西岸寺 十夜法要厳修

浄土宗では5月から7月の「お施餓鬼法要」と秋の「お十夜法要」は最も大切な行事。

本日は法類(寺院同士特別な関係の寺院)として 西岸寺のお十夜法要に出仕(お手伝い)

 

西岸寺は曜日に関係無く毎年10月9日に厳修される。

 

本日は7日の澤蔵司稲荷での江戸消防記念会 第四区木遣不動尊祭の真夏日とは打って変わって秋らしいお天気に恵まれた。


半齋供養(諸仏にお食事を召し上がって頂く作法)の為に11時前に到着。

西岸寺山門
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御本尊 阿弥陀如来さまは恵心僧都作と伝わる素敵な阿弥陀さま。

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午前11時半からは「半斎法要」
お檀家様のお食事「お斎」(おとき)の前に諸仏にお食事を召し上がって頂く
「半斎供養」

お檀家様もお斎(お食事)後、午後1時から西岸寺とは法類の浄心寺佐藤上人のお説教(法話)席

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午後2時からはお十夜法要


雅楽の奏楽に迎えられ御部内御寺院住職方も随喜。

お十夜法要の主旨を述べる御住職の「表白」(ひょうびゃく)の奉読。
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礼讃(声明)をお唱えしながら散華行道
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右回りの行道は御本尊阿弥陀如来様への最高の御挨拶

 

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昨日の体育の日までの3連休明けだったが多くのお檀家様がお詣りにお越し下さっていた。

 

 

一昨年法要では開創400年記念法要も併修された。

一昨年のブログ  /blog.takuzousuinari.com/?day=20161009


江戸消防記念会 第四区 木遣不動尊祭 厳修

昨日もお伝えしたように本日は江戸消防記念会第四区 木遣不動尊祭を厳修。

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平成22年10月10日(当時は体育の日)に傳通院本堂から第四区所属10組の纏や頭取中の木遣りに先導され筒先・道具中が輿で担ぎお練り行列で澤蔵司稲荷本堂に奉安された木遣不動尊。

木遣不動尊建立は江戸消防記念会100周年を迎えるに当たり総代・頭取中の発願であった。

 

平成22年10月10日の奉安お練り行列のブログ

   http://blog.takuzousuinari.com/?day=20101010

 

翌年からは総代・頭取中の意向で将来に向け若い筒先・道具中に不動尊の政(まつりごと)を託された。

 

その為、本日の不動尊祭の願主(主催者)は筒先・道具中。

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午前8時頃には諸役が書院に集まり打ち合わせ。

 

午前10時頃には境内に模擬店も出店。

午前11時から予定通り本堂で大護摩厳修。

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地元・表町の役員の方も列席くださり堂内は満堂。

 

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台風25号が日本海を進むとの事で本日は強風の予報もあったが晴天 無風で10月としては希有な30度を超える夏日となった。

本来、10月からは衣替えで冬衣・袈裟になるのだがあまりの暑さに絽の夏衣とお袈裟の被着でお許し頂いた。

 

以下、写真が多いのでコメントは短いのでお許しを頂きたい。

 

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本尊前での護摩供のあと木遣不動尊前で御祈願。

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筒先・道具中による木遣りの奉唱。

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法要後、第四区総代から祝辞。

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第四区木遣り親聲会会長祝辞。

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地元、表町町会祭礼委員長の祝辞。

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私からの謝辞。 汗だくでみっともない姿、、、

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第四筒先・道具中 総職の謝辞

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法要後に参道の木遣塚へ

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纏の振り込み

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木遣りと共に纏の振り込み

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手締めのあと記念写真

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この後、御本堂にお詣りの方にはいなり寿司の振る舞いもあった。

 

 

前後するが境内では午前10時から地元・表町町会さんのポップコーンや麦茶の無料の振る舞い

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筒先・道具中の模擬店もおみやげたっぷりの輪投げゲームや焼きそば・フランクフルトの出店も、、

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お陰様で事故も無くチビちゃん達も親子で楽しまれたようだ、、

 

ただ夏日と言う事で大変暑かったが滞りなく挙行されたことに感謝。

関係皆様ご苦労様でした。

 

 

PS

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実は1歳2ヶ月の私の孫。

このドンブリパッチは一歳用か、、

私の娘や息子が40年程前に着た物、、、

あと3歳、5歳用と何着か家内が保管をしておりお祭りの時には着用させている。

この一番小さなドンブリパッチは子供の成長が早くあまり着ておらず一番傷んでいない。

この上のサイズは姉弟が何回も着たので洗濯で藍染めが抜けている。

このサイズは来年無理かも、、、、

愚息も着用したが坊さんになってくれたのでヨシとしよう、、、、

 


澤蔵司稲荷 木遣不動尊祭のご案内

来る10月7日(日曜日)は江戸消防記念会第四区木遣親聲会所属の第四筒先・道具中が願主となり澤蔵司稲荷で木遣不動尊祭が開催される。

 

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ポスターの通り7日(日)

  午前10時半〜午後2時 筒先・道具中の模擬店や地元・表町町会さん有志による模擬店や紙芝居

  午前11時から本堂内で大護摩厳修

    堂内へお詣りの方には先着200名様に「いなり寿司」の振る舞い

 

本年は天候の心配もあるが悪天候の場合は堂内式のみになる可能性も、、

 

近づいたら再度ブログでもお伝えをする予定。

 

 

ご参考に一昨年10月の木遣不動尊祭のブログをペースト

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平成22年10月に「江戸消防記念会 」創立100周年を記念して第四区総代、頭取中や

筒先・道具中の発願で澤蔵司稲荷御本堂に奉安された「木遣不動尊」

 

6年前は傳通院から第四区所属の10組の纏に先導されお練り行列で御本堂へ奉安。

 

平成22年10月10日 木遣不動尊奉安お練り行列のブログ

    http://blog.takuzousuinari.com/?day=20101010

 

その時の写真の抜粋(コピーなのでご了承を)

 地元警察・消防、消防団の警護の元でお練り行列が進む。
纏行列
第四区10組、10本の纏(まとい)が威勢良く舞う。

 

お練り行列。町中に木遣りの声が響いた。
練り行列
珍しいお練り行列に御信者様以外にも地元の大勢の方々もご覧くださった。
 


以上のブログの通り6年前の奉安後、総代、頭取中から若い衆「筒先・道具中」に託され毎年10月に「木遣不動尊祭」が厳修されるようになった。

これは先人を敬い、地域(地元)の交流を深め、かつ今後の若い衆の伝統の継承・発展の為におこなわれるようになった。

 

先日から地元・表町町会さんにも協賛を頂き町内の掲示板にもポスターが、、

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本堂は昨日から準備を整えお不動様の前には祝いの生花やお供え餅も準備。

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境内では午前10時から模擬店開始の予定で早い時間から準備が、、

 

筒先・道具中の焼きそば・フランクフルトの準備

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町会さんは綿飴やポップコーンの準備

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実は近隣の小学校は昨日が運動会。しかし小雨模様の為に本日に順延。

チビちゃん達が少ないかと心配したが大勢が、、、、

 

筒先・道具中のゲームコーナー

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午前11時から護摩法要の前に参道で祝いの木遣りと纏のお披露目

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参道、木遣り塚の前でも木遣りの奉唱

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11時15分頃から第四区総代・頭取中、表町町会の役員の方も来賓で列席され護摩法要

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本尊前での護摩供後は木遣り不動尊前で御祈願

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法要後は堂内で木遣りの奉唱の中、列席の方のお焼香。

 

終了後、第四区総代からの御挨拶

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6年前に木遣り不動尊を奉安した経緯も、、、

また若い筒先・道具中、若い衆へ託す思いも、、、

 

森田町会長の御挨拶

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地元の方々と密着した拠り所の場所になって欲しいと祈願。

その後、私も御挨拶

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滞りなく不動尊法要も厳修出来た。

 

また法要前後には御信者様以外も御本堂にあがって頂きお詣りが、、

お帰りには主催の筒先・道具中が用意した稲荷寿司をお持ち帰りになられていた。

用意した200パックは品切れになったようだ。

 

お陰様で天候にも恵まれ厳修出来た。

江戸消防記念会、並びに第四区木遣り親声会、第四筒先・道具中の益々のご発展と

町内・地域の安全も祈念。

 

例年の事だが改めてご縁に感謝。

 

 

 


台風24号 境内の桜が倒木

台風24号は9月29日頃には猛烈に発達。

30日夕刻には和歌山県田辺市付近に上陸。

その後スピードを上げ中部・信越方面へ本州縦断のコース。

 

予報でも30日、月が変わる真夜中に関東にも影響し台風の東側に当たる東京地方でも南寄りの瞬間最大風速が50辰砲眞する暴風雨になると警告していた。

 

 

果たして一日の勤行前に本堂正面の観音開きの扉を開けると御信者様から桜の木が倒れているとご報告が、、

 

澤蔵司稲荷は南に開ける高台に有り今は中断しているが東京湾の花火大会も庫裏二階から望むことも出来る。

その為に今まで何回も南風の恐ろしさは経験をしていた。

 

境内に出ると、、

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根元が直径60センチ程の普賢像の八重桜が根こそぎに、、

真南からの強風だったようで真北に向かって倒れていた。

 

もう若干東寄りの風だったら2年前に修復工事を終えた空襲でも焼け残った手水舎を直撃するところだった。

 

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有り難い事に倒れた場所に奉安されている小さなお社や石仏、庚申塔も無傷だった。

 

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職方は昨日午後に打ち合わせに来られ今朝から倒木の撤去作業。

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ちょうどS字に曲がっている枝(幹の一本)が旧本堂(社殿)跡の築山の石にのしかかり全てが無事だった。

 

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職方の中央にあるのは天和三年(1683年)、約335年前(五代将軍 綱吉公)の時代建立の聖観音像を主尊とする庚申塔。

太い方の幹が直撃していたら間違いなく破損していたと思われる、、、

庚申塔のブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170820

 

昼少し前から所用で出かけていたが午後1時頃に戻ると大方の撤去作業は終了していた。

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昼頃でコントラストが強いが庚申塔や石仏、お社等は全て無傷。

まだチェーンソーの木くずは残っているが、、、

 

奥の旧社殿跡の築山が全てをお守り下さったと思わず合掌。

 

 


昨晩は礫川部・無量講 部会

以前からもお伝えしているように浄土宗東京教区には島嶼部を含み430余ヶ寺の寺院が所属している。
島嶼部を除き10の組に分かれ地元、豊島組は70ヶ寺。

更に6の部に分かれ慈眼院は礫川部に所属して10ヶ寺で構成されている。 
礫川部は毎月25日(浄土宗宗祖法然上人の御忌日)前後に所属寺院輪番で部会が開催されている。

今晩は輪番で見樹院が会所(会場)

 

まず、午後7時から御本堂で「お別時」の法要。


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今晩は所用等で住職方全員が揃わなかった。

 

お別時後、近代的な書院で部会。

一ヶ月間の事後報告や今後の予定等が伝えられた。

 

お彼岸のお中日は晴れたがその前後は不安定な天候で時には豪雨も、、、

24日、旧暦の8月15日の十五夜さんは奇跡的に拝む事が出来たが昨晩の天文学的な月齢の満月(暦では○望)は残念ながら雨模様で拝めなかった。


 

 

 


地元、江戸町火消「な組」 木遣塚前で奉唱

元・江戸町火消六番組「な組」(現在の江戸消防記念会第四区二番組)の組頭・副組頭・筒先道具中が先ほど来訪。

 

澤蔵司稲荷境内に奉安されている「木遣塚」の前で先達・ご先祖様へ遺徳を偲び木遣りの奉唱。

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お正月やお彼岸には近隣の関係寺院や組頭の菩提寺にもお詣りをして澤蔵司稲荷の木遣り塚にも、、

 

組頭は江戸消防記念会第四区総代(責任者)でもある。

 

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昨年、木遣塚の象徴である中央の「真棒」の横には浄土宗宗祖法然上人の御名号(南無阿弥陀佛)が彫られ観音菩薩・地蔵菩薩も奉安された。


昨日は秋分の日 彼岸法要会

昨日、ブログアップを試みたが何故かサーバーとの接続が悪く断念、、

 

本日改めて、、、

 

本年の彼岸の入りは20日だったが東京地方は生憎の雨模様が続いた。

昨日のお中日は奇跡的に好天に恵まれ私も法類寺院や地元・傳通院での彼岸法要会に出仕させて頂いたが文京区はお寺が集中しているので墓参の車でかなり渋滞も見られた。

 

午前11時から本駒込の法類寺院へ、

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参道左側には先代御住職が戦災で焼失した身代地蔵尊を地蔵堂と共に再興された。

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参道右側には「おその地蔵尊」

大正13年に建立されたが私の母もお邪魔をするときには必ずお詣りをしていたお地蔵様。

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こちらの常徳寺彼岸法要は永代祠堂法要も併修される。

  向拝から御本尊様へご挨拶

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法要終了後、一旦帰寺。

午後2時過ぎには傳通院へ

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お天気も良かったので境内はお詣りのお檀家様の車で溢れていた。

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法要は午後3時からなので御歴代墓へ墓参。

控えの間がある書院へお邪魔する前に正面  向拝階段から御本堂へ、

昨年に引き続き長崎から香林上人がお出でになり法話(お説教)中だった。

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午後4時には法要も無事円上された。

 

副住職は世田谷のご縁の有るお寺の彼岸法要法話席を依頼され二人とも寺を不在にする時間も長かった。

お目にかかれなかった方も大勢いらした。

 

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昨晩のブログのアップにトラブルが発生したようなので短めにご報告に留めた。

 


傳通院 第七十五世 吉川哲雄上人 十七回忌法要 厳修

明日は「彼岸の入り」だが本日は傳通院第七十五世 吉川哲雄上人の十七回忌法要が傳通院で厳修された。

 

様々なご縁と傳通院一山を代表して法要の導師を4年前の十三回忌に続き仰せつかっていた。
吉川御前様は私の先代と同い年の明治41年生まれ。
傳通院に御晋山されてからも先代同様に公私ともにお世話になった。

特に本堂落慶(昭和63年 30年前)の時にはお練り行列・法要にはまだ幼稚園児だった愚息(拙寺の副住職)は一休さんのような姿(黒衣に赤い袈裟姿)で伴僧(御導師のお伴役)をさせて頂いた。

午後3時から十七回忌法要開式。
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散華作法
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御貫主焼香

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御回向

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吉川御前の頃に丈内に奉職していたOB(現在は各分野でご活躍の御住職方)も式衆で出仕くださり滞りなく導師を勤めさせて頂いた。

法要後の挨拶
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十七回忌の事でもあり法類・一山御住職、関係寺院、御総代様や普段教化活動をなさっている吉水講の皆様や様々なご奉仕をしてくださっている葵会の皆様が中心の法要となった。


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その後、墓参を済ませ繊月会館で供養膳を頂戴。

 

私にも様々な思い出があるが間近で御教導を頂いたOBも大勢参列して御前様を偲び懐かしい思い出話を多く伺う事が出来た。

 

供養席の写真はお顔のアップも多いのでご遠慮させて頂いた。


Photo by 副住職

 


境内の曼珠沙華(彼岸花)

先日、お伝えした境内に咲きだした曼珠沙華(彼岸花)

 9月13日のブログ   http://blog.takuzousuinari.com/?day=20180913

 

9月20日の秋の「お彼岸の入り」も近づき白色に続き赤やピンクの曼珠沙華も境内のあちらこちらで、、

 

もう二ヶ月以上ピンクの花を咲かせている百日紅(さるすべり)や花が咲いては実をつける石榴(ざくろ)も元気に花をつけている。

 

しかし毎年の事だが冷夏の年でも本年のように猛暑の夏でもお彼岸が近づくと地中から芽(茎)が突然に伸び出し花をつける。

 

澤蔵司稲荷境内の彼岸花は白色が先に開花をして一足遅れて赤やピンクの花が咲く。

植物学的にはそれぞれ分類をされているようだが、、、、

花言葉も違うのか?

 

曼珠沙華は風や雨に弱いので穏やかな天候が続いて欲しいのだが、、

 

今朝の模様

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まだ蕾も結構多いのでお彼岸中も咲いていてくれそうだ。

 

 

 


境内の曼珠沙華(彼岸花)

澤蔵司稲荷境内には数カ所に曼珠沙華(彼岸花)が咲く場所が有る。

 

今朝の勤行の前に楽しみに向拝から望むと二カ所で一輪ずつ咲いていた。

数日前から茎が伸び出し蕾になっているのは気づいていた。

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自坊の境内では白色の曼珠沙華が先に咲き出す。

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本年は猛暑だったので遅れるかと思っていたがちょうど20日の彼岸の入りの頃には満開になるのでは、。

これからが楽しみ。

 

ちなみに昨年の9月11日のブロク

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一週間程前に境内の掃除の時に曼珠沙華の花芽が伸び出していた事は知っていた。

例年より早いなと思っていたが案の定、昨日からちらほらと咲き出した。

例年だとちょうど秋のお彼岸の頃に咲き出しお中日の頃に満開になるのだが、、、

今年は9月に入り涼しい日が続いたので少し早めに、、

 

曼珠沙華は朱色の方が主流だが私の所の境内には白色の曼珠沙華の方が多く咲く。

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厳密に分類すると白色のは「シロイロマンジュシャゲ」と呼ばれ自然交配種で違うようだが、、、

私は観察眼が無いので色の違いしか分からない。

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確かによく見ると紅色と白色の花は花びらが若干異なるようだが、、、

 

こちらはピンクの曼珠沙華、、、

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また違う学名が有るのか、、、、

私はあまり気にしないタイプなので、、、、

 

郊外に多く咲くのは曼珠沙華の球根にリコリンと呼ばれる毒性がありネズミやモグラ除けに土手や田畑の周りや畦道に植えられたと昔聞いた事がある。

 

どちらにしても曼珠沙華は花芽だけが伸びて花が咲き、その後に葉が伸びてくるので「葉を見ない花」「花を見ない葉」とも言われ「再会」のような花言葉がいくつもあるようだ。

 

花には寒中の寒い頃、春先の暖かくなった頃、新緑の頃、暑い真夏、、そして涼しくなり出した今頃に咲く花とまちまち。

これも四季の移ろいとそれぞれの季節感を味合わせてくれるので有り難い。

 

境内の様々な樹木や花を見させて頂いているが枝や芽の生え方、葉の形態、花の造形等々興味が尽きず植物学を少し勉強しておけば良かったなと思う時も有るがそのタイプでは無い、、、

その時々の感性で楽しませて貰うタイプ。一番気楽でイイ、、、

もうすぐお彼岸。

 

 


澤蔵司稲荷 秋季例大祭 厳修

本日、朝の天気予報では秋雨前線の影響で日本各地は雨模様の予報が出ていたが東京地方は午前中から太陽が照りつける暑い一日となった。

 

昔から秋季例大祭は9月9日だったが御信者様から日曜日でとのご要望が強く10年ほど前からその直近の日曜日に執行されるようになった。

本年は消灯の正当の本日が日曜日と重なった。

 

大護摩は午の刻(正午)からなので気温は分からなかったが多分30度Cを越える真夏日になっていたのでは。

 

多くの御信者様がお詣りにお出でくださり本堂は満堂。

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日曜日にもかかわらず法類寺院のご住職方も御随喜くださった。

副住職は大本山増上寺での三週間の教師養成道場の道場係で毎日泊まり込みで留守だったが本日は戻って来てくれた。

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澤蔵司稲荷本堂では一年間に毎月の例月大護摩や諸行事で護摩を約25座ほど焚くのでエアコンがつけられず暑い護摩供となった。

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一日(ついたち)の大護摩に続き大汗をかかせて頂いた。

たった一段の護摩供だが手の甲や指の体毛は全て炎で焼けて無くなってしまう。

 

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御祈願帳に記載された御信者様のお名前をお読み上げしてそれぞれの御祈願をさせて頂いた。

 

副住職は明日成満の教師養成道場と明日から始まる布教師研修会に参加のため本堂の掃除後、再び大本山増上寺に戻ってしまった。

 

お陰様で滞りなく秋季例大祭を厳修することが出来た。

 

お一人の御住職は先日の北海道胆振東部地震の時には北海道に滞在であったが東京に戻ることが出来て本日御随喜頂いた。

 

大阪府北部地震、平成30年7月豪雨、台風21号災害、平成30年北海道胆振東部地震とこのわずか二ケ月余りの間に歴史に刻まれる自然災害が立て続けに起こっている。

災害の無い日々を願うばかり。 また同時に備えも見直さなければと自戒。


澤蔵司稲荷 秋季例大祭のご案内

御信者皆様には8月下旬にご案内のハガキを投函させて頂いた。

 

明日、恒例の秋季例大祭の大護摩を午の刻(正午)から厳修させて頂く。

 

ご案内の通り家内安全・心願成就・交通安全・病気平癒・厄除け等のお札・お守り様は護摩厳修後に御授与できます。

 

午前11時半頃から堂内に受付が設けられていますのでお申し込み頂きたい。

 

まだ残暑が厳しい天候が続いておりますのでお気をつけてご参拝下さい。

 

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江戸町火消「元六番組」「元六睦」月例会

毎月、お伝えしているが江戸時代に江戸町火消し「六番組」であった「元六番組」「元六睦」の月例会。

六にちなみ毎月六日に澤蔵司稲荷書院で開催されている。

本日は午前9時の開式だった。

 

所属、元・六番組の頭取中(組頭・副組頭・小頭) が集まる。


江戸時代の町火消しの組織「いろは四十八組、本所深川十六組」は明治時代になり明治5年に「市部消防組」として改編。

その後、近代消防に移行したことに伴い江戸時代の火消しの文化・伝統等を継承する為に江戸消防記念会の前身組織が明治後期に組織された。
現在の「一般社団法人 江戸消防記念会」は 全体で11の区で組織されている。

 

 

小石川の地元は現在、江戸消防記念会第四区で二番組だが江戸時代には六番組「な組」として町火消しを担っていた。
その江戸時代の「六番組」はその組織を継承するために現在でも「元六番組」「元六睦」として現在の江戸消防記念会第四区とは所属がダブる組とダブらない組もあるが受け継がれている。
第四区では「な組」(現・二番組)「む組」(現・七番組)「う組」(現・二番組)が所属。
第三区と第九区の一部が近年復活して組頭・副組頭・小頭等30名ほどの頭取中がお集まりになるので書院も手狭、、、
 

我々は会議での開式・閉式はお十念だが頭取中は開式は「お手がしら拝借」の一本締めで開始される。

閉式も同様。

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一ヶ月間の報告や御礼、昇進のお祝い等が、、、

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本年は江戸町火消が制定されて三百年の年に当たり6月3日(日曜)には東京ビッグサイトでの「東京国際消防防災展2018」にも出陣して木遣や梯子乗りのお披露目もあった。

 

6月のブログ        http://blog.takuzousuinari.com/?day=20180603

 

一本締めで閉式後、本日は各区が集合する目黒・祐天寺へ向かった。

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袢纏の腰の部分の白抜きの本数で何区か識別できる。

第四区は四本、第三区は三本、第九区は九本。
奇数の区は直線で偶数の区は曲線で波打っている。
 

毎月お疲れ様です。

来月は成田山新勝寺へのお詣りで澤蔵司稲荷での例会は無い。

 

追伸

遅くなりましたが先日の台風21号で被災された方々にお見舞いを申し上げます。

関西では室戸台風・第2室戸台風と同様の強烈な暴風雨、高潮等で甚大な被害が、、

あまり報道されていないが京都でも。

 

また今朝、勤行前にテレビをつけたら北海道でも大変な地震が、、

まだ被害がどのようなのか伝わってこないがお見舞い申し上げます。

 


月例 大護摩厳修

澤蔵司稲荷では毎月一日(ついたち)午前6時から大護摩を厳修。

 

毎日御奉納される護摩木をお炊き上げする。

 

今夏は6月29日には観測を始めた戦後から一番早い「梅雨明け」だった。

7月には35度Cを越える猛暑日が6日もあった。

8月も真夏日や猛暑日が続いた。

 

今朝も午前5時半頃に既に26度以上、、、、

 

副住職は8月上旬は大正大学の増上寺での一週間の実践道場の指導。

お盆は長野県諏訪へ、

22日からはやはり増上寺で始まった教師養成道場の三週間の行係で連日不在。

 

本日の例月大護摩での太鼓の為に昨晩遅く帰って来てくれた。


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今月も大汗をかかせて頂いた。

 

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初午や節分追儺式、春秋の例大祭での大護摩では御信者様が多くお詣りなので内陣までお入り頂けないが例月大護摩では燃えさかる炎のそばにお近づき頂くことが出来る。

 

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ご挨拶後の護摩の釜

普段は本尊壇のみだが修行の時は六壇焚くので護摩壇の釜の直下には水を入れたすり鉢を置いた。

現在は釜が直接護摩壇に触れないように厚さ1冂の耐熱のシートを施してある。

直接だと真鍮プレートの下の木製護摩壇が高熱で炭化してしまう。

 

副住職は掃壇後に朝食を済ませトンボ帰りで増上寺の道場へ、、、

 

私は護摩後の午前中はご近所の御信者様の会社やご自宅へお詣りに、

気温は30度Cほどだったが蒸し暑かった。

 

後日、ブログでもご案内をする予定だが二日ほど前に御信者様には9月9日の「澤蔵司稲荷秋季例大祭」のご案内ハガキを投函させて頂いた。


船橋 浄勝寺 施餓鬼法要 説教席

本日は午前10時40分過ぎに自坊を車で出発して千葉県船橋へ向かった。

出発直前にNAVIをセットに行く右後輪がとパンク気味のようなので違う車で、、

気が付いてヨカッタ、、 高速道路でパンク騒ぎになると遅刻する可能性も、、、

本日は大学時代からの同期の友人が兼務住職を務める浄勝寺のお施餓鬼法要での説教席を頂戴していた。

彼とは傳宗傳戒道場も同行。 もう半世紀のお付き合い。
法要のお説教席にはもう何年お邪魔しているだろうか、、、

戦後様々な事情で一時期「単立」の寺院だったが住職がご苦労され3年程前に「浄土宗」に復帰した。

お盆連休明けの連休の土曜日で混雑しているかと思ったがそれほどでは無く高速道路は神田橋入路から箱崎ジャンクションだけがいつも並の渋滞だった、、、

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しかしその後はスムースで正午前には到着できた。


到着した浄勝寺境内

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本年は関東甲信越は観測史上一番速い6月9日が梅雨明けだった。

お盆中も真夏日の猛暑が続いたが昨日と本日は最高気温が30度C以下の爽やかなお天気。

 

浄勝時は信州・善光寺の別院にもなっており18年ほど前に善光寺様式のご本堂を再建された。

早すぎて境内は車は少なかったが私はお説教のみで法要には出仕しないので入り口付近に毎年駐車させて頂いている。
おいとまする時にはお檀家様の車で満車になっているので、、、

まずはご本堂向拝からお詣り。

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向拝の柱には四年前に単立から戻られ増上寺八木御法主台下ご揮毫の「聯」が、、

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書院玄関の標札
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信州 善光寺大本願別院とある。

交通の不便だった江戸時代から日本全国に多くの善光寺別院が建立された。

 

早速、御本堂で御本尊様へご挨拶
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内陣は折り上げの格天井で御厨子も立派

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本堂再建までは脇陣に奉安されていた阿弥陀三尊さまだが厨子も修復され御本尊様として中央へ。

善光寺様式の一光三尊の阿弥陀様は書院二階の座敷に祀られている。

 

外陣の施餓鬼壇(五如来壇)

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私のお説教後、午後2時からお施餓鬼の法要

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友人である住職は7年前3月に仲間では一番早く僧階が「正僧正 じょうそうじょう」に昇進して「緋」の衣を被着出来るようになった。

 

お施餓鬼の主旨を述べる「表白」の奉読

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私は法要の最初の写真を撮らせて頂きおいとま、、

 

帰路も高速7号小松川線はスムースで都心環状線は若干渋滞したが午後3時頃には帰寺出来た。

 

お陰様の一日

 

PS

帰寺してから近江高校(滋賀)と金足農高(秋田)の試合を観戦。

 

本日の友人住職も秋田の出身で私も知り合いが多く応援(^o^)

サヨナラ、、、勝ち

 


町田市 養運寺 大施餓鬼会 説教席

本日、午前中に自坊を出発して町田へ、、

以前、高速道路が一時無料化になり3時間45分ほどかかったトラウマでネットの首都高交通情報を綿密にチェックしていたがそれほどの渋滞も無いので午前10時5分頃に車で出発。

 

お陰様で首都高3号線の下りは渋谷近辺で若干の渋滞があったが東名高速・横浜青葉から246号経由でスムースだったが町田方面へ曲がる交差点を間違えとんでもない遠回りをしてしまった。

しかし迷ってしまったが午前11寺50分頃には無事到着。

 

養運寺の御住職は一年お若いが大学時代からのお付き合いと青年会活動を通じて既に半世紀以上のお付き合い。

若い頃は結婚披露宴の司会も仰せつかったりカンボジアの難民救済も一緒に、、、

 

養運寺は二年がかりで一昨年5月8日に御本堂や観音堂、書院の一部の再建工事が終わり落慶式が厳修された。

 

本堂裏の駐車場に登れる道も整備されているのだが私はあえて毎回参道下の駐車場へ、、、

 

写真を撮ったり境内の様子を拝見する為に。

養運寺には既に二十年近く法話でお邪魔をしているが雨が降ったのは初めてでは、、、

昨日までの猛暑とは打って変わり凌ぎやすかった。

 

私の先代も布教をしていたが説教師は自坊(自分の寺)を出る時から説教師であれ。

到着したら境内の様子や堂内の設えに目を配り御住職方のご配慮を受け止めろ。

ご本尊様にお詣りをして堂内の荘厳等にも目を配れ、、

説教が終わったらご寺族のご迷惑にならぬようすぐにおいとまを、、

口癖だった。

 

その為、泊まりがけの地方でのご依頼以外私服で出かけた事が無い。

事前に御住職に例年の法要とは何か違うか、お伝えしたい事が有るかお聞きすることも有る。

法要の主旨は勿論だが境内整備や御本堂の印象など感じた事をお伝えする場合も、、

 

ブログでも境内や御本堂の様子をお伝えしているが自分自身の日記、、

来年お邪魔をする時の参考になる。

 

参道入り口の公道に面した駐車場に、、

掲示板には私の名前もお知らせを下さってあった。

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参道の階段を登ると山門が、、

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養運寺の「山号」は「鶏足山」

奥には一昨年5月に落慶したご本堂が、、、、

 

観音様もお出迎え。

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この階段を上るアプローチが楽しみで本堂裏にも駐車場が完備されているが山門下に駐車して階段を上る。

でもこの石段をいつまで元気に上がる事が出来るかな?と思う年齢になってしまった、、、、

 

樹木の手入れを拝見するのも楽しみ、、、

 

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再建の御本堂は伝統的な入母屋造の屋根と唐破風の向拝、。

立派!!

 

本堂脇の観音堂も再建。

以前の観音堂は入母屋の屋根だったが本堂とは逆に方形のお屋根に、、、

住職の拘りか、、、

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現・住職がお建てになった鐘楼堂

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何年前だったか、、、

私の寺の御信者様がそばにお住まい大晦日には年越しの除夜の鐘を毎年楽しみにしているとお聞きした事がある。

 

本堂向拝は唐破風、、

 

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黒い部分の紅梁の間の蛙股や唐破風の飾りの彫刻は以前の御本堂の彫刻を再利用。

200年前の本堂を解体した時に保存して再利用。

素晴らしい、、、

 

虹梁の彫刻も素晴らしい、、

木鼻の獅子も、、

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お説教席には若干早く到着したので境内で楽しませて頂いた。

 

本堂内陣

正面の弥陀三尊様は400年以上前(室町期)に造立され町田市の有形文化財にも指定されている。

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住職・副住職の希望で一尺以上の丸柱や内陣の紅梁、欄間は200年以上前の建造でもったいないので再利用を希望したようだ。

多分、設計段階では全部新材の方が楽だったと思慮。

解体作業も慎重に進めなくてはならず大変だったのでは、、、

 

歴史のある古材は絶対使うべきだ、、、

何百年の歴史(年齢)がある、、、

 

内陣、天井は格式がある折り上げ格天井に、、、

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堂内の斗組・欄間も素晴らしい!以前の御本堂の名残、、、

 

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午後1時からお説教席 お檀家様と共に空調の効いた御本堂で気持ちが良かった、、、


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この左脇にもお座敷があり50人ほどのお檀家様で満堂(満室)だった。

 

副住職に私のアップでない写真をお願いしてカメラを託した、、、、VY TNX!!!

 

午後2時からは組内御寺院の御住職方随喜のもとお施餓鬼法要開始

 

御住職の施餓鬼壇(五如来壇)前での「表白」の奉読

本日のお施餓鬼法要の主旨を述べられる。

 

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私の仕事はこの前で終わっていたので写真を撮らせて頂きおいとま。。。

 

朝方の雨はほとんどやんでいたがお檀家の皆様はお墓参りのあとご自宅に戻られる迄は雨は降らないようにと心配しながら自坊に向かった。

 

帰路は国道246も東名高速、首都高速もまあまあスムースで1間40分程で帰寺出来た。

 

お陰様の一日だった、、、

 

ご参考に以前の御本堂

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このご本堂でも長年お説教をさせて頂いた。

あるいは先代御住職の表葬儀、現・住職の晋山式等々懐かしい思い出の御本堂。

 

 


月例 大護摩厳修

澤蔵司稲荷では毎月一日(ついたち)午前6時から大護摩を厳修。

 

毎日御奉納される護摩木をお炊き上げする。

 

今夏は6月29日には観測を始めた戦後から一番早い「梅雨明け」だった。

7月には35度Cを越える猛暑日が6日もあった。

昨日までも東京地方は六日間の30度C越えの真夏日が続いていた。

気象庁の発表によると東日本の7月の最高気温の平均は観測史上第1位だったようだ。

 

今朝も午前5時半頃に既に28度以上、、、、

大護摩厳修の午前6時には29度Cを越えていた。

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大汗をかかせて頂いた。

 

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初午や節分追儺式、春秋の例大祭での大護摩では御信者様が多くお詣りなので内陣までお入り頂けないが例月大護摩では燃えさかる炎のそばにお近づき頂くことが出来る。

 

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ご挨拶後の護摩の釜

普段は本尊壇のみだが修行の時は六壇焚くので護摩壇の釜の直下には水を入れたすり鉢を置いた。

現在は釜が直接護摩壇に触れないように厚さ1冂の耐熱のシートを施してある。

直接だと真鍮プレートの下の木製護摩壇が高熱で炭化してしまう。

 

毎月、護摩後の午前中はご近所の御信者様の会社やご自宅へお詣りに、

昼前には35度Cを超す猛暑日になっていた。


孫の一歳の誕生日&一升餅

お陰さまで内孫が一歳の誕生日を本日迎えました。

 

ささやかな祝膳の時に一升餅を背負わせました(^o^)

 

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立派な鯛は料理屋さんのお心遣い、、、

 

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名前の入った一升餅。

 

もう数週間で一人で歩けるようになりそうですがまだつかまり立ち。

 

しかし一升餅を嫌がらずに背負いました。

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元気で怪我もせず育つよう祈念。

 

私も一歳の時に背負ったようですが全く記憶に無し、、 当たり前ですが、、、

 

地方によっては一升分の餅米をつかずに袋に入れて背負わせたりのし餅を細かくして一升分背負わせてご近所にお配りしたりと様々な風習があるようです。


第33回 文京 朝顔・ほおずき市も最終日

昨日から始まった既に33回を迎えた文京 朝顔・ほおずき市も本日が最終日。

 

毎年の事だが澤蔵司稲荷境内も「さわやか憩いの広場」として解放して多くの方々で賑わっていた。

本日は関係寺院でお施餓鬼の法要はなかったが兼務寺で年会法要の為に午前中は不在だった。

 

午後1時過ぎに帰寺。

 

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キッチンカーに置いてあった温度計を見ると外気温43.1度C、、、

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若干、日向だったのでは、、、、

 

憩いの広場のプログラムでは午前中から大道芸やコンサートも有ったが出かけていたので残念ながら見逃し、、、

 

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近隣の尚美ミュージックカレッジの楓花さんの演奏中だった、

日向は暑いのでお聞きの方は大イチョウの木陰で、、、

地面が濡れているのはどなたかの打ち水では、、、

 

担当の南戸崎町の方々の出店による射的

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正規の場所から前に出て至近距離で打っているのは我が家の外孫、、、

未就学児にはこのようなサービスも有るようだった、、、 

超至近距離!!   お陰様。

 

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ヨーヨーすくい、

祭りでのテキ屋さんの屋台とは違いすくいカギをつけた紙も丈夫(^_^)

 

お陰様で境内では事故も無く二日間の日程も終了した模様。

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実行委員会や携わられた各町会、ボランティアの皆様も暑い中お疲れ様でした。


本日から第33回 文京朝顔・ほおずき市 開催

既に33回を迎えた文京朝顔・ほおずき市が本日から澤蔵司稲荷を中心に始まった。

傳通院境内の朝顔市、こんにゃく閻魔のほおずき市会場の中間に澤蔵司稲荷は位置をするので毎年「さわやか憩いの広場」として提供をしている。

 

お盆前から猛暑が続き本日も都内は35度Cに達する予報も出ていた。

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本年は境内にキッチンカーも、、

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私は本日も関係寺院でのお施餓鬼法要の為にお昼過ぎに出発。

 

午後4時頃に帰寺。

 

境内は風通しも良くチビちゃん達も大勢、、

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関係町会の方々が様々な出店を出店。

 

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写真を撮りに行くと町会長さんから生ビールの差し入れも、、ご馳走様でした!

 

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懐かしい射的も、、

 

お馴染みの江戸大神楽の演技もちょうど始まっていた。

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明日も同様に開催される。

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明日も猛暑になりそうですのでお気をつけてお楽しみ下さい。

 


深川 良信院施餓鬼説教  明日は第33回文京朝顔・ほおずき市

本日は学生時代から同期の友人が住職をしている深川・良信院のお施餓鬼法要のお説教へ、

彼とは浄土宗の僧侶となるべく傳宗傳戒道場も同行。しかも同じ班だった。

既に学生時代からは半世紀に及ぶお付き合い。


隅田川(大川)は私の大好きな清洲橋(吊り橋構造)を渡り深川へ、いつものコース

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数ヶ月前にライトアップもバージョンアップしたと聞いたが夜はまだ出かけていない。

 

良信院山門

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13年前に木造の旧本堂から新しい本堂・書院が落慶した。

説教席は古い本堂の頃からなので既に20年近くか、、、、

本年はお盆前から35度c超の猛暑が続いているがあの頃はエアコンも無く暑かった、、、、

私もお檀家様も座布団に座っての説教席で目の前にお檀家様がいらっしゃるので見かねて団扇で扇いで下さった思い出も、、、


六地蔵様もお出迎え。
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13年前の本堂・書院等の新築の時に地元の方々が昭和20年3月10日の大空襲で犠牲になられた方々への慰霊のために安置された。

こちらの町内でも多くの方々が犠牲になられたとお聞きしている。

やはりお玄関の傍のお地蔵様。

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右の平和地蔵尊はやはり昭和20年3月10日の大空襲で多くの犠牲者がでた為に御先代住職が建立。
左は新築された時に現御住職が建立された水子地蔵尊。

早めに到着したので御本尊様へ御挨拶。

一昨年ご縁が有り千葉県から遷座された台座から光背まで2辰鯆兇肯派な阿弥陀様。

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右側は善導大師、左側は法然上人のお像。

 

左の位牌壇中央阿弥陀さま

昔は説教所に安置されていたとお聞きした。

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お厨子の扉の内側には観音菩薩・勢至菩薩、更に善導大師・法然上人が描かれた珍しいお厨子に入られている。

 

本堂外陣の施餓鬼壇(五如来壇)

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本堂再建の計画段階から施餓鬼壇奥の額も心に描いていたようだ。

 

私の法話の前に住職から最近の出来事やお檀家様へのご報告も、、
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午後1時から私の説教席

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あまりアップは好まないので全体をと近くのお寺の住職さんにお願いしたが結構アップが、、

この写真の私が一番小さかったので、、、

住職さん 写真有り難う。

 

既に本堂はお昼の「お斎 おとき」を召し上がったお檀家様で満堂だった。

本堂内にお入りになれず廊下や書院のモニターテレビでご覧のお檀家様も、、

良信院は昔は7月22日がお施餓鬼の法要だったが7月20日が「海の日」で休日に制定されたので本堂再建後は本日に変更、、
しかし、その後、祝日法が変更になり必ずしも7月20日が海の日にはならなくなった。

本年は15日の日曜の次の日、16日だった。

海の日に拘る方々は憤慨しているようだが、、、、、
 

午後2時からお施餓鬼の法要開始。

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5年前に友人の住職は僧階が「正僧正」に叙任され仲間では一番早く「緋」の衣を被着出来るようになった。

外陣飾りの施餓鬼壇前で「表白 ひょうびゃく」の奉読。
お施餓鬼法要の趣旨を述べる作法。

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私はここまででおいとま。

 

明日もお施餓鬼の法要が続く、、、、、、

 

PS

お伝えしたように明日から第33回文京 朝顔・ほおずき市が始まる。

 

澤蔵司稲荷稲荷境内も「さわやか憩いの広場」として解放。

様々なイベント(大道芸やコンサート)や屋台、キッチンカーも出店予定。

 

猛暑の予報も出ているようなので体調にお気をつけてお楽しみ頂きたい。

 

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練馬区光が丘 仲台寺 施餓鬼会説教席 

本日は練馬区光が丘公園の近くの仲台寺へ

仲台寺は戦後までは田端の近くに有ったが都市計画等の為に現在の場所に移転した。

東京教区豊島組は文京区、板橋区、豊島区、北区等に70ヶ寺が集中してるが仲台寺は練馬区に移転しても自坊と同じ豊島組に所属している。

我々、東京教区の地域割りでは練馬区は城北組になる。 教区内にも移転に伴い同様なケースが何ヶ寺かある。

 

自坊の先代住職も移転前の昭和33年から平成4年(85歳)まで35年間ほどお施餓鬼やお彼岸の説教にお邪魔をしていたお寺。

私も先代ご住職からも御教導賜ったが現御住職は一年先輩だが大学時代から半世紀以上のお付き合い。

ご先代御住職は本年が三十三回忌だった。年が経つのが本当に早い。

 

仲台寺山門

1

 

都内23区では一番暑くなると言われている練馬区。

向かう途中の車の外気温計は39度を示していた。

 

山門を入った左手には庚申塔

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主尊は如意輪観音さまで左側には「寛文八年」(1668年)と刻まれている。

江戸時代一番、庚申信仰が盛んな頃。

 

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台石には庚申塔独特の「三猿」の彫刻も施されている。

田端からの移転の時に移されこの場所に奉安されたのでは、、

江戸時代、御府内から少し外れた文京区の一部や豊島区、板橋区には多くの庚申塔が残っている。

 

本日は文京区の自坊を午前11時20分頃に出発したが意外と川越街道下りもスムースで正午過ぎには到着できたので境内を撮影させて頂いた。

 

墓所との境の塀に沿って石仏や碑が、、

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5

 

御本堂

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参道には宗祖法然上人八百年遠忌記念に建立された永代供養塔

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経年で傷みが発見され京都の仏師の元で修復作業後、一昨年無事にお戻りになられた本尊様。

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金ぴかになり戻られるかと案じていたが「古代仕上げ」(古色仕上げ)の落ち着いた感じで本日も有りがたくお詣りさせて頂いた。

ちょっと施餓鬼法要の設えでご覧になりにくいが、、

 

私は落語の清興のあと午後1時からのお取り次ぎをしておいとま。

 

玄関を出るとちょうど法要中の御住職が堂外に建てられた卒塔婆の水向けの最中だった。

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帰路の川越街道もまあまあスムースで予定通り帰寺出来た。

 

本当に猛暑の一日だった。

お檀家さまの無事のご帰宅を念じ上げる。暑い中お疲れ様でした。

 

PS お説教後、退堂して廊下で作相をしていたらお檀家様のご婦人が御本堂から来られ私のブログをご覧になられていると、、

  恐縮、、、、


本日から本格的にお盆の棚経

お盆の行事はお釈迦様のお弟子であった木蓮尊者の求母の伝説により伝わり日本では旧暦の7月15日に厳修されるようになったと言われている。
旧暦の7月15日は毎年異なり本年は8月25日。

その為に明治以降は8月15日に慣例として統一されたようだ。
しかし東京だけは7月の15日前後がお盆となり本日が「お盆の入り」

東京やその近郊で7月になった理由は諸説有るがここでは省かせて頂く。

都内の多くの寺院の御住職方は本日から本格的にお檀家様のお宅に出かけお仏壇の
前でお盆のご回向。

私も副住職の運転でお詣り。
先ずは午前8時に出発して日本橋→深川→本所→向島→浅草→鳥越→御徒町→駒込→地元と
午後2時過ぎまでお檀家様のお宅へ、、


東京地方はここ数日は30度を超える真夏日が続き本日も33度ほどになったのでは、、

先週末の平成30年7月豪雨での被災者の方々、救援、ボランティアの方々も暑さに追い打ちをかけられご苦労なさったのでは、、、


押上の東京スカイツリー駅付近、、
棚経
この時間帯はちょっと雲が多かったが猛暑。


午後2時過ぎに一旦帰寺。

遅い昼食後は目白方面へ、、、

目白のお宅では玄関に到着すると既に「迎え火」が、、
1

 

このお檀家様の仏間。
2

毎年13日の我々が到着する午後4時頃には迎え火も済まされ曜日に関係なくご家族・ご親族10名様ほどとご一緒にお詣り。

盆提灯は沢山お飾りしてあるが実際にはこの倍ほど有るとお聞きした。
全部お飾りすると広い仏間だがご家族やご親戚が座る場所が無くなる、、
もう45年ほど先代住職に替わり伺っているがいつも設えは一緒。

その間に先々代、御内室、ご先代様もお見送りをさせて頂いた。

年月が流れるのが早い。

この部屋は普段はどのようにお使いかと聞くとお孫さん(副住職の高校時代の後輩)が茶道をたしなみお茶会にも使われているようで話が盛り上がってしまった。

 

様々なお宅にお邪魔をさせて頂いたが体調がお悪かったりおみ足がご不自由になり普段お目にかかれないご年配の方々にもお会いでした。

お盆のお詣りでお邪魔をする有り難さを感じた。

帰寺してから我が家でも「迎え火」
3

我が家では玄関先でご先祖様が早く戻られるようにと迎え火を焚く素焼きの「焙烙」の
傍にはお馬さんを置く。


送り火の時には牛さんを、、、、

お仏壇前の盆棚の設えや迎え火の習慣は日本各地で様々、、、、
明日も棚経が続く。


御信者さまからのメッセージ

御信者様の奥様がご母堂様のご実家、秋田県大仙市 強首温泉「樅峰苑」(しょうほうえん)を訪ねられたようで写真付きのメッセージが届いた。

「樅峰苑」の建物は立派で由緒があり登録有形文化財にも指定されている。

 

その折に酒田市にある写真家 土門拳記念館を訪ねられたようだった。

 

土門拳氏は「古寺巡礼」でも有名な写真家。

仏像の写真でも光の陰影を大事にした写真家としても知られている。

たまたま館内では土門拳・林忠彦の特別展がおこなわれており澤蔵司稲荷にもご縁が有る幸田文先生の写真を発見したと、、

 

澤蔵司稲荷の隣(公道からは二軒お隣)に幸田露伴(別号 蝸牛庵)・幸田文先生の旧居が現在も有る。

幸田文先生には若い頃から可愛がって頂きご自宅前のムクノキの落ち葉の掃除の時にはよくお会いして立ち話も、、、

書斎の蝸牛庵にもお誘いを頂いた事も、、

 

その幸田文先生の写真が記念館に飾られていたとメッセージと共に写真が、

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この写真は澤蔵司稲荷境内の霊窟がある「お穴」のケヤキの大木の前で。

 

懐かしいお姿、、、

 

 

その娘さんでもある青木玉先生も現在お住まいでやはり和服姿でお出かけの時にお会いしたりムクノキの落ち葉の掃除や雪かきの時にも文先生と同様に、、

 

以前の「樅峰苑」(しょうほうえん)のブログ

   http://blog.takuzousuinari.com/?day=20141029

   

ありがとうございました!!


昨年の東京新聞の記事

九州から中四国、近畿、中部地方の広範囲に亘る豪雨。

 

本日は多忙で昼のニュースを見ることが出来なかったが大変な被害と多くの犠牲者の方が、、、

お見舞い申し上げます。

これ以上、被害が拡大しないことを願うばかりです。

 

昨年のFBでの思い出を見たら東京新聞に小石川の紹介が有った。

すっかり忘れていたのでペーストして以下にアップ致します。

 

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今朝の東京新聞に「小石川散歩」のご紹介が、、

今朝、私は不在だったが新聞配達の方が東京新聞の朝刊を数部お届け下さった。

 

7月8日付けの東京新聞最終ページには「東京どんぶらこ」と呼ばれる連載の都内お散歩コースで「小石川」が全面で。

 

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東京新聞は「したまち支局」が浅草雷門にあり様々な行事等でも取材を頂く身近な存在。

今回は取材はお受けしなかったがもうお判りなのだろう、、

電話番号の記載が無くてヨカッタ!

 澤蔵司稲荷 御信者様の和菓子・岡埜栄泉、料亭・岡埜荘のご紹介も、、、

 

記事の「今昔記」にはお隣の露伴邸にお住まいだった幸田文先生の事も、、

浴衣姿で玄関先やムクノキ側の歩道を竹箒で、、、 良く立ち話をさせて頂いた。

青木玉先生も同様、、お掃除や雪かきの姿も文先生とダブってしまう。

 

お伝えしているようにブログではフォトのアプリで横幅500ピクセルに縮小しないとアップ出来ないのでご了承を。

そのうちバージョンアップされると思うのだが、、

足かけ13年のブログでサービスが始まった直後の契約だったので広告が入らないサービスは無料で、、、

現在、新規契約は有料だが、、、

 

また昨日、今月22日・23日に開催される第32回文京朝顔・ほおずき市もポスターやパンフレットが実行委員会の方がお届け下さった。

2

お盆が明け市が近づいたら境内の催し物のタイムテーブル等はご紹介予定。


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