に、、、

昨日、振り込みをしたが一部DNSサーバーへの更新手続きには時間がかかるようで一部スマホ等ではまだご覧頂けない場合も、、

もうすぐ復旧すると思われます、、

ついついメールの確認を怠っておりました、、、、m(_ _)m

 

 

一昨日は自坊と法類関係にある小石川・真珠院の十夜法要が厳修された。

昨年のお十夜法要に先立ち、前・御住職から新住職に継承された。

 

昨年の継承式・十夜法要のブログ    http://blog.takuzousuinari.com/?day=20161127 

 

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真珠院本堂。

先々代御住職が鉄筋コンクリートの御本堂を戦後建築されたが手狭になり前御住職が新本堂を建築。

全てのお祝い事にも出仕させて頂き親子三代のお付き合いがある。

 

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若い頃からお手伝いに出仕させて頂いていたが諸般の事情で十夜法要での説教席は初めて、、、

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ご法事やお施餓鬼法要等でもお手伝いをしていたのでお顔を存じ上げている方々ばかり、、

 

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真珠院御本堂は二階にも馬蹄形に席が設けられ外陣にお座りになれない方は二階に、、

 

行道散華の時には二階にも僧侶が上がり二階席や一階外陣にも散華をする。

 

午後1時からの法話のあと十夜法要にも出仕をさせて頂き無事にお勤めをできた。

 

取り急ぎご報告でした。

まだアップ可能かちょっと心配だが、、、、


思い起こせば、、、、

ブログを立ち上げてこの12月で丸12年が経つ。

管理ページで見るとアップした記事が3434件。

写真は12000余枚、、、

よくぞ続いたと自分でも驚く。

 

しかし私が住職を拝命してからの工事は終わってみれば「元通り」の解体修復工事ばかり、、、

 

ブログ開設のそもそものきっかけは12年前に江戸時代に構築され明治初期に改修されたとされる公道に面する石垣の緊急解体修復工事だった。

その工事の進捗状況を日々お伝えするために、、、

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近隣のマンション工事や車の振動で石垣が緩み地震等で危険な為の工事だった。

間知石(けんちいし 正面は四角で奥が四角錐の石垣用の石)は1000個以上が解体され再度組み上げた。

上部の玉垣は国産小松石で新調したが完成すると元の姿に、、、

この工事に携わった石工棟梁は東日本大地震で崩れた皇居の石垣修復に、、、

その前は国宝の仙台・青葉城の石垣修復工事に携わっていた。

現在は熊本城の崩落した石垣の修復に尽力されているかも、、、

 

コンクリートの打ちっぱなしは廉価だがどうしても江戸時代の往事の姿のままに残したかった。

 

境内参道

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手前の提灯架けも空襲で焼け残ったが腐朽があり25年ほど前に檜材で新調した。

 

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ソメイヨシノの落葉はかなり進んだが奥のケヤキや椋の木の黄葉・落葉はまだ、、

 

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手水舎も空襲に遭わなかったが東日本大地震の時に基礎部分が傷んだので屋根瓦を全部はがし腐食している部分を修復して葺き替えた。

正面の見切り等は補修新調された。

 

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2年前からは本堂修復工事。

屋根もかなり傷んでいたので屋根瓦を外し屋根組、床下にも耐震の為の工事も伴った。

本堂回り廊下や高欄、 向拝階段は無垢の檜材で、、

 

  向拝唐破風の上の庇部分の垂木等も屋根瓦をはがし修理

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白木の部分

 

本堂東側も、、、

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本堂屋根部分だけでも数カ所有った。

その為に本堂屋根瓦はほとんど葺き替えられた。

 

鎮守の杜(文京区の保護樹林)の「お穴様」も今春から整備が、、、

 

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霊窟のお社も腐朽していたが新しく、、、

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崖地の整備や古木の抜根等も、、

ここも往事の面影が蘇った。

 

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鳥居は日光杉で一番朽ちやすい根元の部分には独特の施しが有り耐久性は抜群のようだ。

その為に施工工事は大変だった。

 

 

全て緊急工事で見積もりも出ず大変だったが檀信徒皆様、地元の皆様のご理解・ご協力で往事の姿に、、、

 

多分、10年もすれば何処を修復・改修したか分からなくなる。

 

お詣りの方々から「周りはマンションだらけになりましたが昔と変わりませんね!」とお言葉をかけて頂くことが一番嬉しい。

昔の境内の雰囲気・風情を残したい一心。

 

またそれぞれの分野の素晴らしい職方に恵まれ嬉しい限り。

お陰様です。


法類 本駒込 常徳寺 十夜法要厳修

本日は正午過ぎに本駒込に車で向かった。

 

慈眼院とは法類の常徳寺十夜法要で説教席を頂戴していた。

 

本年から勤労感謝の日である本日に十夜法要が厳修されるようになった。

お十夜の法要は阿弥陀如来様のお慈悲に感謝すると共に実りの秋にも感謝する法要。

 

元々、本日は宮中でも実りの秋に感謝する「新嘗祭」で戦前までは祭日。

戦後は「勤労感謝の日」として祝日に制定された。

 

常徳寺山門

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未明から雨で午前10時半頃まではかなり激しい雨が降っていたが正午頃には上がった。

 

山門を入り参道左側には地蔵堂

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昭和20年の空襲で残念ながら消失したが以前は身丈7尺程のみがわり地蔵様を安置するお堂が有りお詣りの方々も多かったとお聞きしている。

江戸期の常徳寺を示す絵図でも常徳寺境内よりも大きく記されている。

 

先代住職の発願により平成14年にお地蔵堂が完成して新しく「身代り地蔵尊」が奉安された。

白檀のお数珠を撫でながら一周してお詣りも出来る。

背面の檀には千体地蔵尊。

私も両親の為に御寄進させて頂いた。

 

毎年、新年の1月24日には「初地蔵尊祭」が挙行され私も太鼓を叩きに出仕をさせて頂いている。

 

参道右手には立派なお地蔵様。

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「おその地蔵尊」

無くなった母も良くお詣りをさせて頂いたと言っていた。

手前、左側には元禄年間に建立の「庚申塔」

台座に庚申塔特有の見猿・聞猿・言猿が刻され主尊は地蔵様。

この界隈は江戸時代には庚申信仰・行事が盛んだったことが伺われる。

 

多くの無縁塔には六地蔵様が、、

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やっと雨が上がり御寺族は参道の石畳に溜まった水を掃き清めていたがまだここには名残が、、、

 

午後1時から一時間の説教席を頂戴、、

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行事のたびにお伺いして法要にもお手伝いをさせて頂いているのでお顔見知りのお檀家様も多かった。

 

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スタッフの方の撮影。

 

午後2時から十夜法要。 御住職の法要の趣旨を述べられる「表白」の奉読

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法類だが法要には随喜せずにおいとま、

 

お玄関を出ると快晴の青空だった、、、、

 


江戸消防記念会第四区木遣親聲会 木遣り梯子稽古始め

今晩から(一般社団法人)江戸消防記念会 第四区木遣親声会の来春の東京消防庁
「出初め式」に向けての梯子乗りと木遣りの稽古が始まった。 

澤蔵司稲荷では4月下旬と11月下旬にそれぞれ十日間程の稽古がおこなわれている。

午後7時から筒先・道具中が中心にまず三間半の出初め式でも使う本梯子の締め直し

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緩むので稽古のたびに締め直しをする。

 

頭取中に稽古始めのお披露目をする前に足場パイプに固定された低い梯子で稽古が、、
高さは2暖召3団の高さ。

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12人の筒先・道具中が「長鍵」(鳶口)で本梯子を立ち上げ稽古の安全を祈願して御神酒や塩でお清め。

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頭取中が見守る中で本梯子で稽古始めのお披露目。
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多分、来春の東京消防庁出初め式で梯子に乗る若い衆か?

 

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会長の激励のあと手締め、、
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初日と千秋楽は澤蔵司稲荷ご本堂本尊前と木遣不動尊の前で木遣りの奉唱。
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稽古は今月28日が千秋楽。


江戸消防記念会は十一区有るが小石川の地元、第四区は木遣りを含め素晴らしい指導者に恵まれピカイチだと思う。

稽古は危険を伴うので安全とその成果を祈念。
今晩からは粋な木遣りの声を居ながらにして毎晩聞く事が出来る。

 


小日向 深光寺 十夜法要&観音祭厳修

本日は正午頃に小日向(東京メトロ茗荷谷駅の近く)の深光寺へ向かった。

早朝は今冬(今秋)一番の冷え込みだったが良いお天気に、、

 

先輩が住職をお勤めの深光寺の十夜法要と観音祭法要の説教席を頂戴していた。
僧侶の資格を取ってから先代御住職にも可愛がられご教導頂いた。

親子三代のご縁。

自坊の副住職(徒弟)も30歳半ばを迎え直接に親子三代のご縁を頂くお寺が増えた。

深光寺は「南総里見八犬伝」の著作者である「滝沢馬琴公」の菩提所でも有る。

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教育委員会の銘板の通り墓所には馬琴公や妻・お百さんのお墓や滝沢家の歴代墓もある。

 

深光寺は小石川七福神の恵比寿様が祀られお出迎え。
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瀧澤馬琴公と妻・お百さんのお墓は本堂の前に建つ。

墓石の正面にご覧になりにくいがお二人の戒名が彫られている。
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文京区指定史跡に認定されている。


墓石の台石には馬琴公の蔵書印が拡大され刻まれている。
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お邪魔をする度にお詣りをさせて頂いているが江戸時代のデザイナーの斬新さに驚く。

上下には天と地の象徴?

家型の手彫りも最高!!

屋根は地彫りより深いが独特の立体感が、、昔の石工さんは凄い。

馬琴公は別号「蓑笠 さりゅう」等があるが晩年は「曲亭馬琴」と号していた

深光寺は小石川七福神の恵比寿様の札所にもなっており多くの方がお詣りに来られている。


自坊、慈眼院・澤蔵司稲荷は文京区の史跡巡り・文学散歩のコースになっているので多くの方々がお詣りに来られる。
境内でお会いしてお聞きすると「深光寺様にも行ってきました!」とお答えになる方々も多い。

ちょうど丸ノ内線「茗荷谷駅」と「後楽園駅」を結ぶエリアにそのコースが集中している。

 

深光寺参道には戦前、観音堂が有り多くの御信者様がお参りに来られ11月17日は「観音祭」を厳修していた。
残念な事に戦災で消失をしてしまい戦後、お十夜法要と併修されるようになったとお聞きしている。

到着後、お説教の前に御本堂にお詣り。

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普段、脇侍でお厨子の扉が閉まり直接お詣りの出来ない秘仏の「准胝(じゅんてい)観音」様も本日は大前机に遷座され年一回のご開帳。 
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お顔、お姿がとても素敵。十八臂(十八の腕)を備える御利益豊かな観音様。
鎌倉期の作とされ元々は三井家の持仏とされていたがご縁があり深光寺へお出でになったとお聞きしている。


私も年に一度お詣り出来ることが楽しみ。

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観音祭を兼ねるので「十句観音経」も、、

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私の午後1時からの約一時間の説教席後、午後2時からは法要。

作相後に御住職、随喜の部内寺院住職方は御本堂へ、


私は控えの間でこれも毎年楽しみにしている「馬琴汁」と住職自ら新蕎麦粉を打ったお蕎麦を頂戴。
先ずはお蕎麦
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長野県産の新蕎麦で左側は柚蕎麦、、右側は香りの良い新蕎麦、どちらもほのかな香りが、、、

蕎麦つゆにも御寺族の拘りがあるので敢えて薬味は入れずに、、、

 

その後、「馬琴汁」

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馬琴汁は先代住職が滝沢家に伝わる馬琴翁の古文書にあった馬琴汁のレシピを元に忠実に再現された。
見た目はけんちん汁だが鶏がらスープでニンジンは粗めにすり鶏肉や椎茸、青菜、ギンナン等具材が、。
完全な精進料理(鶏肉等をお使いなので、、)ではないが馬琴公の健康志向が伺われる。

少しかき混ぜて中の具も撮影すればヨカッタ、、 来年への備忘、、、


本当に美味しい!!御寺族も毎年ご苦労をされているのでは、、?

昨晩、御住職からお電話があったがもう既に準備にかかっているとの事だった。

 

お檀家様も馬琴翁ゆかりの馬琴汁を頂けるのでお喜びだと思う。

 

御住職は大変多趣味で境内で養蜂もされている。

 

法要中だったがご馳走になりおいとま、、

御本堂ではちょうど散華行道の最中だった、 

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美味しく頂戴いたしましたm(_ _)m ご馳走様でした。


境内整備

浄土宗慈眼院が別当寺として護持している 澤蔵司稲荷  。

 

境内の鎮守の杜(文京区保護樹林内)の「お穴さま」(霊窟)の崖地を含む整備も順調に、、

 

老朽化していた霊窟「お社」のお堂も澤蔵司稲荷秋季例大祭直前に完工し設えも整い御信者様にお願いしていた鳥居も一部設置が終わり開眼ができた。

 

その後も有り難い事にお申し込みを頂いたが鳥居は日光杉で自然乾燥や塗装を含む作業の関係でやっと昨日、年内分の残り3基が日光の業者さんから搬入された。

 

本日、霊窟の場所での設置作業が、、、

 

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この日光の業者さんの鳥居は足下に太い塩ビのパイプで土中に設置されるので作業は大変だが一番朽ちやすい根元部分の耐久性は抜群。

 

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一応、霊窟の場所の設置は完了。

 

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これからのお申し込みは右奥の階段上の場所(赤いコーンが置いてある)付近や奥のお堂の前になる予定。

 

年内のお申し込みでも鳥居が間に合わずこの状態で最後の整備がおこなわれ新年を迎えることになる。

 

 

本堂正面参道脇も整備

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 澤蔵司稲荷とご縁が深い江戸町火消「な組」の木遣塚の横の植え込み部分にも踏み石を入れ立ち入りやすく、、、

色の違う小石が敷かれている部分、、、

 

中央奥は江戸時代の句会「芭蕉堂」の記念碑、

裏側に一門のお名前や建立年月日等が刻まれておりご覧になるために植え込みに入る方々も多かったので、、、

正面は向こう側、、

 

同時に木遣塚の「真棒」(中央の石柱)に「な組」組頭のご意向で法然上人のお書きになった六字の南無阿弥陀佛の御名号を字刻されたので拝みやすくするために。

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木遣塚 正面からはご覧になれないのでこの場所から、、、

 

霊窟工事のブログ

      http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170903

 

     http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170908

 

先月一日の「木遣不動尊祭」のブログ

http://blog.takuzousuinari.com/?day=20171001  

 

    

  

 


境内の落ち葉との戦い

今朝は風が強かったが空は快晴に、、、

 

境内で見上げると紅葉も綺麗になってきたが落ち葉が、、

 

昨日まで職方も作業をして下さったがこれからが佳境、、

 

まだ樹齢数百年の落葉樹の古木やイチョウはまだまだ。

 

今朝も本堂周りや参道を、、

 

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昨日までの分を含めると約50袋。

 

一般ゴミとして出すが一回に3〜4袋程度。

境内の間口が広いので集積場所は二カ所有るが合計しても8袋程、、、

それ以上は収集してもらえない。

 

年内にはほぼ落葉は終わるがこれから毎日増えるゴミ袋のゴミ出しは来春3月頃まで続く。

その後はソメイヨシノの花びらや萼が出るので結局半年、、、

 

境内の約600坪ほどは区の保護樹林にも指定されているのだが特別な収集は無い。


静岡 佐藤園の「太陽のいも」

季節限定で販売される静岡県の「佐藤園」に注文してあった自然食品「太陽のいも」が本年も届いた。

11月からの発売だが毎年「立冬」の頃に届く。

「太陽のいも」は毎年今頃に日記のようにお伝えしている。
もう10年以上続いている???


静岡・遠州灘を臨む地方では「切り干しいも」の名産地。

有機肥料で育てた切り出し芋を蒸し遠州灘の空っ風で乾かし一年近く蔵で寝かし天然完熟させた逸品!

自然の恵みと時間をたっぷりかけた「太陽のいも」が出来上がる。
この時期限定のおいも。

サツマイモのデンプンは蒸すことで麦芽糖に変わり一年以上蔵で寝かせその麦芽糖が白い粉となって吹き出るまで完熟させる。

焼かずにこのまま美味しく頂ける。折ると中は黄金色!   
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毎年の恒例行事?なので同じような文章になってしまう、、、、写真も、、、、

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毎年、同じ事が繰り返される事にも感謝!!

静岡の「佐藤園」さんも毎年、一年をかけ同じご苦労をして出荷している。

今年も「おいも」にご馳走様!!!! 

本年は立冬が11月7日、11月6日が「一の酉」、18日が「二の酉」、30日三の酉」

昔から三の酉まで有る時は火事が多いとも、、、

火の用心!

 

あっという間に師走になりそう、、、


東京歯科大学「解剖慰霊祭」

本日午後からは千代田区三崎町(水道橋)へ向かった。 東京歯科大学へ

歯科医の勉強をして歯科医師としての資格を取得するには医科大学と同様に人体に触れその組織を見る解剖学の授業も必須。

毎年、東京歯科大学では解剖のために献体された方々やそのご遺族、解剖に携わった学生さんによる大学が施主となった「解剖諸霊位の法要」が営まれる。

部内・法類の真珠院にはその慰霊塔が建立されている。

そのご縁で僧侶の資格を取った20歳代前半、先々代御住職の頃から出仕(手伝い)をさせて頂いている。
もう48年ほどか、、、、

東京歯科大学は明治23年に高山紀斎教授により「高山歯科医学院」として創立され明治34年には血脇守之助教授に寄り神田三崎町に「東京歯科医学院」としてその礎を築いた。

昭和40年代の若い頃には昭和4年に建造された石造りの重厚な建物で私の大好きな講堂がありそこで慰霊祭が、、
まさに鹿鳴館を彷彿とされる講堂だった。

その後、現在の本校舎(水道橋駅の目の前)に建て替えられ3年前まで慰霊祭が行われていた。

水道橋交差点から望める中央の大きな建物が現在の水道橋校舎本館。

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一昨年から本校舎からちょと神保町よりに水道橋校舎新館が完成して法要場所が代わった。

二棟左側のガラス張りのビル


新校舎

2階からの白山通り。

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建物二階の法要会場の名称はやはり「血脇記念ホール」


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「慰霊祭」法要は午後二時半開式

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法要中に学長先生の「祭文」奉読後に教授の先生方、続いて解剖の授業に携わった代表の学生さんの献花。

以前は学生さんは全員献花をしたが長時間になるので代表献花の時は学生さんは立礼。

そのあと遺族の方々の献花が続いた。


以前の本校舎では床面がフラットの会場だったが本格的な音楽ホールのような会場。

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学長先生、大学関係者、ご遺族、解剖に携わった学生さんで満席になる。

 

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昔は少なかったが近年は女学生が大変増えた。


法要中の写真は関係の方に無理矢理お願いした、、、

 


江戸町火消「元六番組」「元六睦」定式(月例会)

いつもお伝えしているが江戸町火消し「六番組」であった「元六番組」「元六睦」の月例会。

六にちなみ毎月六日に澤蔵司稲荷書院で開催されている。

所属の頭取中(組頭・副組頭・小頭) が集まる。

江戸時代の町火消しの組織「いろは四十八組、本所深川十六組」は明治時代になり明治5年に「市部消防組」として改編。

その後、近代消防に移行したことに伴い江戸時代の火消しの文化・伝統等を継承する為に江戸消防記念会の前身組織が明治後期に組織された。
現在の「一般社団法人 江戸消防記念会」は 全体で11の区で組織されている。

 

市部消防組の纏のミニチュアに関するブログ    

http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170816  

 

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小石川の地元は現在、第四区で二番組だが江戸時代には六番組「な組」として町火消しを担っていた。
その江戸時代の「六番組」はその組織を継承するために現在でも「元六番組」「元六睦」として現在の江戸消防記念会第四区とは所属がダブる組とダブらない組もあるが受け継がれている。
第四区では「な組」(現・二番組)「む組」(現・七番組)「う組」(現・二番組)が所属。
近年、九区の一部も復活して組頭・副組頭・小頭等30名ほどの頭取中がお集まりになるので書院も手狭、、、

袢纏の腰の部分の白抜きの本数で何区か識別できる。
第四区は四本、第九区は九本。
奇数の区は直線で偶数の区は曲線で波打っている。
役袢纏と呼ばれているが組頭・副組頭は肩からの赤(朱色)の線は二本、小頭は一本で火事場での指揮系統は一目瞭然だった。
 

開式に先立ち「お手頭を拝借」で一本締め

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我々は会議での開式・閉式はお十念だが、、、

 

毎月、前月の報告や今月の予定、昇格した頭のご披露やお見舞い等の御礼なども、、

1

 

 

その後、目黒・祐天寺様の殉職者慰霊碑へのお詣りに。

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役袢纏は4本なので第四区の頭取中

 

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9本なので第九区の頭取中

 

毎月、自坊書院での定式(月例会)のあとご縁の有る神社仏閣にご参拝。

これも伝統の継承と先達への遺徳慰霊の為。

 

 

10月1日の木遣不動尊の大祭のブログ

       http://blog.takuzousuinari.com/?day=20171001

   

 

また今月20日から28日は来春の東京消防庁「出初め式」の為の梯子乗りや木遣りの稽古が境内や本堂・書院で始まる。

  昨年の稽古のブログ

    http://blog.takuzousuinari.com/?day=20161121

   

 


東京文化財ウィーク 妙定院展

本日、11時頃に出発して港区芝へ

 

東京文化財ウィークに因み本日まで開催されている大本山増上寺の近くにある妙定院展へ。

本年、第十回を迎えた。

 

妙定院は宝暦7年(1763年)、徳川第九代将軍家重公を開基として増上寺46世妙譽定月大僧正により開山。

増上寺別院、浄土宗の准檀林の寺格を持つ名刹寺院。

住職は大学時代から公私ともに現在に至るまでお付き合いを頂いている友人が務めている。

副住職達も同い年で友人関係。

 

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山門から御本堂

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熊野堂

 

浄土蔵(上土蔵) 共に国登録有形文化財に指定されている。

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この二棟の土蔵は昭和20年の空襲で被災せづ残り本堂新築とともに現在の場所に忠実に移転再現された。

 

 

本年は浄土蔵の特別内部公開。

何回も入らせて頂いているが正面の扉からは初めてだった。

 

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こちらの蔵は収蔵用途のようであったが移築のおりに内部には須弥壇を設えて諸仏も安置してある。

壁の化粧貫の間の間渡しの漆喰の壁は微妙に中央が盛り上がっている。

壁の厚さは7寸

 

大奧方から贈られた小さな諸仏も、、

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妙定院御本尊

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書院からのお庭

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スギゴケが素晴らしい、、、

 

書院にある法然堂

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新築の時に多目的のホールとして、、、 またこのような展示会の為に照明は素晴らしく凝っている。

 

普段は浄土宗宗祖法然さまの尊像は中央に安置されているのだが修理のためご不在だった。

 

代わりに浄土蔵の快慶作とされる負別阿弥陀如来さまが中央に、、、

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失礼なことだが私が恋してやまない素晴らしい阿弥陀さま。

撮影禁止なのだが特別にお許しを頂いて、、、

 

本年は10周年祈念の妙定院展との事で素晴らしい当麻曼荼羅図、涅槃図、寒山拾得図、一切経版木等々拝見できた。

 

お忙しいのに御寺族にもお心遣いを頂いてしまった。

 

PS

撮影禁止、かつ立ち入り禁止の結界を越えて負別阿弥陀如来さまとツーショット

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本当に素敵な阿弥陀さま、、、

 

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本年は浄土蔵の特別公開だったが昨年は熊野堂の特別公開だった。

内部はだいぶ違うので昨年のブログを以下にペースト。

 

 

 


妙定院住職とは同い年で若い頃からの友人関係。
慈眼院副住職と妙定院副住職同士も我々と 同様同い年。毎年お手伝いに伺っている。

 

本年、副住職はお陰様で結婚出来たがご媒酌人ご夫婦は妙定院ご長女ご夫妻。

披露宴には一家総出でお祝いにおいで下さり友人達からは「親戚?」と質問され恐縮をした。

有り難いご縁。 私にとっては御先代御住職から親子三代のお付き合い。

本日、自坊の仕事もあり午後三時過ぎに到着。

江戸時代には准檀林の寺格を持った名刹寺院。大本山増上寺の別院でもあった。

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既に9回目を迎えるので趣向をかえその前年に新築なった御本堂を開放していた。

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来訪の方々には快慶作と伝わる弥陀三尊様や荘厳の御説明。

外陣脇には浄土宗宗宝(港区指定文化財)の「法然上人伝絵詞」(琳阿本)九巻の一部や宝物も展示されていた。



山門の左手には熊野堂(土蔵)

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本堂の新築に伴い奥の高速道路の近くにあったお堂を振動が少なく展示にも便利なように山門近くに移築した。
しかし国登録有形文化財のため古来の建築方法により専門の職人さんにより忠実に移築修復された。
黒の腰板は火災等の時には延焼防止に外せるように工夫がされている。
石組みは澤蔵司稲荷石垣工事をお願いした小林石材工業さんの施工とお聞きしている。

 

戦災でも奇跡的に残った土蔵は「浄土藏」と二棟有るが本年は熊野堂の公開。
熊野堂内部。

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徳川家の大奥等から寄進された秘仏を公開。
諸仏も素敵だが壁紙のデザインは抜群!

熊野堂壁紙
右下の少し御紋がかすれている壁紙は修復前の保存状態が良かった部分をそのまま使用。
ほかの部分はそれを復元して刷り貼った。

 

京都の古い寺院の改修工事の時にも壁や柱の一部の彩色等は残している事が多々有る。

浄土宗総本山知恩院・三門の上層の壁にも、、、

熊野堂3
熊野権現のお厨子等が安置されている上段(内陣部分)の壁紙とも違う。

上段の壁紙は一部に金箔の葵の御紋で一段と格式が、、、
江戸時代のデザインに感服。江戸時代のグラフィックデザイナーは凄い!
将来、自坊の襖(ふすま)にお許しを戴きデザインを拝借したい。
絶妙な不規則さが何とも妙!

 

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本堂東側の「浄土藏」

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元々は寺宝等の収蔵庫だったようだが移築の時に内部は以前の御本堂須彌檀の一部を移設して諸仏も安置されている。

私の大好きな阿弥陀様も、、、、

昨年は公開されたが本年は未公開。

この二つの土蔵のお蔭で素晴らしい歴史的に価値のある宝物が残った。
江戸(東京)も度重なった大火災や震災、空襲が無ければ素晴らしい建物や諸仏、什宝が残ったことだろう。

 

書院からのお庭

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スギゴケの手入れの行き届いた景観。

私も京都で先代住職が戦前に住職を務めた寺からスギゴケとその下の白砂を運び自坊の坪庭で育てたが難しかった、、、、

都心とは思えない。

御本堂や寺宝、熊野堂の公開は明日午後4時まで。

 

 

再PS

2014年11月1日のブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20141101


霊窟の整備作業

昨年から始まった文京区保護樹林にも指定されている鎮守の杜の崖地やお社の整備。

 

新しい鳥居の設置も順調に、

 

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もう落ち葉も沢山、、、、

 

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取り敢えず年内は地元・表町町会さんからの鳥居設置で終了。


都電のカレンダー

本日、都営交通にお勤めの御信者様から来年の都電のカレンダーを頂戴した。

 

私が都電が大好きで毎年、都電版をお持ち下さる。

 

年によって古い懐かしい思い出の風景が中心の時もある。

 

来年版は都内で唯一残る荒川線(旧32番系)の新型車両中心のカレンダーだった。

 

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1・2月

 

20

7・8月

 

40

9・10月

 

30

11・12月

 

普段ほとんど利用しないがカラフルになった、、、

 

たまたま3年前の本日にもカレンダ頂戴していた。

 

以下、2014年11月2日のブログのペースト

 

 

私が子ども、小学生、中学・高校の通学、大学への通学は都電にお世話になった。

ただ東京オリンピック後の経済成長で都内は車が普及して道路は大渋滞、、、
昭和40年初頭から都電(路面電車)が次々と廃線になった。

毎年、御信者様から「都電のある風景」と題するカレンダーを頂く。
本日頂戴した。

来年のカレンダーの表紙
都電のある風景

例年は過去の各路線の思い出の風景だったが今年は都内に唯一残る「荒川線」(旧32番系)の写真が中心だった。

昨年のカレンダーのブログ
 
http://blog.takuzousuinari.com/?day=20131104

私は毎年カレンダーとして使わずに毎月の写真(風景)をカットしてファイルしている。

大塚駅前電停
雪の大塚駅前停留所。
昭和44年、,,私が大学3年生の頃、、
この雰囲気は今もあまり変わっていない。

学習院下1
昭和45年の32番系(現・荒川線)の鬼子母神・学習院下の風景
この場所は現在も当時の面影を残す。

学習院下2
同じく鬼子母神・学習院下。
写真は昭和25年との事で私はまだ3歳、、、、

学習院下3
同じく昭和43年(私が大学3年生の頃)、、
この場所にも廻りは高い建物に囲まれたが雰囲気は残っている。

荒川線ではお馴染みの「王子駅前電停」の風景
王子電停
7000系と7500系の車両が混じっていた頃か、、、、
写真の左側から来ている27番系の線路は今は無い。
32番系(現在の荒川線)は現在も庚申塚〜大塚駅前〜鬼子母神〜早稲田まで大部分が路面ではなく専用軌道で走っている。

規模は縮小されたが荒川車庫の風景
荒川車庫
昔の32番系は早稲田から荒川車庫までだったが現在は三ノ輪までで当時の27番系が延長され折り返している。

本年2月の都内の大雪の時のブログでも都電の事を、、、、
 
http://blog.takuzousuinari.com/?day=20140211

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東京マラソン開催日にアップした都電の風景も、、、

  2017年2月28日のブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170228

  


月例 大護摩厳修

いよいよ11月。

今朝は午前六時から毎月一日(ついたち)の澤蔵司稲荷本堂での「月例大護摩祈祷」

 

日の出もすっかり遅くなった。

 

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春季例大祭、秋季例大祭、初午祭、節分祭、越年大護摩ではお詣りの方は内陣まで入られ直接「護摩」にお当たりできないが月例護摩では内陣の護摩壇まで、、

 

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来月一日の護摩で本年は最後。

その次は大晦日の「越年大護摩」

 


チャリティーディナーコンサート

今晩は浄土宗東京教区豊島組寺庭婦人会主催の「第27回チャリティーディナーコンサート」へ

 

会場は近くのドームホテル。

 

1

 

定刻の午後6時から寺庭婦人会宮田会長の開式の辞。


2

 

毎年のように大本山増上寺様からお下がり頂いている八木御法主台下から御祝辞を頂くのだが増上寺では重要な行がおこなわれており本日はお下がり頂けなかった。

 

東京教区教化団長佐藤上人からの祝辞

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毎年だが協賛金、義捐金や会費の一部は東日本大震災、本年の熊本地震の救援金や関係諸団体にお送りしている。

本年は浄土宗災害対策局宮林局長に目録で託した。

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吉例により豊島組後藤組長より祝辞と乾杯の音頭。

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寺庭夫人有志による仏教讃歌のコーラス

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抽選会

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楽しい抽選会も終わりお食事タイムも終盤。

毎年200名ほどの様々なご関係の方々がおいで下さる。

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本年はRecorder Ensenble PLACEBOのリコーダーによるコンサート。

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リコーダーは小学生が使う楽器で学校帰りに境内でチビちゃん達が演奏会をしている事も、、、

 

こんなにリコーダーに様々なサイズがあるとは知らなかった。

初めてお聞きしたが素晴らしかった。

 

なごやかな内に定刻の8時40分頃にお開きに。。。

 

寺庭夫人の皆様ご苦労様でした!

 


墨田区本所 華厳寺 十夜法要

本日は台風22号の接近に伴い都内は朝から本降りの雨。


毎年の事だが中学から高校、大学と同期で浄土宗の僧侶になる3週間の傳宗傳戒道場も同行の友人が住職を勤める華厳寺の十夜法要のお説教席を頂いていた。
住職とは中学からもう58年ほど,,半世紀を超えるお付き合い、、、


本所の華厳寺までは傳通院前からは春日通りで本郷→湯島→上野御徒町→厩橋→本所と一直線。

ただ大江戸線は蔵前駅から大川の下を急カーブして両国方面へ行ってしまうので意外と不便でいつもはタクシー。

 

雨なので今朝、近くにコインパーキングが有るかと聞くと駐車場を用意するとの心遣いで自分の運転で、、


日曜日で道路も空いており正午過ぎには到着。

午後一時の説教席の前にミニコンサートが有るとの事でお聴きしたかった。

華厳寺山門

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山門をくぐると正面ではいつもながら六地蔵様がお出迎え、

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六地蔵様の手前左右には震災・戦災の犠牲になられた方々の慰霊のお地蔵様も、、
右側のお地蔵様の後ろ枝垂れサクラの手前のモミジは29年ほど前に私が境内のモミジを実生から育て先代住職の13回忌の時にプレゼントした。
大事に育ててくれている、嬉しい限り!

運んだ時は乗用車の後席に乗る幹が親指ほどの小さなモミジだった。

玄関を入ると住職自筆の「今月のことば」

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実は玄関先でお出迎えのお内室と台風や雨の話をしていて撮影を忘れたので以前の写真、、

 

達筆!!!
そう言えば昭和40年代、華厳寺では幼稚園も併設されていた。
現住職(当時は副住職)はガリ版刷りの「ガリ切り」の名手だった。
その後は和文タイプライターも導入、、
まだ専用のワープロやPCが普及する前で青年会等の案内状の原稿を良く依頼した。

早く到着したのでご本堂でご本尊様に御挨拶。

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彼は「おもてなし」を非常に大事にしている。
法要中にお檀家様がお焼香をなさる「香炉」の灰も綺麗に、、、
香炉
使いっぱなしのお寺も結構多い。

私のお説教席の前は落語の高座も多いが今年は昨年と同様にミニコンサート。


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本年はギターとハーモニカのミニライブ
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本堂内に心地よく響いていた。
ギターは昨年同様 梅田光雄さん、ハーモニカは伊藤かな嬢、、
様々な場所で活躍されているとお聞きした。

演奏直後にはお説教なので残念ながら中座。

衣に着替える前に書院へ、
書院に隣接する彼の趣味の部屋を撮影。

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毎年少しずつ変わっているので毎回楽しみにしている。
住職が名付けた「曳舟庵」
私の寺の玄関に架かっていた江戸時代の戯画の掛け軸も大事に架けてくれてある。

 

昨年五月のお施餓鬼法要の頃から趣向を変え往年の電化製品やカメラも、、

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私もこんな部屋を設えたいと拝見する度に思う。

私はその後、午後一時から約一時間のお説教の席を頂戴。

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説教席では中学からの友人が住職との事も有り脱線ばかり、、、
毎年、お檀家様にお会いするのが楽しみ、、、

先ほど玄関にお邪魔をするとお檀家様から「お話し楽しみにお邪魔しました!」とお声をかけられびっくりするやら嬉しいやら、、

 

その後「十夜法要」

「表白」と呼ばれる十夜法要の趣旨を述べる巻物の奉読作法


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お檀家様は黄色い経本をお持ち。
本日の式次第(差定)もお伝えしたのでお檀家様もお経本をご覧になりながら、、

 

帰る頃には雨脚も強くなってきたがお檀家さまもあまり濡れずにお帰りできたか、、


朝の天気予報では台風22号は午後8時前後が東京地方に最接近するとも伝えていたが、、、、


住職退任・ 新命晋山 & 十夜法要

本日午後から東京大学に隣接する願行寺へ

 

私より一歳お若い住職の退任式、新住職(新命)の晋山式(継承式)と十夜法要にご案内を頂いていた。

 

願行寺山門

1

願行寺は昭和20年5月の空襲にも遭わず堂宇伽藍は昔の面影を留める立派なお寺。

山門奥はお不動堂。浄土宗で有りながら自坊と同様、護摩供も勤められる。

 

御本尊さま

2

 

退任式では浄土宗文化局長新谷上人から退任証の伝達

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退任する住職とは若い頃から青年会活動を通じても様々なご縁が有り私の豊島組組長のあと組長を務められた。

既に50有余年のお付き合い。

 

引き続き新命へ住職認証書の伝達

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退任した御住職より新命に伝衣、過去帳、払子の継承

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この作法で正式の住職となる。

 

 

晋山奉告法要後に新命住職導師による十夜法要

七条袈裟に着替えられ法要で表白の奉読

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素晴らしい導師作法も務められ滞りなく関係諸寺院住職、満堂のお檀家さまの前で立派に厳修された。

 

その後、席を移し都内某ホテルで祝賀会

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乾杯のあとご縁の有る方々からの祝辞も有り和やかに美味しい祝膳を頂戴した。

 

お開きの前には新命の友人達から記念の払子が、

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払子の柄には仲間達の名前が刻されてあった。

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友人達は準備段階、そして本日の本番でも見事にそれぞれの役配で頑張っていた。

私の弟子である副住職も法要と祝宴では司式(司会)と勤めさせて頂いた。

 

台風二十二号の影響か若干の雨模様だったが素晴らしい法要だった。

 

これからの願行寺の御隆盛と新命のご精進、御寺族のご繁栄を祈念。

おめでとうございました。

 


光圓寺 十夜法要 説教席

本日は自坊からほど近い光圓寺へ。

 

先代住職も平成4年、84歳まで長い事お説教にお邪魔していた光圓寺様のお十夜法要。

私も毎年、お説教の席を頂戴している。

午後一時から説教席を頂戴していた。

 

境内には学校法人として明照幼稚園が併設されている。

何を隠そう私もこの幼稚園の卒園生。

私の3人の子供達もお世話になり当時私は足かけ10年ほどPTAの会長も務めさせて頂き楽しかった思い出が、、、、

現在は外孫も今春から年少組さんでお世話になり始め親子三代、、、

 

山門を入ると新園舎が、、

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園舎の中からはお昼のお弁当も終わったか可愛らしい声が、、、

 

私の子供達がお世話になっていた当時の新園舎も健在!

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我が家の子供達が在園中はバザー等でも賑わった懐かしい園舎。

 

境内の大イチョウ

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光圓寺の歴史(寺歴)は古い。

 

江戸時代の「文政寺社書上」では奈良時代の天平13年に行基上人が東国巡錫と時にこの地で自ら彫った薬師如来をご本尊に堂宇を建立して開山したと記されている。(約1300年ほど前)

その後、真言宗の寺となり浄土宗の第七祖聖冏上人が中興して浄土宗に改宗して光圓寺になったとも記されている。

ただすぐ近くの播磨坂・極楽水に壽経寺を開山したのは応永22年(1415年)

光圓寺の歴史では応永年間とあるのでどちらが先だったかは私は不知。

既にこの極楽水には応永15年(1408年)に小石川談所(学問所)が存在していた事は分かっている。

どちらにしてもおよそ600年前、壽経寺とどちらが古いか興味が有るところ。

 

御府内の浄土宗では大変歴史があり由緒ある寺院である。

 

その行基上人が開山した時にお手植えされたとされる「公孫樹」(いちょう)は上記の文政寺社書上でもとても大きな樹齢1000年を超す立派な公孫樹(いちょう)が境内にそびえると記されている。

戦前の小石川区史でも同様に記されている老樹。

その為、光圓寺は通称「イチョウ寺」とも呼ばれていた。

 

残念ながら昭和20年5月の山手大空襲で堂宇共々焼失、、、

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72年前の火災での炭化した幹もそのまま残っている。

大変な巨木、、、現在は危険が無いように養生されているが、、

しかしその脇から新しいイチョウも元気に成長している。

 

幹の後ろ側

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中が空洞なので私も幼稚園時代はこの中に入って遊んだ思い出が、、、

現在は園児達が入れないように、、、、

 

御本堂

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右手前は書院・庫裏を兼ねた「和順庵」

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法然上人の大師号からお付けになった?

大正時代開園の明照幼稚園の名称は間違いない、、、

今度、何かのお堂を建立した時は法爾堂か?

 

私の席(説教・法話)のあと午後二時からお十夜の法要が、、

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私は法要開始を見届けおいとま、、

 

境内に出るとちょうど幼稚園のお迎えの時間。

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玄関からお見送りを頂き境内に出ると孫娘にも、、、、

 

私もお天気が良いので自転車で出かけていたので一緒に、、、

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明日は関係寺院で十夜法要と住職退任・継承式のご案内、明後日は墨田区本所の寺での十夜法要の説教席の依頼があり留守が続く。
御本堂でのご相談は暫くできないのでお電話で確認願いたい。
お陰様の一日。

浄土宗東京教区豊島組礫川部 部会&別時会

以前からお伝えしているように浄土宗東京教区には島嶼部を含み430余ヶ寺の寺院が所属している。
島嶼部を除き10の組に分かれ豊島組は70ヶ寺。

更に6の部に分かれ慈眼院は礫川部に所属して10ヶ寺で構成されている。 
礫川部は毎月25日(浄土宗宗祖法然上人の御忌日)前後に所属寺院輪番で部会が開かれる。

今晩は法蔵院が会所(会場)

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いつもは参道に打ち水をしてお迎え頂くが今晩は冷たい雨模様、、、

現御住職が平成3年に建立された鉄筋コンクリート造のモダンな御本堂。
 

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打ちっ放しのコンクリートの壁は建築会社の技量の高さが分かる。


まず、午後7時から「お別時」の法要。

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法蔵院御本尊様

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別時後、一階の書院へ

書院で恒例の部会。

礫川部では「無量講」とも称している。


毎月のように教区内の様々な団体の行事や組内の行事もあるのでお互いに確認し合い、近隣寺院の出来事等も報告され最後は若干の時間雑談で情報交換の場になる。

 

 

 


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