江戸消防 第四区「新年の式」「大盃の儀」 稽古

昨晩から江戸消防記念会第四区の新年の「大盃の儀」の稽古が自坊で始まった。

 

本日、新年10日の椿山荘でのご案内も頂いた。

 

本番さながらに第四区に伝わる輪島塗の酒器を使い稽古。

 

稽古前にご無理を申し上げ写真を撮らせて頂いた。

 

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稽古前のリハーサル

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以下は本年1月10日、椿山荘 錦水での「新年の式」「大盃の儀」のブログ

 

本来は我々の修行の密室道場のような儀式で公開していないのだが毎年我が儘を申してブログにアップさせて頂いている。

感謝

 

 

本日は例年通り正午頃に目白の椿山荘に向かった。

日頃、お心遣いを頂いている江戸消防記念会第四区の頭取「新年の式」「大盃(おおさかずき)の儀」が「椿山荘」で挙行された。
毎年御案内を頂き出席させて頂いている。

椿山荘で唯一和室の大広間がある庭園内の料亭「錦水」が会場。

建物の廊下経由でも錦水には行けるが晴天だったが風の冷たかった庭園内を散策して。

庭園内の三重塔。
大正14年に藤田平太郎氏が広島県・竹林寺から三重塔を移築した。
現在は国の有形文化財に指定されている。
周りの樹木は「雪釣り」の冬の姿だった。

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雪景色の時にも是非訪れてみたい。


椿山荘は江戸時代には久留里藩黒田家の下屋敷だった。
明治10年山縣有朋公爵が屋敷として元々の「つばきやま」を「椿山荘」と命名した。
 

会場の錦水近くにある「椿山荘の碑」
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庚申塔

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説明板を読んだら自坊境内の庚申塔と同じ寛文9年(1669年)で同い年だった。

ちょうど庚申信仰の盛んだった頃。

 

お隣は羅漢石

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大正14年に京都伏見の石峰寺から移設安置されたようだ。


椿山荘 庭園内 料亭「錦水」の玄関

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毎年だが年番(本日、担当する)の筒先・道具中が寒い中お出迎え。

今年の年番は三番組・八番組とお聞きした。

 

ご来賓で第四区管内、消防庁第五方面消防本部長や小石川、本郷、池袋、神田、豊島消防署長等々もお見えになっていた。

勿論、毎年国会議員・都会議員の顧問の先生方も、、、

第四区は様々な神社仏閣ともご縁が有るのに毎年私だけにご案内を頂いている事に感謝。

午後1時から錦水 大広間で開式の「口上」と「大盃 おおさかずき」の振る舞い。

この儀式は畳敷きの大広間でなくては出来ない。
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まずは年番(第四区は10組有るので輪番でその年の担当が決まっている)からの口上に続き「大盃」(おおさかずき)が振る舞われた。

 

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まずは小宮江戸消防記念会名誉会長(元 消防総監)と第四区高柳総代に大盃が、、

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続いて来賓から下座へ

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実はこの儀式は一般公開もなく門外不出の新年の習わし。

江戸時代にはいざ火事の場合は組頭に忠誠を誓う作法(儀式)として始まった。

 

神聖な儀式であるがこの江戸時代から続くしきたりを是非ご紹介したく毎年、自席から撮影させて頂いている。

 

若い衆の緊張した凛々しさに次世代を期待!

右側は一番組から五番組、左側は六番組から十番組の頭取中が組頭から順番に並んでいる。

大盃が上座から一巡したあと一旦大盃は納められ祝いの「白扇」が、、
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我々、浄土宗での慶事の時には「朱扇」を携えて行くので二本になってしまった。

式中のご挨拶では持参した朱扇を持つ。

その後、祝いの木遣りの奉唱
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「新年の式」「大盃の儀」のご挨拶が第四区総代から。

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床の間には昨年新調され 澤蔵司稲荷 で入魂式を厳修した第四区の「大旗」も飾られ輝いていた。

 

小宮江戸消防記念会名誉会長(元・消防総監)から祝辞

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ご来賓で記念会第四区管内、消防庁第五方面消防本部長や小石川、本郷、池袋、神田、豊島消防署長等々もお見えになっていた。

代表して消防庁第五方面消防本部長の祝辞

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顧問の先生方に続き私も新年の改めてのお祝いと御礼を申し述べさせて頂いた。

 

その後、納めの大盃が下座から逆に振る舞われた。

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被着している年番(本年担当)の筒先中の袢纏は「大四」の文様。

各組にはそれぞれデザインの異なった総型袢纏もあるが多分この袢纏はこの式の時だけかも、、、

左右、同じ所作で同時に進行しなければならないので静まりかえった座敷で畳に足と膝が擦れる音と三宝に大盃を戻される時の小さな音のみが頼りで大盃の儀が進行する。

さぞ緊張することだろう。

 

滞りなく名誉会長と第四区総代に大盃が納められた。

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我々も新年の大盃と納めの大盃と二回頂くことになる。
 

この儀は江戸時代から続きいざ火事の場合は組頭に命を預け忠誠を誓う神聖な儀式。

 

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立派な輪島塗の酒器

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大盃を修める三宝にはそれぞれ一番組から五番組、六番組から十番組の纏が描かれている。

 

大盃の儀も無事、円上。

 

一度退席して控え室へ。

祝膳の支度が調ったところで再び大広間へ、

 

池袋消防署長の祝辞と乾杯の音頭

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乾杯のあと祝膳を頂戴した。
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祝宴では私の左には名誉会長(元、消防総監)、右は神田消防署長さんと同席でいろいろとお話しを伺う事が出来た。


和やかな中に目出度く3時半過ぎに木遣親聲会会長の謝辞と手締めでお開きとなった。
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本年の江戸消防記念会のご活躍と地域の安全を祈念。

特に本年は江戸町火消創設300年と明治になり市部消防組結成150年の勝縁の年。


尚、来る1月21日には澤蔵司稲荷本堂で「筒先中・道具中」の「大盃」の儀が予定されている。
昨年のブログ   
http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170114


「筒先・道具中」は各組の「小頭」より若い衆。
江戸消防記念会では準会員になるが澤蔵司稲荷御本堂で護摩供後に「大盃の儀」が執行されるが御信者様でもご覧頂く事は出来ない。
ご了承を、、、、
 


浄土宗東京教区豊島組「別時念仏会」

浄土宗東京教区(約430ヶ寺)の豊島組(70ヶ寺)では毎年6回ほどご縁の有るお寺を会所(会場)にして教化分団が企画をして別時念仏会を開催している。

 

特に宗祖法然上人の八百年大遠忌記念五重相伝や授戒会のあとはご縁の有る方が多く参加されるようになった。

 

平成三十年の最後のお別時会の会所は傳通院で午後3時から開催。

 

その後、本年は澤蔵司稲荷別当寺である当院で護摩供のリクエストがあった。

 

傳通院でのお別時の念仏会のあと午後3時半過ぎに参加の皆様が澤蔵司稲荷本堂に、、、

この本堂では普段一切年会法要のような御法事はせず祈祷道場。

 

本日は二十四節季の大雪で暗くなるのも早くなったので護摩の準備をしてお待ち受けをした。

 

御到着後すぐに護摩供を厳修。

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副住職は増上寺での傳宗傳戒道場の道場係で出かけているので太鼓は八木分団長にお願いをした。

ぶっつけ本番。

 

参列の皆様も用意された般若心経をご覧になりながら護摩と太鼓に合わせ読誦下さった。

 

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普段はお念仏なので間近に護摩供を体験された方はお一人も、、、

 

護摩供のあと別当寺の存在や先年発見された板碑、稲荷蕎麦萬盛さんからの奉納のお蕎麦のご説明。

江戸名所図絵をご覧頂き伝通院の江戸時代の寺領・塔頭寺院、学寮の説明等も、、

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薄暗くなり始めたので境内やおあな様の霊窟等を急いでご案内した。

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ご参加の皆様、教化分団の役員様もお疲れさまでした。

 

 


江戸町火消「元六番組」「元六睦」月例会

毎月、お伝えしているが江戸時代に江戸町火消し「六番組」であった「元六番組」「元六睦」の月例会。

六にちなみ毎月六日に澤蔵司稲荷書院で開催されている。

本日は生憎の雨模様だったが午前9時半の開式だった。

 

所属、元・六番組の頭取中(組頭・副組頭・小頭) が集まる。


江戸時代の町火消しの組織「いろは四十八組、本所深川十六組」は明治時代になり明治5年に「市部消防組」として改編。

その後、近代消防に移行したことに伴い江戸時代の火消しの文化・伝統等を継承する為に江戸消防記念会の前身組織が明治後期に組織された。
現在の「一般社団法人 江戸消防記念会」は 全体で11の区で組織されている。

 

 

小石川の地元は現在、江戸消防記念会第四区で二番組だが江戸時代には六番組「な組」として町火消しを担っていた。
その江戸時代の「六番組」はその組織を継承するために現在でも「元六番組」「元六睦」として現在の江戸消防記念会第四区とは所属がダブる組とダブらない組もあるが受け継がれている。
第四区では「な組」(現・二番組)「む組」(現・七番組)「う組」(現・二番組)が所属。
第三区と第九区の一部が近年復活して組頭・副組頭・小頭等30名ほどの頭取中がお集まりになるので書院も手狭、、、
 

我々は会議での開式・閉式はお十念だが頭取中は開式は「お手がしら拝借」の一本締めで開始される。

本日は平成30年の納会とのことで全員で木遣りを奉唱して一本締め。

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一ヶ月間の報告や御礼、昇進のお祝い等が、、、

その後、会長から先月25日に盛大に開宴された「江戸町火消創設300年記念式典」の御礼や慰労の挨拶等が、

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一本締めで閉式。

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その後、各区が集合する目黒・祐天寺へ向かった。

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袢纏の腰の部分の白抜きの本数で何区か識別できる。

第四区は四本、第三区は三本、第九区は九本。
奇数の区は直線で偶数の区は曲線で波打っている。

 

毎月お疲れ様です。

 

先月の江戸町火消創設300年記念式典のブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20181126


電気ブロアー 出動

師走に入り自坊やその他の行事で多忙な為に境内の落ち葉の掃除もままならず、

 

毎朝、勤行の頃に篤信の御信者様数名の方が参道の落ち葉の掃除をして下さっている。

本当に有り難いと感謝。

 

昨日、日本各地では12月に25度Cを越える夏日を記録したと報じられていた。

都内でも24度Cほどの暖かさだった。

 

しかし南風も強く午後の庭掃除は出来なかった。

南風だったのでケヤキや椋の木の枯れ葉は北側のお宅にも飛びご迷惑をおかけしたのでは、、

 

本日午後、少し時間が出来たので電気ブロアーで植え込みの中の落ち葉を掃除。

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20年ほど前から植え込みの中は竹箒で掃くと苔を痛めるので電気ブロアーで落ち葉を吹き飛ばしている。

その為に境内の庭園灯には全て100Vの電源が取れる外部コンセントを設置して利用している。

春の桜や紅葉のライトアップ、木遣り親聲会の梯子乗り稽古の照明にも便利に使っている。

エンジン式のブロアーもあるのだが音がうるさくメンテも大変なのでこの電気式のブロアーを愛用。

既に3台目か、、、

 

昨年のブログを見たが既に今頃はモミジの紅葉が綺麗でライトアップをしていた。

本年は都内の昼夜の寒暖差があまりないようで紅葉もまだまだ、、、

うっかりすると茶色に枯れて落葉してしまうかも、、

一部は綺麗に赤く染まっているのだが。

 

もう2〜3日様子を見たいと思う。


江戸町火消 創設三百年記念式典

昨日は午後3時から芝のプリンスパークタワー東京で江戸消防町火消 創設三百年記念の祝宴が開催された。

 

浄土宗大本山増上寺八木御法主台下にも御隣席賜るとお聞きしていたのでお出迎えの為に午後1時半頃に自坊を出発。

 

江戸町火消はちょうど300年前、享保三年 八代将軍𠮷宗公の時代 時の町奉行 大岡越前守忠相公により火災の多かった御府内の自衛・自治の為に「江戸町火消」が制定された。

よくお聞きすることがお有りと思うが「いろは四十八組」 

翌年には本所・深川方面に十六組が生まれた。

 

祝宴は御来賓を含め1300名を越える大パーティーだった。

 

午後3時開宴

木遣りにより特別来賓のご入場

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都知事が公務で遅くなられた為に会長の開式、主催者挨拶のあとは徳川家とご縁が深い増上寺八木御法主台下が御祝辞

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祝宴半ばで小池都知事の祝辞

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木遣り奉唱

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清興の新内

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花魁道中

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廊下には江戸時代の火消しの道具等が、、、

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纏振り

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見慣れた第四区二番組(な組)の纏も、、

 

天井が高いので出初め式でも使う三間半の本梯子六基で演技

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第四区(だいしく)の梯子

 

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中〆  木遣りのあと一本締め

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頭取中は役袢纏を被着の為に直ぐに見分けがついたが筒先・道具中はそれぞれの所属組独特(デザインがまちまち)の総型袢纏の為に探すのが大変だった。

 

指揮を執る総代方は前日から泊まり込み。

地元(第四区)の筒先・道具中は自坊境内に午前6時に集合して纏や本梯子を車に積み込み出陣。

 

広い会場の設営やリハーサル等でお疲れになられたのでは、、、

素晴らしい祝宴だった。

ご苦労様でした。

 


江戸消防第四区木遣親聲会 梯子乗り・木遣り稽古 千秋楽

11月16日に始まった江戸消防記念会第四区木遣親聲会の梯子乗りと木遣りの稽古も今晩千秋楽を迎えた。

 

例年は来春の東京消防庁出初め式に向けて本日頃に稽古が始まるのだが明後日25日に芝パークタワー東京での江戸町火消三百年の記念式典でのお披露目も兼ね一週間ほど早く始まった。

 

先日のブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20181116

 

本日は新嘗祭(勤労感謝の日)で満月。

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午後7時過ぎには足場パイプで固定された稽古梯子でウォーミングアップ

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その後、稽古の成果を頭取中(組頭・副組頭・小頭)に披露

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お月様は雲に、、、、

 

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その後、本堂で木遣りの奉唱

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怪我もなく無事に千秋楽を迎えられた事に安堵。

 

25日の江戸消防発足300年の記念式典が楽しみ。


今晩から江戸消防第四区 木遣親聲会の梯子乗りと木遣りの稽古

今晩から(一般社団法人)江戸消防記念会 第四区木遣親声会の来春の東京消防庁
「出初め式」に向けての梯子乗りと木遣りの稽古が始まった。 

澤蔵司稲荷では4月下旬と11月下旬にそれぞれ十日間程の稽古がおこなわれている。

 

本年は11月25日に芝のプリンスパークタワー東京で「江戸町火消 三百年」の記念行事が開催予定で例年より早まった。

筒先・道具中が中心にまず三間半の出初め式でも使う本梯子の締め直し

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緩むので稽古のたびに締め直しをする。

 

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新春、東京消防庁出初め式には新調される。

この本梯子は今回の稽古の後は短くして稽古梯子として使われる。

 

頭取中に稽古始めのお披露目をする前に足場パイプに固定された低い梯子で稽古が、、
高さは2暖召3団の高さ。

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12人の筒先・道具中が「長鍵」(鳶口)で本梯子を立ち上げ稽古の安全を祈願して御神酒や塩でお清め。

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頭取中が見守る中で本梯子で稽古始めのお披露目。
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多分、来春の東京消防庁出初め式で梯子に乗る若い衆か?

 

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頭取中から稽古の安全と町火消三百年の記念の年の稽古との激励が、、

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会長の激励のあと手締め、、
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初日と千秋楽は澤蔵司稲荷ご本堂本尊前と木遣不動尊の前で木遣りの奉唱。
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稽古は今月23日が千秋楽。


江戸消防記念会は十一区有るが小石川の地元、第四区は木遣りを含め素晴らしい指導者に恵まれピカイチだと思う。

稽古は危険を伴うので安全とその成果を祈念。
今晩からは粋な木遣りの声を居ながらにして毎晩聞く事が出来る。

 

11月25日の江戸消防記念会主催のプリンスパークタワー東京での三百年の記念式典には私もご案内頂いている。

来賓を含め1360人ほどとの事。

式典では6本の3間半の本梯子でお披露目もあるとの事。

素晴らしい木遣の声も響き渡るのでは、、、

 


東京歯科大学「解剖慰霊祭」

本日午後からは千代田区三崎町(水道橋)へ向かった。 東京歯科大学へ

歯科医の勉強をして歯科医師としての資格を取得するには医科大学と同様に人体に触れその組織を見る解剖学の授業も必須。

毎年、東京歯科大学では解剖のために献体された方々やそのご遺族、解剖に携わった学生さんによる大学が施主となった「解剖諸霊位の法要」が営まれる。

部内・法類の真珠院にはその慰霊塔が建立されている。

そのご縁で僧侶の資格を取った20歳代前半、先々代御住職の頃から出仕(手伝い)をさせて頂いている。
もう49年ほど前から、、、

東京歯科大学は明治23年に高山紀斎教授により「高山歯科医学院」として創立され明治34年には血脇守之助教授に寄り神田三崎町に「東京歯科医学院」としてその礎を築いた。

昭和40年代の若い頃には昭和4年に建造された石造りの重厚な建物で私の大好きな講堂がありそこで慰霊祭が、、
まさに鹿鳴館を彷彿とされる講堂だった。

その後、現在の本校舎(水道橋駅の目の前)に建て替えられ4年前まで慰霊祭が行われていた。

水道橋交差点から望める中央の大きな建物が現在の水道橋校舎本館。

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3年ほど前から本校舎からちょと神保町よりに水道橋校舎新館が完成して法要場所が代わった。

二棟左側のガラス張りのビル


新校舎

2階からの白山通り。

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建物二階の法要会場の名称はやはり「血脇記念ホール」


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「慰霊祭」法要は午後二時半開式


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法要中に学長先生の「祭文」奉読後に教授の先生方、続いて解剖の授業に携わった代表の学生さんの献花。

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以前は学生さんは全員献花をしたが長時間になるので代表献花の時は学生さんは立礼。

そのあと遺族・関係者の方々の献花が続いた。


以前の本校舎では床面がフラットの会場だったが本格的な音楽ホールのような会場。

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学長先生、大学関係者、ご遺族、解剖に携わった学生さんで満席になる。

 

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昔は少なかったが近年は女学生が大変増えた。


法要中の写真は関係の方に無理矢理お願いした、、、

 


江戸町火消「元六番組」「元六睦」月例会

毎月、お伝えしているが江戸時代に江戸町火消し「六番組」であった「元六番組」「元六睦」の月例会。

六にちなみ毎月六日に澤蔵司稲荷書院で開催されている。

本日は午前9時半の開式だった。

 

所属、元・六番組の頭取中(組頭・副組頭・小頭) が集まる。


江戸時代の町火消しの組織「いろは四十八組、本所深川十六組」は明治時代になり明治5年に「市部消防組」として改編。

その後、近代消防に移行したことに伴い江戸時代の火消しの文化・伝統等を継承する為に江戸消防記念会の前身組織が明治後期に組織された。
現在の「一般社団法人 江戸消防記念会」は 全体で11の区で組織されている。

 

 

小石川の地元は現在、江戸消防記念会第四区で二番組だが江戸時代には六番組「な組」として町火消しを担っていた。
その江戸時代の「六番組」はその組織を継承するために現在でも「元六番組」「元六睦」として現在の江戸消防記念会第四区とは所属がダブる組とダブらない組もあるが受け継がれている。
第四区では「な組」(現・二番組)「む組」(現・七番組)「う組」(現・二番組)が所属。
第三区と第九区の一部が近年復活して組頭・副組頭・小頭等30名ほどの頭取中がお集まりになるので書院も手狭、、、
 

我々は会議での開式・閉式はお十念だが頭取中は開式は「お手がしら拝借」の一本締めで開始される。

閉式も同様。

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一ヶ月間の報告や御礼、昇進のお祝い等が、、、

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本年は江戸町火消が制定されて三百年の年に当たり6月3日(日曜)には東京ビッグサイトでの「東京国際消防防災展2018」にも出陣して木遣や梯子乗りのお披露目もあった。

 

また今月25日には各界来賓を含め1300人の「江戸町火消し三百年記念」の祝賀会も予定されている。

 

一本締めで閉式後、本日は各区が集合する目黒・祐天寺へ向かった。

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袢纏の腰の部分の白抜きの本数で何区か識別できる。

第四区は四本、第三区は三本、第九区は九本。
奇数の区は直線で偶数の区は曲線で波打っている。

 

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毎月お疲れ様です。


回顧 「都電のある風景 2014」

本年も東京都交通局にお勤めの御信者様から「都電のある風景」第20弾(2014)のカレンダーを頂戴した。

毎年、私が楽しみにしているカレンダーの一つ、、、
そう言えばJR東海の「そうだ 京都行こう!」も本年が20周年、、、

都電カレンダー

毎年、カレンダーは古い当時の写真であったり切り絵であったり、、、、

本年のカレンダーは都内の都電が急激に廃線になる間近の昭和42年の都電のある風景だった、、、

高度成長のため都内の道路は車が増え渋滞が多くなり都電はどんどん廃線になった。

昭和42年、私は大学2年の頃、、、

カレンダーの9月の写真は「神保町」を走る35番の都電。
巣鴨から港区 内幸町までを往復していた。

神保町を走る35番の内幸町から巣鴨行きの都電
9月のカレンダーの写真
神保町
私の通っていた中学・高校の母校は港区芝の男子校だった。
降車する駅は港区の「御成門」。

登校の時に乗車する停留所は小石川の「柳町」電停。
ここには内幸町行きの35番と神田橋行きの18番、運が良ければ乗り換えなく行ける三田行きの2番が来た。


3月のカレンダーは懐かしい「御成門」停留所
御成門
 
地元の柳町電停からは運良く三田行きが来ればここまでストレートに乗り換えなく来ることが出来たが35番の内幸町行きの場合は日比谷か内幸町で目黒行きの5番に乗り換えて到着した。


5番は目黒駅と永代橋方面を結んでいた。
乗り換えで日比谷の停留所から5番に乗ると江東区方面からの学友と同乗できた、、

東京タワーもアンテナが少ないな、、、
写真には写っていないが左側には中華料理の「留園」も有った。


池袋東口、西武デパートからの折り返しの池袋停留所の俯瞰
池袋

前方にはまだサンシャイン60も無い、、 
17番は池袋と銀座の数寄屋橋を結び、地元、傳通院前から銀座へは便利だった。
ここは建物は全く変わったが雰囲気は、あまり変わらず、、街路樹は大きくなった、、


銀座、松坂屋前付近からの銀座4丁目
銀座
子供の頃に銀座では何を食べさせて貰ったか覚えていない、、
千疋屋くらい、、、
屋台で光るヨーヨーを買って貰った記憶が、、

学生時代も都電で出かけたか??? 既に車に乗っていた、、、


新宿・角筈方面の夕暮れ、、
新宿
右側は歌舞伎町
奥は淀橋浄水場でまだ高層ビルはない、、、大ガードに向かって渋滞中、、、

この線路の下は現在の「サブナード」の地下街、、、


今年も静岡 佐藤園の「太陽のいも」

季節限定で販売される静岡県の「佐藤園」に注文してあった自然食品「太陽のいも」が本年も届いた。

11月からの発売だが毎年「立冬」の頃に届く。

本年は早くも11月1日に届いた。

「太陽のいも」は毎年今頃に日記のようにお伝えしている。
もう15年以上続いている???


静岡・遠州灘を臨む地方では「切り干しいも」の名産地。

有機肥料で育てた切り出し芋を蒸し遠州灘の空っ風で乾かし一年近く蔵で寝かし天然完熟させた逸品!

自然の恵みと時間をたっぷりかけた「太陽のいも」が出来上がる。
この時期限定のおいも。

サツマイモのデンプンは蒸すことで麦芽糖に変わり一年以上蔵で寝かせその麦芽糖が白い粉となって吹き出るまで完熟させる。

焼かずにこのまま美味しく頂ける。折ると中は黄金色! 
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孫達も大好き、、我が家の一歳3ヶ月の孫も食べたとのこと、、

 

毎年の恒例行事?なので同じような文章になってしまう、、、、写真も、、、、

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毎年、同じ事が繰り返される事にも感謝!!

静岡の「佐藤園」さんも毎年、一年をかけ同じご苦労をして出荷している。

今年も「おいも」にご馳走様!!!! 

本年は立冬が11月7日、11月1日が「一の酉」、13日が「二の酉」、25日が「三の酉」

昔から三の酉まで有る時は火事が多いとも、、、

火の用心!

 

あっという間に師走になりそう、、、


妙定院展 2018

港区芝の妙定院では毎年、「東京文化財ウィーク」に協賛して文化の日をはさみ特別公開事業として戦災で焼失しなかった寺宝等を特別公開している。

 

住職は同じ歳で若い頃から様々な活動を共にしてきた仲。

 

本年は月僊と円山応挙の書画を中心として展示。

同時に戦災で奇跡的に中の所蔵物と共に焼け残った熊野堂(国登録有形文化財)の公開。

 

画僧・月僊は、増上寺の大僧正で妙定院開山である定月上人に師事することで、その画才を開花させ、江戸を離れてからは伊勢・尾張地方を中心に広く活躍した。

月僊は絵によって得た資金で、民衆を助けることに尽力したことから、福祉活動の先駆者とも言われている。

妙定院には、江戸では稀に、そうした月僊の作品を所蔵。

また月僊は、京都にいた頃、円山応挙の門をたたき妙定院には応挙の仏画としては稀有な『出山釈迦図』(港区指定文化財)が伝来している

本年は、月僊と応挙にスポットライトを当てて、両者の作品群を紹介展示。

 

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愚息は毎年朝からお手伝いだが午後4時までの展示中は内部は撮影が出来ないので私は午後3時半頃に到着。

 

熊野蔵

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こちらは本年は公開されなかった浄土蔵(上土蔵)

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どちらも国登録有形文化財

十年ほど前に本堂等が再建されたときに昔の技法で復元された。

 

浄土蔵にも素敵な阿弥陀様が沢山いらっしゃるのだが本年公開された熊野蔵の内部。

午後4時過ぎに一般の方がお帰りになられてから撮影。

 

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内陣壁紙等も忠実に復元

 

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壁紙の葵のご紋は保存の良かった部分(右下)を再建後に張り直しあとは復元。

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書院建物には法然堂と呼ばれる多目的ホール

中央には宗祖法然上人のお像が奉安されている。

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建築時にこのような展示会の為に照明を工夫して建てられた。

 

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素晴らしかった。

明日午後4時まで公開される。

 

ここまでは御住職の特別な許可を頂き撮影。

 

PS 

お暇するときの記念撮影

15

住職とは年齢も同じ、副住職同士も同様、孫達もほぼ同い年、、、

ご先代様からなので親子四代のお付き合いになる。 我が家も来年1月に孫が一人増える。

有り難いご縁。

 

この写真は無断で、、、、

 


月例大護摩 厳修

澤蔵司稲荷では毎月一日(ついたち)は午前6時から月例の大護摩を厳修している。

 

早いもので霜月11月。

本当の旧暦では9月23日。

本日は「一の酉」で本年は三の酉まで、、

 

向拝でも御奉納を受けつけている護摩木でお炊き上げも兼ね厳修。

10

春秋の例大祭や初午祭等での護摩供の時は御信者様も多く内陣護摩壇の近くまでお入り頂けないが例月大護摩ではお詣りを頂ける。

 

今朝は今秋一番の冷え込みで汗をかかずに厳修が出来た。

 

ご挨拶後の護摩の釜

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普段は本尊壇のみだが修行の時は六壇焚くので護摩壇の釜の直下には水を入れたすり鉢を置いた。

現在は釜が直接護摩壇に触れないように厚さ1冂の耐熱のシートを施してある。

直接だと真鍮プレートの下の木製護摩壇が高熱で炭化してしまう。

 

その後、午前中はご近所の御信者様の会社やご自宅へお詣りに、

本年も残すところ二ヶ月に、、、、

 

 


ハロウィン 蕎麦クッキー

毎日、営業日には開店前の初茹でのお蕎麦の奉納がある稲荷蕎麦「萬盛」さん

江戸時代から続いていると記録に残されている。

 

毎月、晦日には蕎麦クッキーも、、、

お店でもお客様にも差し上げているとの事。

 

本日はハロウィンと言う事で特別にお蕎麦と共にハロウィンのクッキーが、、、

1

 

そば粉をミックスして焼いたクッキー

2

 

蕎麦の香りがする美味しいクッキー!

お客様も喜ばれたのでは、、、 ご馳走様でした!

 

 


光圓寺 十夜法要 説教席

本日は自坊からほど近い光圓寺様へ。

しかし同じ東京教区豊島組でも部が異なる。

 

先代住職も長い事お説教にお邪魔していた光圓寺様のお十夜法要。

私も毎年、午後一時からの説教席を頂戴している。

 

境内には学校法人として明照幼稚園が併設されている。

何を隠そう私もこの幼稚園の卒園生。

私の3人の子供達もお世話になり当時私は足かけ10年ほどPTAの会長も務めさせて頂き楽しかった思い出が、、、、

 

山門を入ると新園舎が、、

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本日は土曜日で幼稚園は休園日。

 

私の子供達がお世話になっていた当時の新園舎も健在!

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子供達が在園中はバザー等でも賑わった懐かしい園舎。

 

光圓寺の歴史(寺歴)は古い。

 

江戸時代の「文政寺社書上」では奈良時代の天平13年に行基上人が東国巡錫の時にこの地で自ら彫った薬師如来をご本尊に堂宇を建立して開山したと記されている。

その後、真言宗の寺となり浄土宗の第七祖聖冏上人が中興し浄土宗に改宗して光圓寺になったとも記されている。

ただすぐ近くの播磨坂・極楽水に壽経寺を開山したのは応永22年(1415年)

光圓寺様の歴史では応永年間とあるだけなのでどちらが先だったか私は不知。

既にこの極楽水には応永15年(1408年)に小石川談所(学問所)が存在していた事は分かっている。

どちらにしてもおよそ600年前、壽経寺とどちらが古いか興味が有るところ。

 

その行基上人が開山した時にお手植えされたとされる「公孫樹」(いちょう)は上記の文政寺社書上でもとても大きな樹齢1000年を超す立派な公孫樹(いちょう)が境内にそびえると記されている。

戦前の小石川区史でも同様に記されている老樹。

その為、光圓寺は通称「イチョウ寺」とも呼ばれていた。

 

残念ながら昭和20年5月の山手大空襲で堂宇共々焼失、、、

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大変な巨木、、、現在は危険が無いように養生されているが、、

しかしその脇から新しいイチョウも元気に成長している。

 

幹の後ろ側

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70数年前とは言え未だに生々しく焼けたあとが残っている。

中が空洞なので私も幼稚園時代はその中に入って遊んだ思い出が、、、

現在は竹垣で入れなくなっている。

 

御本堂

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右手前は書院・庫裏を兼ねた「和順庵」

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法然上人の大師号からお付けになった?

大正時代開園の明照幼稚園の名称は間違いない、、、

 

本堂脇には園児達がキュウリやトマトを育てる畑も冬に向けて休耕中、、、

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御本尊様へご挨拶

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私の席のあと午後二時からお十夜の法要が、、

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10

 

私は法要開始を見届けおいとま、、

 

幼稚園でも寺院関係でも親子三代に亘る有り難いご縁。

もうすぐ孫が入園させて頂くと四代、、、、(外孫がお世話になっているので既に四代だが、)


深川 長専院十夜法要

本日は午前9時半過ぎに自坊を出発して江東区深川 長専院不動寺へ、、


文京区から深川へは大川(隅田川)を渡らなければならない。
 

1

大川(隅田川)に架かる橋では一番大好きな「清洲橋」

 

しかし今回は久し振りに渡るとさび止め?や塗装、ライトアップの工事中で足場が組まれていた。

1

 

50年以上前の大学時代からお付き合いの有る御住職は昨年のお十夜法要に先駆け副住職さんに住職を継承した。

昨年は盛大に祝賀会も開かれた。

 

2

 

前住職とは学生時代の道場や浄土宗の傳宗傳戒道場・璽書道場も含め同行。
前住職は少し先輩だが昭和50年にそれぞれの寺で護摩を焚かなくてはならないので
一緒に21ヶ座の護摩修行もした。
40年近く毎年「正五九」の祈祷月の17日には不動護摩供が厳修されお手伝い(太鼓)に出仕させて頂いていた。
近年は正月の17日のみだが、、

長専院ご本堂

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4
先々代御住職は関東大震災で本堂を焼失、、
再建したが昭和20年3月の大空襲で再度消失、ご苦労をされ現在の本堂の建立した。

 

前住職は5年ほど前に耐震工事を含め瓦屋根から銅板葺きに改修された。

 

まずはご本尊様へ御挨拶。

改装された本堂内陣

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耐震工事のおりに内陣正面は長押から紅梁になり折り上げ格天井も施され立派な内陣の設えになった。

御本尊様は鎌倉末期の作と伝わる寄せ木造りの阿弥陀如来像。
平成14年にご縁があり長専院にお迎えした。私も遷座開眼式にも列席した。
平成21年に江東区の指定有形文化財(彫刻)の指定も受けた。
非常に保存状態が良いと認定されている。

戦前の御本尊様は先々代住職が町の役員をしており空襲による火災で町内の方々を清澄庭園へ避難誘導している内に火の海になり消失してしまったとお聞きしている。
先々代御住職の御内室(おばあちゃま)の発願もありお迎えすることが出来た。
本当に素敵な阿弥陀様。

 

戦後のご本尊様は脇陣の位牌壇へ

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玄関には三年ほど前から「AED」が設置された。

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私が東京教区豊島組の組長を仰せつかっていた頃には寺院はご年配の方がお集まりになる場所でもあり各寺にAEDの設置や震災、災害時の備蓄や準備を提言したが叶わなかった。

 

法要前の御説教

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本日は茨城教区 阿弥陀寺御住職 古矢智照上人


法要での住職による十夜法要の趣旨を述べる「表白 ひょうびゃく」の奉読。


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私は本日は御説教でもなく衣に着替えての出仕でもなく単なる受付等のお手伝い。

これもお施餓鬼法要を含め約50年間続いている、、

 

素晴らしいお天気に恵まれたお十夜法要だった。


お十夜法要シーズン 真っ最中

浄土宗では10月、11月は阿弥陀如来様のお慈悲と実りの秋に感謝するお十夜法要が各地のお寺で厳修されている。

 

本日は墨田区本所へ。

毎年の事だが中学から高校、大学と同期で浄土宗の僧侶になる3週間の傳宗傳戒道場も同行の友人が住職を勤める華厳寺の十夜法要のお説教席を頂いていた。
住職とは中学からだからもう59年ほど,,半世紀を超えるお付き合い、、、


本所の華厳寺までは傳通院前からは春日通りで本郷→湯島→上野御徒町→厩橋→本所と一直線。

ただ大江戸線は蔵前駅から大川の下を急カーブして両国方面へ行ってしまうので意外と不便で今まではTAXIだったが住職の計らいで私の車の駐車スペースを数年前から確保してくれて自分の運転で、、

 

東京地方も不純な天候が続いたが本日は爽やかな秋晴れ。

 

華厳寺山門

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山門をくぐると正面ではいつもながら六地蔵様がお出迎え、

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六地蔵様の手前左右には震災・戦災の犠牲になられた方々の慰霊のお地蔵様も、、
右側のお地蔵様の後ろ枝垂れサクラの手前のモミジは22年ほど前に私が境内のモミジを実生から育て先代住職の13回忌の時にプレゼントした。
大事に育ててくれている、嬉しい限り! 現在34歳!

運んだ時は乗用車の後席に乗る幹が親指ほどの小さなモミジだった。

 

先ずは歴代墓にお詣り。

墓所入り口のポスター

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玄関を入ると住職自筆の「今月のことば」

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達筆!!!
そう言えば昭和40年代、華厳寺では幼稚園も併設されていた。
現住職(当時は副住職)はガリ版刷りの「ガリ切り」の名手だった。
その後は和文タイプライターも導入、、
まだ専用のワープロやPCが普及する前で青年会等の案内状の原稿を良く依頼した。

 

仏間を兼ねた控えの間

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ご本堂でご本尊様に御挨拶。

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彼は「おもてなし」を非常に大事にしている。
法要中にお檀家様がお焼香をなさる「香炉」の灰も綺麗に、、、7使いっぱなしのお寺も結構多い。

私のお説教席の前は落語の高座も多いが今年は昨年と同様にミニコンサート。

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本年は女性三人のハモニカトリオのミニライブ
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本堂内に心地よく響いていた。
様々な場所で活躍されているとお聞きした。

演奏直後にはお説教開始なので残念ながら中座。

 

衣に着替える前に書院へ、
書院に隣接する彼の趣味の部屋を撮影。

10毎年少しずつ変わっているので毎回楽しみにしている。
住職が名付けた「曳舟庵」

 

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私の寺の玄関に架かっていた江戸時代の戯画の掛け軸も大事に架けてくれてある。

 

私はその後、午後一時から約一時間のお説教の席を頂戴。

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説教席では中学からの友人が住職との事も有り脱線ばかり、、、
毎年、お檀家様にお会いするのが楽しみ、、、

先ほど玄関にお邪魔をするとお檀家様から「お話し楽しみにお邪魔しました!」とお声をかけられびっくりするやら嬉しいやら、、

 

その後「十夜法要」

「表白」と呼ばれる十夜法要の趣旨を述べる巻物の奉読

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礼讃による散華行道

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お檀家様は黄色い経本をお持ち。
本日の式次第(差定)もお伝えしてあったのでお檀家様もお経本をご覧になりながら、、

 

ここで私はおいとました。

 

今晩は十三夜さん

綺麗なお月さまが拝めるのでは、、、、

 


西岸寺 十夜法要厳修

浄土宗では5月から7月の「お施餓鬼法要」と秋の「お十夜法要」は最も大切な行事。

本日は法類(寺院同士特別な関係の寺院)として 西岸寺のお十夜法要に出仕(お手伝い)

 

西岸寺は曜日に関係無く毎年10月9日に厳修される。

 

本日は7日の澤蔵司稲荷での江戸消防記念会 第四区木遣不動尊祭の真夏日とは打って変わって秋らしいお天気に恵まれた。


半齋供養(諸仏にお食事を召し上がって頂く作法)の為に11時前に到着。

西岸寺山門
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御本尊 阿弥陀如来さまは恵心僧都作と伝わる素敵な阿弥陀さま。

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午前11時半からは「半斎法要」
お檀家様のお食事「お斎」(おとき)の前に諸仏にお食事を召し上がって頂く
「半斎供養」

お檀家様もお斎(お食事)後、午後1時から西岸寺とは法類の浄心寺佐藤上人のお説教(法話)席

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午後2時からはお十夜法要


雅楽の奏楽に迎えられ御部内御寺院住職方も随喜。

お十夜法要の主旨を述べる御住職の「表白」(ひょうびゃく)の奉読。
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礼讃(声明)をお唱えしながら散華行道
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右回りの行道は御本尊阿弥陀如来様への最高の御挨拶

 

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昨日の体育の日までの3連休明けだったが多くのお檀家様がお詣りにお越し下さっていた。

 

 

一昨年法要では開創400年記念法要も併修された。

一昨年のブログ  /blog.takuzousuinari.com/?day=20161009


江戸消防記念会 第四区 木遣不動尊祭 厳修

昨日もお伝えしたように本日は江戸消防記念会第四区 木遣不動尊祭を厳修。

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平成22年10月10日(当時は体育の日)に傳通院本堂から第四区所属10組の纏や頭取中の木遣りに先導され筒先・道具中が輿で担ぎお練り行列で澤蔵司稲荷本堂に奉安された木遣不動尊。

木遣不動尊建立は江戸消防記念会100周年を迎えるに当たり総代・頭取中の発願であった。

 

平成22年10月10日の奉安お練り行列のブログ

   http://blog.takuzousuinari.com/?day=20101010

 

翌年からは総代・頭取中の意向で将来に向け若い筒先・道具中に不動尊の政(まつりごと)を託された。

 

その為、本日の不動尊祭の願主(主催者)は筒先・道具中。

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午前8時頃には諸役が書院に集まり打ち合わせ。

 

午前10時頃には境内に模擬店も出店。

午前11時から予定通り本堂で大護摩厳修。

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地元・表町の役員の方も列席くださり堂内は満堂。

 

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台風25号が日本海を進むとの事で本日は強風の予報もあったが晴天 無風で10月としては希有な30度を超える夏日となった。

本来、10月からは衣替えで冬衣・袈裟になるのだがあまりの暑さに絽の夏衣とお袈裟の被着でお許し頂いた。

 

以下、写真が多いのでコメントは短いのでお許しを頂きたい。

 

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本尊前での護摩供のあと木遣不動尊前で御祈願。

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筒先・道具中による木遣りの奉唱。

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法要後、第四区総代から祝辞。

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第四区木遣り親聲会会長祝辞。

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地元、表町町会祭礼委員長の祝辞。

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私からの謝辞。 汗だくでみっともない姿、、、

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第四筒先・道具中 総職の謝辞

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法要後に参道の木遣塚へ

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纏の振り込み

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木遣りと共に纏の振り込み

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手締めのあと記念写真

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この後、御本堂にお詣りの方にはいなり寿司の振る舞いもあった。

 

 

前後するが境内では午前10時から地元・表町町会さんのポップコーンや麦茶の無料の振る舞い

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筒先・道具中の模擬店もおみやげたっぷりの輪投げゲームや焼きそば・フランクフルトの出店も、、

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お陰様で事故も無くチビちゃん達も親子で楽しまれたようだ、、

 

ただ夏日と言う事で大変暑かったが滞りなく挙行されたことに感謝。

関係皆様ご苦労様でした。

 

 

PS

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実は1歳2ヶ月の私の孫。

このドンブリパッチは一歳用か、、

私の娘や息子が40年程前に着た物、、、

あと3歳、5歳用と何着か家内が保管をしておりお祭りの時には着用させている。

この一番小さなドンブリパッチは子供の成長が早くあまり着ておらず一番傷んでいない。

この上のサイズは姉弟が何回も着たので洗濯で藍染めが抜けている。

このサイズは来年無理かも、、、、

愚息も着用したが坊さんになってくれたのでヨシとしよう、、、、

 


澤蔵司稲荷 木遣不動尊祭のご案内

来る10月7日(日曜日)は江戸消防記念会第四区木遣親聲会所属の第四筒先・道具中が願主となり澤蔵司稲荷で木遣不動尊祭が開催される。

 

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ポスターの通り7日(日)

  午前10時半〜午後2時 筒先・道具中の模擬店や地元・表町町会さん有志による模擬店や紙芝居

  午前11時から本堂内で大護摩厳修

    堂内へお詣りの方には先着200名様に「いなり寿司」の振る舞い

 

本年は天候の心配もあるが悪天候の場合は堂内式のみになる可能性も、、

 

近づいたら再度ブログでもお伝えをする予定。

 

 

ご参考に一昨年10月の木遣不動尊祭のブログをペースト

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平成22年10月に「江戸消防記念会 」創立100周年を記念して第四区総代、頭取中や

筒先・道具中の発願で澤蔵司稲荷御本堂に奉安された「木遣不動尊」

 

6年前は傳通院から第四区所属の10組の纏に先導されお練り行列で御本堂へ奉安。

 

平成22年10月10日 木遣不動尊奉安お練り行列のブログ

    http://blog.takuzousuinari.com/?day=20101010

 

その時の写真の抜粋(コピーなのでご了承を)

 地元警察・消防、消防団の警護の元でお練り行列が進む。
纏行列
第四区10組、10本の纏(まとい)が威勢良く舞う。

 

お練り行列。町中に木遣りの声が響いた。
練り行列
珍しいお練り行列に御信者様以外にも地元の大勢の方々もご覧くださった。
 


以上のブログの通り6年前の奉安後、総代、頭取中から若い衆「筒先・道具中」に託され毎年10月に「木遣不動尊祭」が厳修されるようになった。

これは先人を敬い、地域(地元)の交流を深め、かつ今後の若い衆の伝統の継承・発展の為におこなわれるようになった。

 

先日から地元・表町町会さんにも協賛を頂き町内の掲示板にもポスターが、、

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本堂は昨日から準備を整えお不動様の前には祝いの生花やお供え餅も準備。

1

 

境内では午前10時から模擬店開始の予定で早い時間から準備が、、

 

筒先・道具中の焼きそば・フランクフルトの準備

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町会さんは綿飴やポップコーンの準備

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実は近隣の小学校は昨日が運動会。しかし小雨模様の為に本日に順延。

チビちゃん達が少ないかと心配したが大勢が、、、、

 

筒先・道具中のゲームコーナー

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午前11時から護摩法要の前に参道で祝いの木遣りと纏のお披露目

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参道、木遣り塚の前でも木遣りの奉唱

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11時15分頃から第四区総代・頭取中、表町町会の役員の方も来賓で列席され護摩法要

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本尊前での護摩供後は木遣り不動尊前で御祈願

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法要後は堂内で木遣りの奉唱の中、列席の方のお焼香。

 

終了後、第四区総代からの御挨拶

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6年前に木遣り不動尊を奉安した経緯も、、、

また若い筒先・道具中、若い衆へ託す思いも、、、

 

森田町会長の御挨拶

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地元の方々と密着した拠り所の場所になって欲しいと祈願。

その後、私も御挨拶

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滞りなく不動尊法要も厳修出来た。

 

また法要前後には御信者様以外も御本堂にあがって頂きお詣りが、、

お帰りには主催の筒先・道具中が用意した稲荷寿司をお持ち帰りになられていた。

用意した200パックは品切れになったようだ。

 

お陰様で天候にも恵まれ厳修出来た。

江戸消防記念会、並びに第四区木遣り親声会、第四筒先・道具中の益々のご発展と

町内・地域の安全も祈念。

 

例年の事だが改めてご縁に感謝。

 

 

 


台風24号 境内の桜が倒木

台風24号は9月29日頃には猛烈に発達。

30日夕刻には和歌山県田辺市付近に上陸。

その後スピードを上げ中部・信越方面へ本州縦断のコース。

 

予報でも30日、月が変わる真夜中に関東にも影響し台風の東側に当たる東京地方でも南寄りの瞬間最大風速が50辰砲眞する暴風雨になると警告していた。

 

 

果たして一日の勤行前に本堂正面の観音開きの扉を開けると御信者様から桜の木が倒れているとご報告が、、

 

澤蔵司稲荷は南に開ける高台に有り今は中断しているが東京湾の花火大会も庫裏二階から望むことも出来る。

その為に今まで何回も南風の恐ろしさは経験をしていた。

 

境内に出ると、、

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根元が直径60センチ程の普賢像の八重桜が根こそぎに、、

真南からの強風だったようで真北に向かって倒れていた。

 

もう若干東寄りの風だったら2年前に修復工事を終えた空襲でも焼け残った手水舎を直撃するところだった。

 

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有り難い事に倒れた場所に奉安されている小さなお社や石仏、庚申塔も無傷だった。

 

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職方は昨日午後に打ち合わせに来られ今朝から倒木の撤去作業。

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ちょうどS字に曲がっている枝(幹の一本)が旧本堂(社殿)跡の築山の石にのしかかり全てが無事だった。

 

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職方の中央にあるのは天和三年(1683年)、約335年前(五代将軍 綱吉公)の時代建立の聖観音像を主尊とする庚申塔。

太い方の幹が直撃していたら間違いなく破損していたと思われる、、、

庚申塔のブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170820

 

昼少し前から所用で出かけていたが午後1時頃に戻ると大方の撤去作業は終了していた。

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昼頃でコントラストが強いが庚申塔や石仏、お社等は全て無傷。

まだチェーンソーの木くずは残っているが、、、

 

奥の旧社殿跡の築山が全てをお守り下さったと思わず合掌。

 

 


昨晩は礫川部・無量講 部会

以前からもお伝えしているように浄土宗東京教区には島嶼部を含み430余ヶ寺の寺院が所属している。
島嶼部を除き10の組に分かれ地元、豊島組は70ヶ寺。

更に6の部に分かれ慈眼院は礫川部に所属して10ヶ寺で構成されている。 
礫川部は毎月25日(浄土宗宗祖法然上人の御忌日)前後に所属寺院輪番で部会が開催されている。

今晩は輪番で見樹院が会所(会場)

 

まず、午後7時から御本堂で「お別時」の法要。


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今晩は所用等で住職方全員が揃わなかった。

 

お別時後、近代的な書院で部会。

一ヶ月間の事後報告や今後の予定等が伝えられた。

 

お彼岸のお中日は晴れたがその前後は不安定な天候で時には豪雨も、、、

24日、旧暦の8月15日の十五夜さんは奇跡的に拝む事が出来たが昨晩の天文学的な月齢の満月(暦では○望)は残念ながら雨模様で拝めなかった。


 

 

 


地元、江戸町火消「な組」 木遣塚前で奉唱

元・江戸町火消六番組「な組」(現在の江戸消防記念会第四区二番組)の組頭・副組頭・筒先道具中が先ほど来訪。

 

澤蔵司稲荷境内に奉安されている「木遣塚」の前で先達・ご先祖様へ遺徳を偲び木遣りの奉唱。

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お正月やお彼岸には近隣の関係寺院や組頭の菩提寺にもお詣りをして澤蔵司稲荷の木遣り塚にも、、

 

組頭は江戸消防記念会第四区総代(責任者)でもある。

 

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昨年、木遣塚の象徴である中央の「真棒」の横には浄土宗宗祖法然上人の御名号(南無阿弥陀佛)が彫られ観音菩薩・地蔵菩薩も奉安された。


昨日は秋分の日 彼岸法要会

昨日、ブログアップを試みたが何故かサーバーとの接続が悪く断念、、

 

本日改めて、、、

 

本年の彼岸の入りは20日だったが東京地方は生憎の雨模様が続いた。

昨日のお中日は奇跡的に好天に恵まれ私も法類寺院や地元・傳通院での彼岸法要会に出仕させて頂いたが文京区はお寺が集中しているので墓参の車でかなり渋滞も見られた。

 

午前11時から本駒込の法類寺院へ、

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参道左側には先代御住職が戦災で焼失した身代地蔵尊を地蔵堂と共に再興された。

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参道右側には「おその地蔵尊」

大正13年に建立されたが私の母もお邪魔をするときには必ずお詣りをしていたお地蔵様。

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こちらの常徳寺彼岸法要は永代祠堂法要も併修される。

  向拝から御本尊様へご挨拶

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法要終了後、一旦帰寺。

午後2時過ぎには傳通院へ

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お天気も良かったので境内はお詣りのお檀家様の車で溢れていた。

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法要は午後3時からなので御歴代墓へ墓参。

控えの間がある書院へお邪魔する前に正面  向拝階段から御本堂へ、

昨年に引き続き長崎から香林上人がお出でになり法話(お説教)中だった。

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午後4時には法要も無事円上された。

 

副住職は世田谷のご縁の有るお寺の彼岸法要法話席を依頼され二人とも寺を不在にする時間も長かった。

お目にかかれなかった方も大勢いらした。

 

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昨晩のブログのアップにトラブルが発生したようなので短めにご報告に留めた。

 


傳通院 第七十五世 吉川哲雄上人 十七回忌法要 厳修

明日は「彼岸の入り」だが本日は傳通院第七十五世 吉川哲雄上人の十七回忌法要が傳通院で厳修された。

 

様々なご縁と傳通院一山を代表して法要の導師を4年前の十三回忌に続き仰せつかっていた。
吉川御前様は私の先代と同い年の明治41年生まれ。
傳通院に御晋山されてからも先代同様に公私ともにお世話になった。

特に本堂落慶(昭和63年 30年前)の時にはお練り行列・法要にはまだ幼稚園児だった愚息(拙寺の副住職)は一休さんのような姿(黒衣に赤い袈裟姿)で伴僧(御導師のお伴役)をさせて頂いた。

午後3時から十七回忌法要開式。
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散華作法
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御貫主焼香

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御回向

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吉川御前の頃に丈内に奉職していたOB(現在は各分野でご活躍の御住職方)も式衆で出仕くださり滞りなく導師を勤めさせて頂いた。

法要後の挨拶
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十七回忌の事でもあり法類・一山御住職、関係寺院、御総代様や普段教化活動をなさっている吉水講の皆様や様々なご奉仕をしてくださっている葵会の皆様が中心の法要となった。


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その後、墓参を済ませ繊月会館で供養膳を頂戴。

 

私にも様々な思い出があるが間近で御教導を頂いたOBも大勢参列して御前様を偲び懐かしい思い出話を多く伺う事が出来た。

 

供養席の写真はお顔のアップも多いのでご遠慮させて頂いた。


Photo by 副住職

 


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