武蔵野市吉祥寺 光専寺 お施餓鬼法要説教席

本日は午後3 時からお施餓鬼法要会が厳修される武蔵野市吉祥寺にある光専寺に向かった。

依頼されている説教席(法話)は午後2時なのだが遅刻は出来ないので正午頃に自坊を車で出発。


以前は東京メトロと中央線でお邪魔をしていたのだが御住職から駐車場のご用意が有るとの事で三年前からは車でお邪魔をしている。

私は説教席のみで法要には随喜せずおいとまするので駐車場は出やすいようにとのご配慮も、、
 

昼時でもあり一般道も高速道路もスムースで40分足らずで到着してしまった。


光専寺

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山門

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御本堂
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ご本堂は昭和初期の建造で数年前に耐震工事を済ませた。

 

書院玄関も立派

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時間が有ったのでお玄関に御邪魔をする前に境内を拝観参拝、、

墓地に向かう参道の地蔵尊
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先代御住職の御発願で建立された水子地蔵尊もお詣り。
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光専寺歴代御住職のお墓も、

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若い頃に御教導賜り私の寺の先代住職(実父)も30年近くお説教にお呼びくださった御先代住職の23回忌の角塔婆も、、

昨年厳修された。

角塔婆の裏の年月日を確認したら私の誕生日だった。

 

歴代御住職の墓誌

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ちょっとご覧になりにくいが御先代上人のご命日は四月二十七日で私の誕生日と同じ日にちが刻されている。

三つ葉葵は善光寺様式だと気づいたがお聞きするのを忘れた、、


御本堂内陣 御本尊様。
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お説教には一時間ほど前だったが堂内には「お斎 おとき」(お食事)を済まされたお檀家様も既にお座りになられていた。

 

堂内には今春、僧階が「正僧正」(じょうそうじょう)に叙任された額と緋の衣を被着する事が許された書状の額も、、、

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僧侶には僧階・学階、教階等があるが一般寺院の住職では正僧正が最高位。

大僧正は総・大本山の御法主のみ。

 

法話の中でもご紹介をさせて頂いた。

左脇陣には「箪笥 たんす 地蔵尊」
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以前、御住職からお聞きしたが御厨子のお地蔵様を手前の箪笥のような箱に収めまさに和箪笥のように鍵手が着いており駕籠(かご)のように担いで「出開帳」をしていたとの事。

私の師僧(実父)も記録によると平成元年(82歳)まで光専寺様のお施餓鬼会やお十夜法要のお説教席に御邪魔をしていたと有るので師僧の愛用していた「如意」や「お袈裟」(遺具)を着けさせて頂きお説教をさせて頂いた。

現御住職とは大学時代からのお付き合いで御内室とも結婚前から存じ上げている。
有り難い「ご縁」

お陰様で帰路もスムースで午後3時過ぎに出発したが4時前には帰寺出来た。

 

今日も有り難い一日。感謝
 


小日向 深光寺 大施餓鬼会法要 説教席

本日は正午頃に文京区小日向(東京メトロ 茗荷谷駅近く)の深光寺に向かった。

昨日の深川での施餓鬼法要会は五月晴れの良いお天気だったが生憎昼前から予報通り小雨が降り出してしまった。

毎年5月23日にお施餓鬼の法要が厳修される。
住職は同じ中学・高校の先輩だが浄土宗の僧侶になる最後の行である傳宗傳戒道場は同行。
先代御住職さまにも若い頃から御教導賜った。

深光寺墓所には江戸時代、「南総里見八犬伝」で有名な戯作者「滝沢馬琴翁」の墓が有る。
境内入り口の文京区教育員会の案内板。
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小石川七福神の「えびす様」もお出迎え、、
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文京区では史跡巡り・文学散歩のコースが設けられているが東京メトロ丸ノ内線「茗荷谷駅」から後楽園、「本郷三丁目駅」にかけていくつもある。
慈眼院・澤蔵司稲荷境内にも史跡巡り、文学散歩、小石川七福神巡りの大勢の方々が訪れるがこちら深光寺さまがスタート地点か最終地点になる。

馬琴翁と奥様であるお百さんのお墓。
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馬琴公は「蓑笠」(みのがさ)の別号が有るようにお墓にも「蓑笠」がのっている。

毎年のようにご紹介しているがお墓竿石の下の台石には家を形取った 馬琴翁の「蔵書印」が刻まれている。
蔵書印
いつも思うが江戸時代のデザイナーのセンスに驚く。

境内には滝澤家の歴代墓も、、
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墓石の上にお地蔵様がのる珍しいお墓。

ご住職によるとこのお墓も馬琴翁の発願で自らデザインしたとのこと。
自筆のお墓の図面が残っているようだ。
よくご覧になるとわかるが墓(四角の胴体部分)の左後角が欠けているが建立の時に石工が境内に運び上げたときに誤って落とし欠けてしまったとの事。
それを見ていた馬琴公は「いいよ、、」と仰り角が欠けたまま建立されたようだ。
その時の経緯は古文書にも残っているとお聞きした。
馬琴翁はお心がお広かったようだ。

寛政元年(1789年)に深光寺第八世上人が建立した「厄除観音塔」
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まずは御本尊様へ御挨拶
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昭和20年5月25日の山手大空襲では被災を免れた鎌倉期の素敵な阿弥陀様。


午後1時からお説教の席を頂いた。

その後、午後2時からご部内寺院御住職方と共に法要が、、、
私はお説教席のみで帰寺させて頂くので撮影させて頂いた。

本尊前から転座をして施餓鬼壇の前で御住職による「表白」の奉読
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本日のお施餓鬼法要の趣旨を奉読される。
深光寺様の餓鬼壇(五如来壇)は古式に則り外陣の外の向拝に設えられている。

お施餓鬼法要はお檀家様のご先祖様の御回向だけではなく「三界萬霊」(有縁無縁を問わず御回向)にご功徳をおわけする法要でも


御住職は趣味で養蜂もなさっており毎回「蜂蜜」を頂戴する。
御住職曰く、先年分蜂に失敗して新しく女王蜂や働き蜂を購入したそうだが搬入され置く予定の場所でない所で巣を開き境内の違う場所に移動すると働き蜂はGPSが狂い近くても自分の巣に戻れなくなるようだ。
専門業者さんから届き箱を設置すると蜜蜂は体内のGPSを修正する為に巣箱の回りのみを飛ぶとの事。
その後、遠方まで花の蜜を採りに出発するようだ。
自坊の境内にも蜜蜂が飛んできているがもしかしたら深光寺からの出張かも、、、、、
住職曰く、蜂のGPSは凄いと、、、、、
箱は二段にして上段へは女王蜂が上がれないよう金網があり上の巣には卵が生めず蜜のみの巣が形成されるとのこと。(小さい働き蜂のみが通れる金網のようだ)
帰巣してハニカムの中に運び込んだ蜜は水分が多いので羽で風を起こし水分を飛ばすとの事、、、
凄い!!!


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けなげで可愛いよ!と微笑まれていた。


頂いた蜂蜜の瓶詰め
ビンには「深光寺」のラベルが、、、、
まさに文京区産の蜂蜜。

頂くのが楽しみ!!
 

お陰様で本日も無事勤める事が出来た。
明日は吉祥寺の友人が住職を勤めるお寺でのお説教に出かける。


深川 長専院 お施餓鬼法要

本日は江東区 深川 長専院不動寺のお施餓鬼法要。

昨年本日のお施餓鬼法要では大学時代から公私ともにお付き合いがあった先輩である住職が副住職さんへ住職を継承すると表明した法要でもあった。

 

昨年秋のお十夜法要の時に新住職として継承した。

先輩である前住職とは傳宗傳戒道場も同行。


もう45年程、法要等の行事にはお邪魔をしている。
午前10時過ぎに車で自坊を出発。
東京地方は昨日の夏日に続き本日もかなり気温が上がる予報も、

深川へは文京区からは大川(隅田川)を渡らなくてはならず清洲橋通り経由で、、
隅田川にかかる橋では一番好きな清洲橋を渡る。
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下流の勝鬨橋も好きだがあまり縁が無くなってしまっている。

 

お隣の霊巖寺境内に車を停めさせて頂き長専院へ

私の先代がご依頼を受け揮毫し字刻された石柱

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境内の不動堂

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近年は正月だけになってしまったが護摩の修行も同行で以前は正五九の護摩供には太鼓を叩きにお邪魔していた。

 

長専院本堂
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長専院は関東大震災と昭和20年3月10日の空襲で消失し先々代住職は二回ご本堂を再建した。

先輩が住職時代の10年ほど前に瓦葺きの本堂を耐震も考慮して屋根は銅板葺きに。


空襲の時、先々代住職は町内の役員をされており清澄庭園へ町内の方々を避難誘導している最中に本堂が焼け御本尊様も消失してしまった。

本所・深川は関東大震災と空襲で灰燼ときし多くの犠牲者がでた。

先々代御住職が御遷化後に先々代御内室のご希望も叶い10数年前に鎌倉期造立の立像の阿弥陀様をお迎えできた。
その阿弥陀様は平成21年に江東区の指定有形文化財(彫刻)に指定された。

教育員会が境内に設置した説明板。
掲示板
掲示板には写真も、、
掲示板2

早速ご本尊様にご挨拶
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本当に素敵な阿弥陀様。

 

先々代御住職がお迎えした終戦後のご本尊様は脇の位牌壇へ

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午後1時半からお施餓鬼法要
昨年住職を拝命した新住職による施餓鬼法要の趣旨を述べる初めての「表白 ひょうびゃく」の奉読。
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素晴らしいお天気に恵まれ多くのお檀家様がご参列だった。

 


本日は本所・華厳寺 お施餓鬼法要での説教席と関係寺院先代様の年会法要

東京地方はここの所夏日になったり嵐の雨が降ったりと不安定なお天気が続いていた。

昨日、最高気温が28度近くまで上がり「夏日」だった。

 

本日はまさに風薫る爽やかな晴天。


本来、我々僧侶は原則、夏衣への衣替えは6月1日から。

しかしあの東日本大震災での電力不足からクールビズも定着してお役所も企業でもノーネクタイや半袖でも。

我々も近年は前倒しで5月の法要も「夏衣」が多くなり助かっている。

衣と如法衣は絽ではなく一気に「紗」へ、、、

本日は浅草では「三社祭」一宮・二宮・三宮の本社御輿の町内渡御、、、、
早朝に「宮出し」、、、
本所までは自坊から春日通りで一直線。

しかし本社神輿の渡御に遭遇し交通渋滞の心配もあるので早めに出発。

本日お邪魔をした本所・華厳寺の住職とは中学・高校も港区の男子校で同期、大学も同期、浄土宗の僧侶の資格を頂く修行・傳宗傳戒道場も同行でしかも同じ班だった。
卒業しても友人として中学から既に59年の公私に亘るお付き合い。

お互い昨年は「古稀」を迎えた。

午後1時からのお施餓鬼法要前の説教席(法話)を依頼されていたが道路は何事も無く空いており早めに到着。

華厳寺山門

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六地蔵様がお出迎え、、

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本所は深川同様、関東大震災・昭和20年の大空襲では火災により多くの犠牲者が、、

その慰霊の為のお地蔵様も祀られている。

 

山門右手にはお閻魔様の御堂が有るがその前には立派な枝垂れ桜。
実はその前に植わっているモミジは若い頃にお世話になった華厳寺先代住職の13回忌の時に私の寺の境内から移植をした。
六地蔵様の横(右の白いお花の手前、「えんま堂」の掲示のうしろ)のモミジ。

前にもお伝えしているが慈眼院・澤蔵司稲荷にはモミジの古木が数本有り毎年紅葉と共に落ちたモミジの種から沢山の実生が育つ。
30数年ほど前は初夏に芽を吹く実生(双葉から本葉が二枚出た状態のチビちゃん)を一本ずつ植木鉢に移植して育てていた。数は数百本か、、、、
現在(今頃)も境内には無数の双葉が、、、
ちょうど30年前にモミジの実生を植え替えている時に一本の電話が、、、、
華厳寺御先代の御遷化の訃報だった。

しかし、なかなか育たないモミジもその年は8本ほどが元気に育った。
12年後の13回忌の時に現住職(友人)に「一本あげるよ」と持ちかけたら「是非!」と言うことで車で届けた。
彼も丹精を込め育ててくれてこんなに大きくなった。
今年33歳になる。  
澤蔵司稲荷境内のモミジ数本とは兄弟。
当時、運んだ時は乗用車に乗る親指ほどの幹の太さだった、、、

墓所入り口のお施餓鬼や十夜法要の時に楽しみにしている住職自作の案内ポスター

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玄関先の掲示

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達筆だな、、、、、
まだワープロも無かった時代に彼は「ガリ版」の原稿を切るのが得意で青年会時代は良くお願いした。
当時、寺内に幼稚園も有ったので和文タイプライターも導入したのでお世話になった、、、

 

早めに到着しお檀家様がお齊(お弁当)を召し上がっている時間なので御本尊様にもご挨拶。

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12時半からは本堂で私の法話前に清興の落語。
高座は第6代目 柳亭左龍師匠。

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師匠は下町にお住まいで控えの間では一年ぶりの再会で夏衣や三社祭の話題で盛り上がってしまった。

本堂で写真を撮らせて頂き施餓鬼壇(五如来壇)も、、
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控えの間に戻る前に書院の住職の「趣味の間」を撮影
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秋の十夜法要やこの時期のお施餓鬼法要に御邪魔する時は楽しみにしている。

壁の掛け軸の戯画は私の寺の玄関に掲げてあった軸。
私の母の通夜・葬儀にお手伝いに来てくれた時に気に入り彼がどうしても欲しいと言うことで華厳寺の本堂・庫裏の修復落慶法要の時にお祝いで差し上げた。

 

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以前は古い雅楽の笙や龍笛、壺や茶器もあったが昨年模様替え、、

昭和のビデオデッキやフィルムの8ミリカメラも、、、

下段のSony F1のデッキは私も子供のお遊戯会や背負子で担ぎスキー場で大活躍した。

現在もベータのビデオの再生には使用している。

落語の高座のあと、午後1時から50分間ほどの説教席を頂戴してお檀家様の前でお話をさせて頂いた。
お施餓鬼の法話は勿論だが半世紀以上に亘る友人のが住職なので悪口ばかり、、、
素晴らしい彼の性格や人柄は当然お伝えしたが、、、、

私の役目はここまででお施餓鬼法要には毎年の事だが出仕(随喜)せず、、
たまにお十夜で太鼓を叩いた事も有ったが、、、

午後2時からはお施餓鬼法要が始まりご本堂での施餓鬼壇の前で法要の趣旨を述べる「表白 ひょうびゃく」の奉読をカメラに納めた。
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関係寺院で4時からの先代御住職の年会法要があるので早々にお暇したが、生憎春日通りで三社祭の本社神輿の町内渡御に遭遇してしまい路線バス以外は通行止め、、、 遠回りで帰寺。

 

 

帰寺後、午後三時半前に本郷の昌清寺様へ

若い頃から大変御教導を賜った御先代御住職の23回忌法要のご案内を頂いていた。

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御導師は東京教区豊島組 前組長上人。

 

法要後、墓参を済ませ書院で供養席。

大本山鎌倉光明寺柴田御法主台下も御隣席賜り御垂示と御親戚としてのご挨拶を頂き献杯。

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御先代を偲び美味しく供養膳を頂戴した。

懐かしい久し振り方々にもお会い出来た。

 

昌清寺様には来週、お施餓鬼の説教席を頂いている。

 


巣鴨 専修院 お施餓鬼法要 説教席

自坊と兼務寺のお施餓鬼法要は先月末に厳修。

お施餓鬼の法要は教義的には期日(日にち)規定がないので特に戦後はお盆の頃から気候の好い五月に厳修するお寺が増えた。

特に東京地方は5月の法要が圧倒的に多くなった。

 

15年以上前から5月8日は巣鴨 専修院のお施餓鬼法要厳修前の説教席を頂戴している。

御先代同士は同年代で親交を頂き現住職とは学生時代から半世紀のお付き合い。

特に青年会活動はいつも一緒だった。

現在は副住職同士も同世代で共に活動をしている。

 

東日本大震災以降、節電も含めクールビズも定着。

我々も本来は6月1日からが夏衣への衣替えだが前倒しで5月から夏衣(絽や紗)が多くなった。

 

しかし本日は4月下旬から夏日も有り暑い日もあったが一転して今朝は小雨交じりの空模様で気温は13度程だった。

ニュースでは5月としては10年ぶりの涼しさで3月中旬の気候と報じていた。

出かける時は果たして例年通り夏衣で良いのか迷った。

 

本日が私にとっては今年初のお施餓鬼法要でのお説教席。

 

専修院山門入り口脇の無縁塔。毎年の事だが藤棚の花も終わっていた。

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実は一昨年の4月末に自坊の境内整備のおり見つかった「板碑」

板碑は戦国時代の鎌倉期から南北朝、室町時代に武士の間で板碑(石塔婆)の奉納が鎌倉街道沿いに盛んに行われたと伝わる。

 

見つかった自坊の一枚は南北朝 北朝暦應四年(1341年)と鑑定された。

感激したのは浄土宗第七祖聖冏(繊月)上人がお生まれになった年に造立奉納されたと判明。

 

本日の専修院さまのお檀家さまの何人様かは小石川傳通院を会所(会場)に800年御忌記念の地元 豊島組主催の五重相伝会や授戒会にもご参加下さっているのは存じ上げていた。

傳通院の前身である壽経寺は聖冏(繊月)上人の開山。

その為、五重相伝を確立された第七祖聖冏(繊月)上人のお話しも交えようと考えていた。

 

正午過ぎに到着すると本堂では落語の清興中だったので参道付近の歴代墓と共に昨年偶然遭遇した専修院さまの板碑にもご挨拶。

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阿閦如来を主尊に下段は文殊・普賢菩薩の梵字が読み取れる。


20年ほど前に地元、豊島区の教育委員会が調査をされこの板碑は乾元二年(1303年)鎌倉期の建立との事。

豊島区の文化財にも指定されている。

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自坊の板碑もそうだが字の如く厚さは7冂の薄い石塔婆。

考古学的には「板碑」と呼ぶジャンルとお聞きしたことが、、

 

昨年、お説教の席で直前に遭遇したお話しをさせて頂いたが本年もご説明申し上げた。

こんなにも偶然な出来事で何かのお導きのような感慨を覚えた記憶が蘇った。

 

時間も迫ったのでご本堂へお詣り。

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例年通り清興は柳家小袁治師匠の落語の高座。

 

私はお説教席のみなので法要の開始直後を撮影させて頂きおいとま。

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お導師による本日の法要の趣旨を述べられる「表白」の奉読

 

山門を出たら教育委員会の掲示板が、、

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お読みになりにくいので改めて、、、

 

専修院

専修院は、元和3年(1617)に(一説に慶長2年=1597)開山である得蓮社業誉上人迎阿弁教和尚が江戸の浅草新寺町(現台東区松が谷1丁目)に創立した浄土宗の寺院であり、正式には正業山専修院迎接寺という。本尊は阿弥陀如来である。
その後、東京府による市区改正事業のため、明治41年(1908)に浅草区北松山町61番地から北豊島郡染井888番地(現在地)に移転し、現在に至っている。この土地は、江戸時代に多数の植木屋が集住していた上駒込村を代表する伊藤伊兵衛の屋敷跡と考えられ、平成9年4月から6月にかけて実施された埋蔵文化財発掘調査では、おもに植木屋が繁盛した江戸時代後半の遺構が発見された。建物の礎石や地下室のほか、溝や生垣を何度も作りなおした跡などがあり、広い敷地の中を区切って利用していた様子がうかがえる。さらに縄文土器も出土しており、周辺に縄文時代の遺構が広がっていることも確認された。
境内には、伊兵衛に関係するとみられる寛永18年(1641)造立の宝篋印塔をはじめ、乾元2年(1303)造立の板碑、富士講先達の元祖である藤原角行や浄瑠璃の富本節家元である富本豊前掾代々の墓など、多くの貴重な文化財が残されている。

          東京都豊島区教育委員会

 

 

参列のお檀家さまも法要後にはお墓参りを済ませ「板碑」をお詣りしてお帰りなられたのでは、、

 

出かける前は連休開けで多忙だったのでお昼の食事抜きだった。

早速、頂いてきたお弁当を、、

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お檀家様も召し上がるお昼のお弁当(お齋 おとき)、

掛け紙には豊島組教化分団編纂の「食前のことば」が、

「みほとけと 天地の恩恵(めぐみ)ありがたく 南無阿弥陀佛 いただきます」

有りがたく頂戴した。

 

お陰様の一日、、

 

 


江戸町火消 元・六番組 定式(月例会)

毎月、お伝えしているが江戸町火消し「六番組」であった「元六番組」「元六睦」の月例会。

六にちなみ毎月六日に澤蔵司稲荷書院で開催されている。

 

所属、元・六番組の頭取中(組頭・副組頭・小頭) が集まる。


江戸時代の町火消しの組織「いろは四十八組、本所深川十六組」は明治時代になり明治5年に「市部消防組」として改編。

その後、近代消防に移行したことに伴い江戸時代の火消しの文化・伝統等を継承する為に江戸消防記念会の前身組織が明治後期に組織された。
現在の「一般社団法人 江戸消防記念会」は 全体で11の区で組織されている。

 

 

小石川の地元は現在、江戸消防記念会第四区で二番組だが江戸時代には六番組「な組」として町火消しを担っていた。
その江戸時代の「六番組」はその組織を継承するために現在でも「元六番組」「元六睦」として現在の江戸消防記念会第四区とは所属がダブる組とダブらない組もあるが受け継がれている。
第四区では「な組」(現・二番組)「む組」(現・七番組)「う組」(現・二番組)が所属。
第三区と第九区の一部が近年復活して組頭・副組頭・小頭等30名ほどの頭取中がお集まりになるので書院も手狭、、、
 


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我々は会議での開式・閉式はお十念だが頭取中は開式は一本締めで開始される。

 

一ヶ月間の報告や御礼、昇進のお祝い等が、、、

本年は江戸町火消が制定されて三百年の年に当たり様々な記念式典もあるようだ。

 

一本締めで閉式後、本日は各区総代のみが浅草 浅草寺境内の五重塔 霊碑殿に奉安されている先達のお位牌のお詣りとの事だった。


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袢纏の腰の部分の白抜きの本数で何区か識別できる。
第四区は四本、第三区は三本、第九区は九本。
奇数の区は直線で偶数の区は曲線で波打っている。
 

役袢纏の白抜き四本は第四区の頭取中


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お見送りしたあとの境内。 すっかり新緑の緑が濃くなった。

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参道手水舎の向かい側の江戸町火消「な組」の木遣塚。

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2年ほど前に境内に建立。

当時は「な組」の真棒のみが中央にあったが昨年その両脇に観音様とお地蔵様が祀られた。

その為に木遣塚の建立の意味が明確になりお詣り頂く方が増えた。


5年間の備忘の為に2年前の本日のブログを再度、、

普請ばかり、、、

東京地方は未明から風雨が強くなり今朝起きると立木の藤の木が倒れていたり、、、
昼過ぎまで強風が吹き荒れていた。

先月末に兼務寺のお施餓鬼法要を厳修。
先代御住職は傳通院第七十六世をお勤めになられた。今月七回忌を迎える。
御本堂が手狭と諸般の事情でお施餓鬼法要の時に七回忌法要も勤めさせて頂いた。

本日午後に関係寺院、御部内寺院等にご報告の御挨拶に、、、

たまたまブログ内をチェックしていると三年前の本日のブログがヒット、、、

旧・庫裏(寺院の維持の為に寺族が生活をする建物)の建て替え準備が始まっていた。

懐かしい旧玄関先
旧庫裏1
火灯窓が素敵だった。

before-after の新玄関
新庫裏
玄関先の柘榴の古木は移植不可能なので建物の設計を変更して残した。

旧・ガレージ
奥の二階部分まで解体して新築した。
旧ガレージ

同じ位置からの現在
新庫裏2
配置(間取り)はほとんど変わっていない。
耐震強化とバリアフリーに、、

旧・建物の座敷
二間で12畳の狭い座敷で終戦直後の建築だがとても洒落ていた。
建材も当時としては素晴らしいものだった。
座敷
ただ壁が少なく土台(基礎)も耐震性が無くやむなく解体をした。

解体は旧庫裏の一部を残す作業だったので重機ではなく手壊し。
その為に気に入っていた建材(部材)はテープで×印を付け保存した。
座敷1

縁側廊下の建材も、、、
座敷2

この部屋の押し入れに保管していた親子の剣道防具は書院の押し入れに仮避難、、
防具

この3年間、旧・庫裏の解体、その後の新築工事、、またお伝えしているように本堂・参道手水舎等の修復工事等々、、、、
未だに職人さん方の作業が続く、、
三年間、ずっと工事だったような、、

 

玄関脇の黒竹

書院玄関脇に5尺四方程の坪庭が有る。

 

今年も黒竹が元気に伸びてきた。

 

30年ほど前だったと記憶しているが親戚から黒竹を貰ったのでこの場所に植栽した。

竹は地下茎で増えるので植栽する坪庭にはプラの波板で囲み露地植えした。

 

しかし昨年から少し離れた植え込みからも黒竹のタケノコが顔を出すようになった。

多分、プラ板が腐食して地下茎が伸びたのでは、、、、

申し訳ないがその場所はご遠慮頂いた、、、

 

黒竹は生長しても直径1僂ら2僂頬たない細い竹。

伸び出した頃は緑で普通の竹と区別が付きにくいが秋頃には幹が濃い茶色から黒っぽい色になる。

 

細い竹なので掛け軸を架けたり外したりする矢筈(やはず)や昔はハタキの柄等に利用された。

 

しかし細い竹なので成長期の今頃は垂直に自立できない。

雨でも降ろうものなら皆うなだれてしまう。

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昨日午前中に少し時間が有ったのでガーデニング用のポールで支えてあげた、、、

 

昨晩の嵐のようなお天気でも大丈夫だった。

弱々しく見えるが大変な生命力、、

細く伸び出した枝の先には露が吹き出している。

 

写真は本日のものだが昨日の作業の頃には細かい枝はほとんど伸びていなかった。

もう少し葉が茂ったら間引きをしなければならない。

坪庭全体が竹の葉に覆われてしまう。

 

毎年この時期に季節感を感じる作業。


浄土宗東京教区豊島組総会@傳通院

浄土宗寺院は東京都全体で430余ヶ寺。浄土宗東京教区と称している。
島嶼部を除き10の組で構成され豊島組は文京区を中心に70ヶ寺が加盟。

その本年度の総会が地元、傳通院で開催された。

傳通院山門
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総会は本堂下の講堂で開催
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午後3時から総会に先立ち参務・協議委員会(役員会)を開催

午後4時から御本堂で組長導師によるお別事法要
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御回願後、午後4時半頃に講堂に戻り本年度の総会が開催された。
本年は総会に先立ち地元所轄警察署生活安全課の署員の方から「振り込め詐欺」「特殊詐欺」防止の説明が、、
ご法事等で高齢のお檀家様もお越しになるので防止策を啓蒙して欲しいとの事だった。
東京都で昨年度は1400件、被害総額はおよそ22億円との事。 大変な件数と被害額に驚いた。

総会では議長選任後、昨年度の組の事業報告、決算報告、本年度の事業計画、予算等が議題に、
同様に教化事業等を担当している教化分団、青年会、寺庭婦人会の報告もなされた。
また宗議会、教区議会からの報告も、、

会議は1時間半ほど熱心に審議された。
現役職者は任期4年なので今年が折り返しの年。
私も10年前に組長を仰せつかり4年間勤めさせて頂いた。

午後6時過ぎから繊月会館で懇親慰労会。
和気藹々の中、美味しくお料理を頂戴した。

午後8時15分頃中締めでお開きとなった。

 

例月大護摩厳修

澤蔵司稲荷では毎月一日(ついたち)午前6時から大護摩を厳修。

 

毎日御奉納される護摩木をお炊き上げする。

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初午や節分追儺式、春秋の例大祭での大護摩では御信者様が多くお詣りなので内陣までお入り頂けないが例月大護摩では燃えさかる炎のそばにお近づき頂くことが出来る。

 

東京地方は4月には25度Cを越える夏日が九日もあり月間として新記録。

今朝は夏の祈祷衣を被着しての護摩修行だったがこの季節としては大汗をかかせて頂いた。

 

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ご挨拶後の護摩の釜

普段は本尊壇のみだが修行の時は六壇焚くので護摩壇の釜の直下には水を入れたすり鉢を置いた。

現在は釜が直接護摩壇に触れないように厚さ1冂の耐熱のシートを施してある。

直接だと真鍮プレートの下の木製護摩壇が高熱で炭化してしまう。

 

午前中は朝食後、近隣の御信者様の会社、店舗、ご自宅等へお詣り。

 

最後はマンションにお住まいの御信者宅へ

ベランダからは文京区保護樹林にも指定されている澤蔵司稲荷 鎮守の杜の樹木がよく望める。

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イチョウやケヤキ、ムクノキ等も既に新緑。

 

昼前に戻ったが既に気温は26度Cほどで最後の上り坂はきつかった、、、

いつもの事だが着物姿で電気アシストの無い自転車なので、、、

 

汗をかいたので作務衣に着替え新緑の境内へ。

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「お穴さま」

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この霊窟の御堂や鳥居、周りの江戸時代からの崖地も昨年御信者様のご協力で整備された。

老木の太い枝にも強剪定をかけたので日差しが入るようになった。

 

鳥居の御奉納はまだ場所があるので受け付けは継続中です。

 

写真、中央奥が御信者様のご自宅が有るマンション

この鎮守の杜を撮影したのはその低層階のお部屋のベランダからだった。

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手前はお隣の善光寺さまのご本堂。

昭和20年5月の山手大空襲でもこの鎮守の杜に守られ焼失を免れた。

この場所に立つと体感温度は日向と比べ遙かに低い。

 


お施餓鬼法要厳修

本日は拙寺と私が兼務している寺の合同施餓鬼法要を厳修した。

 

兼務寺は先代御住職が長く病床に伏せていらした事も有りお施餓鬼法要は10年以上中断していた。

その後、拙僧がご縁を頂き約7年ほど前に兼務住職を仰せつかった。

 

お施餓鬼法要はお釈迦様の十大弟子のお一人阿難尊者の修行中のある出来事がきっかけにお釈迦様がお解きになった「救抜焔口餓鬼陀羅尼経」が元となり等しく布施供養をする事がテーマとなり現在に伝えられている。

皆様も身近なお盆もそのテーマは同様で以前は多くの寺院でお盆前後に厳修されていた。

 

しかし施餓鬼供養は元々は自行でもあり期日は問わずおこなわれていた。

その為に特に戦後は気候の好い5月に前倒しをして厳修する寺院が東京では激増した。

現在、東京ではお盆の7月より5月のお施餓鬼法要が多くなった。

 

兼務する光雲寺で再開するに当たっては5月が多くの関係寺院と重なり無理なので4月29日の昭和の日に5年前から厳修を始めた。

拙寺も数年前から墓所の分譲を始めたがお檀家としてご縁を結ばせて頂いた方は澤蔵司稲荷の御信者様や近隣の方も多く壽稜で墓所を建立した方も多い。

 

その為に3年前からは合同で彼岸法要、お施餓鬼法要、十夜法要を厳修している。

 

本日は25度C近くの夏日になったが快晴で心地よい風も吹く中お檀家様をお迎えできた。

 

正午からの受付後にお齊(おとき・お弁当)を召し上がって頂き先日の責任役員会・総代会のご報告と法話をさせて頂きその後、お施餓鬼法要を厳修。

 

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狭い御本堂で玄関への階段も急なので再建も考えている。

お陰様で無事厳修させて頂いた。


江戸消防記念会第四区木遣り親聲会梯子・木遣りの稽古千秋楽

今月20日から始まった江戸消防記念会第四区木遣り親聲会梯子・木遣りの稽古も今晩が千秋楽。

 

午後7時少し前から境内では稽古が始まった。

出初め式やお披露目の時に乗る本梯子(高さ三間半)は稽古始めの時にも締め直したがやはり湿度の加減や稽古で等で緩み締め直し。

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緩いまま乗ると左右に歪み危険との事。

今晩は風も有ったので尚更だろう。

 

午後8時頃には第四区の総代、親聲会会長や四区の頭取中が見守る中、梯子乗り稽古の結果を披露。

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明後日、暦の上では望○で満月。

お月様も綺麗に見守っている中で、、、、

 

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お披露目のあと稽古の無事成就を祝って一本締めで境内の稽古は千秋楽。

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その後、本堂で木遣りの奉唱。

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稽古始めと千秋楽は澤蔵司稲荷御本尊と木遣不動尊の御前で木遣りを奉唱するのが伝統となっている。

 

明日は目黒・祐天寺で江戸消防記念会主催の江戸町火消殉職者慰霊祭がおこなわれ年番(当番)は第四区との事。

連日大変。

明日も本梯子でのお披露目も有るので今晩の稽古も一段と気合いが入り引き締まったのでは。

稽古ご苦労様でした。

 

 

 

PS 4月29日午前8時45分

お伝えしたように明けて本日は目黒 祐天寺境内にて江戸消防記念会主催の江戸町火消し慰霊祭の為に地元二番組の他に三組の纏と本梯子をのせ8時15分頃に出発。

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先頭、右は二番組の纏。

正月の東京消防庁出初め式の凱旋と同様。

お気をつけて!

 

 


副住職の京都土産

浄土宗総本山知恩院や各大本山では宗祖法然上人の御忌大会(ぎょきだいえ)が厳修されている。

昨日は関係寺院のご住職が唱導師をお勤めになられ副住職は京都へ。

盛大に厳修されたと報告も有った。

しかし東京も昨日まで夏日で暑かったが京都は二日間30度Cを越える真夏日で大変だったようだ。

 

本日、東京へ戻ったが私の大好物の小鯛雀寿司をお土産に、、、

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京都は鯖寿司が有名。

江戸時代は流通も現在と比べ格段に悪く若狭湾で獲れた鯖の酢締めと北前船で北海道からの昆布を京都に運び鯖寿司にしたと聞いている。

 

瀬戸内海で獲れた小鯛を酢締めにした小鯛雀寿司は大阪が本場だが今回は京都の小鯛雀寿司を。

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丁度、巻いてから8時間ほどが経ち昆布との熟れ具合が抜群の時間に頂くことが出来た。

巻いてあった昆布を取り12貫に切る寸前。

 

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心遣いと自然の恵みに感謝して美味しく頂いた。

 

小鯛雀寿司とは小鯛の鱗(皮)の文様がスズメの羽の文様に似ているからと聞いている。

 


江戸消防記念会第四区木遣親聲会 梯子乗りと木遣の稽古始め

今晩から恒例の江戸消防記念会第四区木遣親声会の梯子と木遣り稽古が始まった。
毎年4月下旬には親声会の木遣と梯子乗りの稽古がある。

筒先・道具中は6時半頃から梯子の締め直し

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今春出初め式で新調した三間半の本梯子も締め直し

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稽古用の低い梯子は足場パイプに固定される。

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足場パイプに固定された低い稽古梯子での稽古

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三間半の本梯子も立ち上がり長鍵(鳶口)で12人が支える。

 

午後7時半過ぎからは本梯子で頭取中が見守る中、稽古始めの披露

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昨年は普賢像の八重桜は満開だったが今年はすっかり葉桜に、、、


第四区木遣親聲会会長から激励の挨拶と稽古始めの手締め


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お披露目後、梯子は境内裏の倉庫にしまわれ頭取中も本堂へ

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その後、澤蔵司稲荷本堂で木遣りの奉唱
初日と千秋楽は本堂での木遣り

28日が千秋楽

危険な梯子乗りなので安全を祈念


本日の境内

本日も都内は暖かく穏やかなお天気だった。

明日からまた天気が悪くなるとの予報も有り先ほど境内へ、、

 

まさかと思い気が付かなかったが紫木蓮がすでに満開

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例年だと今頃はまだ蕾。

今春は全ての花が十日ほど前倒しで咲いたり満開になったり、、、

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昨年舞い落ちたもみじの種から双葉が沢山芽吹いているので下ばかり見ていたか(^_^;)

 

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植え込みの中では私にとっては名も知らぬ花たちも、、

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藤の花も散りだした。

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すっかり新緑に、

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昨日は春の嵐

昨日は一日中強風が吹き荒れた。

 

ソメイヨシノはすっかり葉桜になったが満開の普賢像八重桜の花は持ち堪えてくれた。

 

しかし境内にはソメイヨシノの萼が相変わらず大量に落下、、、

朝の勤行前後にも掃除をしたが午前中に再度の掃除。

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参道脇の植え込みや小砂利に落ちた萼は電気ブロアーで、、、

もみじの新芽がたくさん芽吹いているので竹箒では可哀想。

これで45箸離乾濛泙飽貘淅勝

 

植え込みに健気に可憐な花が、、、

人間が勝手に雑草のジャンルにひっくるめた花達、、

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ちょっと可哀想なのでそのままに、

先日、タンポポ等をむしっていたところに降園時に寄った外孫に見つかってしまい「可哀想!」と私から取り上げ水掛観音前の花入れにお供えをしていた。

自然の営みとの接し方は難しい。

 

書院前に咲く満開の藤の花には多くのミツバチや大型の蜂も、、

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流石に昨日の強風では来なかったが本日はお日柄も良く大勢が、、

しかし、このほのかな香がよく分かるもんだ。

どこから飛んできたか聞きたくなる。

 


薫風快晴

本日は高気圧に覆われ穏やかな快晴。

明け方は放射冷却で肌寒かったが現在気温は18度。

 

境内のソメイヨシノはすっかり葉桜になりもみじも緑を増した。

1

植え込みの中や参道石畳脇には昨年紅葉と共に舞い落ちたもみじの種が既に二枚の本葉になり多数育っている。

果たして何本が大きく育つか、、、

 

石垣上部の玉垣脇の普賢像の八重桜は満開。

2

例年より10日ほど早いか、、

 

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本堂脇の藤もほぼ満開。

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良い香りと共にミツバチも沢山来訪。

 

6

 

普賢像の八重桜と藤の花はもう暫くお楽しみ頂けるのでは、、、、


澤蔵司稲荷 春季例大祭 厳修

本日はお釈迦様の降誕日「花祭り」ではあるが澤蔵司稲荷では春季例大祭を厳修。

 

毎年、春季例大祭の時のみ奥の御神殿に奉安されている「澤蔵司稲荷御尊像」を朝の勤行前に内陣お厨子に御遷座頂いたく。

お前立ちの十一面観世音菩薩様は手前脇に、、

1

 

ご案内の通り正午(午の刻)から大護摩の御祈願。

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朝から穏やかな晴天に恵まれ多くの御信者様がご参拝。

 

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4

 

お陰様で法類御住職方にも御随喜頂き無事に成満することが出来た。

本日のみのご開帳なので御信者様にも厳修後は内陣にお入り頂き澤蔵司稲荷御尊像を間近に接しお詣り頂いた。

 

お帰りには境内の満開の垂れ八重桜や普賢像の八重桜、ほぼ満開の藤の花もお楽しみ頂けたのでは、、

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先ほど後片付け後に撮影したので日陰になってしまった。

全ての花の房が開いたら再度ご覧に入れたいと思っております。

 

本日はご参拝有り難うございました。

 


明日は澤蔵司稲荷 春季例大祭

昨日は春の嵐のような強風が吹き境内には大量のソメイヨシノの萼が落下した。

 

萼は桜の花びらを支えていたサクランボの棒のようなもので一輪に一本、、

2

大量に落ちるので参道石畳は赤い絨毯に、、、

 

本日午前中は穏やかなお天気だったので参道の石畳に落ちた萼を電気ブロアーで吹き飛ばして集めた。

1

毎年、この時期と秋の落葉の頃に出番となる電気ブロアー。

これを竹箒で掃くと本当に大変、、

これで45箸離乾濛泙飽貘淅召曚鼻

しかも重い、、、、

 

電気ブロアーは風で飛ばすので植え込みの中の苔やこの時期に生まれる様々な新芽を痛めない。

 

玄関前で見つけた「ド根性もみじ」

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既に双葉から本葉に育っていた。

これも竹箒だとむしり取ってしまったかも、、

 

境内のもみじから落葉の時に羽根のついた種が舞い落ち新芽に。

今頃、大量に境内に芽吹く。

元気に大きく育つのは数本。

 

5

これは違う種類のもみじ。

副住職が中学生の頃に傳通院境内の植木市で気に入り購入。

赤いのは花。 もうすぐ羽根のついた種になり夏を越す。

 

藤の花も一週間ほど例年より早く盛りに、、

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藤棚では無い小さな藤の木ですが戦災に遭っていないので樹齢は不詳。

 

正面階段付近に幟を建てたが午後からは曇り空に、、

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風も強くなってきた。

明朝、参道にはまた大量の萼が落ちているのでは、、

 

明日、正午から春季例大祭の大護摩厳修の予定。

3

お天気も良さそうですので八重桜等のお花見を兼ねご参拝下さい。

 

 


江戸町火消 元・六番組 月例会(定式)

毎月、お伝えしているが江戸町火消し「六番組」であった「元六番組」「元六睦」の月例会。

六にちなみ毎月六日に澤蔵司稲荷書院で開催されている。

 

所属、元・六番組の頭取中(組頭・副組頭・小頭) が集まる。


江戸時代の町火消しの組織「いろは四十八組、本所深川十六組」は明治時代になり明治5年に「市部消防組」として改編。

その後、近代消防に移行したことに伴い江戸時代の火消しの文化・伝統等を継承する為に江戸消防記念会の前身組織が明治後期に組織された。
現在の「一般社団法人 江戸消防記念会」は 全体で11の区で組織されている。

 

 

小石川の地元は現在、江戸消防記念会第四区で二番組だが江戸時代には六番組「な組」として町火消しを担っていた。
その江戸時代の「六番組」はその組織を継承するために現在でも「元六番組」「元六睦」として現在の江戸消防記念会第四区とは所属がダブる組とダブらない組もあるが受け継がれている。
第四区では「な組」(現・二番組)「む組」(現・七番組)「う組」(現・二番組)が所属。
第三区と第九区の一部が近年復活して組頭・副組頭・小頭等30名ほどの頭取中がお集まりになるので書院も手狭、、、
 

1

我々は会議での開式・閉式はお十念だが頭取中は開式は一本締めで既に開始されていた。

 

一ヶ月間の報告や御礼等が、、、

本年は江戸町火消が制定されて三百年の年に当たり様々な記念式典もあるようだ。

 

閉式後、目黒・祐天寺に奉安されている木遣塚へお詣りに、


2

袢纏の腰の部分の白抜きの本数で何区か識別できる。
第四区は四本、第三区は三本、第九区は九本。
奇数の区は直線で偶数の区は曲線で波打っている。
役袢纏と呼ばれているが組頭・副組頭は肩からの赤(朱色)の線は二本、小頭は一本で火事場での指揮系統は一目瞭然だった。

役袢纏の白抜き四本は第四区の頭取中

3

 

4

 

お見送りしたあと藤の木を見たらかなり開花していた。

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例年よりも一週間以上早い。

良い香りもして風は強かったがミツバチが沢山、、、

どうして分かるのか、、、、

 


八重桜「普賢像」も開花

江戸時代に造営された公道に面する石垣が老朽化して危険になったので12年程前に解体修復工事を決断。

解体した間知石の数は1500個を越え組み直して元通りに、、

 

その際、境内上部にあった数本の古木の桜は移植が出来ず心ならずも伐採をしてしまった。

その為に解体修復工事後に元の姿を取り戻すべく数本の若木の桜を植栽。

境内には戦災にも遭わず残ったソメイヨシノは綺麗な花を咲かせるので少し開花の遅い垂れ桜等を植えた。

 

1

玉垣奥は八重の垂れ桜。 今が満開。

手前は普賢像の八重桜。 昨日から開花を始めた。

やはり例年より一週間ほど早い。

 

2

時間が悪かったので若干逆光気味だが、、、、

 

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ふくよかな八重桜。

雄蕊が普賢菩薩がお乗りになっている象さんの牙に似ているので「普賢像」と名付けられたとも、、

 

まだほんの一分咲き程度なので三週間ほど楽しませてもらえる。

 

もう一本の昔からある八重桜。

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開花した普賢像よりも数日早く開花を始めた。

石垣解体修復工事の時に重機(クレーン車)の作業のために下部の枝を強剪定してしまったので花の咲いている枝は高すぎて普賢像か否かは確認出来ない。

 

八重の垂れ桜は濃いピンク色だが普賢像は花が充分に開くと真っ白になるので青空の下ではとても素晴らしい。

 

来る八日の澤蔵司稲荷春季例大祭は快晴になる事を期待。

 

 


電気ブロアー 初出動

昨日も暖かだったが本日は都心部でも気温が25度Cを越える正真正銘の夏日。

 

30年ほど前の境内庭園灯設置工事の時に各ポールに付けたAC電源のコンセント。

午後四時過ぎから少し南風が収まったので今季初の電動ブロアーでの境内掃除。

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ほんの数分でこんなにも、、、

ソメイヨシノの花びらは吹きだまり程度でどこかに飛んでしまっていっていた。

 

この電気ブロアーは既に四代目、、

布の袋を付けて粉砕して吸い込むことも出来るが重くなるので私は吹き飛ばし集めて袋に詰める。

 

これからは桜の花びらを支えていた萼が落ちる。

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これは風で飛ばないので毎年厄介者、、、、

 

満開の時にお詣りの方々にもお楽しみ頂いたので仕方が無いが集めて袋に入れると結構な重さに、、、

 

暫くこの桜の萼との戦いが続く、、、、、

 

 


境内点描

境内のソメイヨシノは今日も初夏のような微風で桜吹雪になっていたがほぼ葉桜の姿に、、

 

替わって正面階段脇と石垣南東側の八重の枝垂れ桜は満開に。

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澤蔵司稲荷は傾斜地にあり石垣に囲まれているので石垣を越え道路側にまさに垂れる桜が欲しかった。

まだ多分25歳くらいの若木。

 

2

 

普賢像の八重桜も五分咲き?

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もう一本はまだ蕾の状態、、、

満開になったらご報告予定。

多分、澤蔵司稲荷春季例大祭の頃に満開になるのでは。

 

ちょっと時間が合わず日陰になってしまったが書院前の藤も開花。

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例年だと京都東山 浄土宗総本山知恩院の御忌大会(ぎょきだいえ)の4月中旬に満開になるので二週間ほど早い。

 

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澤蔵司稲荷春季例大祭の案内ハガキ

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八重桜や藤の花の満開の頃にご参拝頂けるのでは、、、 

お待ち申し上げております。

 


例月大護摩厳修

澤蔵司稲荷では毎月一日(ついたち)午前六時から例月大護摩を厳修。

 

今朝も毎日ご奉納される護摩木を焚き厳修。

祈祷帖に記載のご信者様のお名前をお読み上げしてその心願成就を祈願。

 

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別当寺である慈眼院は浄土宗なので白の衣を被着する事は無い。

しかし護摩や御祈願の時には使用。

 

今朝は風向きのせいか内陣上部の煙抜きから護摩の煙があまり抜けず堂内にこもった。

 

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澤蔵司稲荷の春季例大祭は4月8日(日曜日)

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本年は花祭りと重なってしまったが正午(午の刻)から大護摩を厳修予定。

年度初めの例大祭ですので是非ご参拝頂きたい。

 

境内のソメイヨシノは葉桜かと思いますが八重の枝垂れ桜や普賢像の八重桜は満開と思われますので是非!

 

PS 境内の桜のライトアップは今晩で終了予定。

  多くの方々にお楽しみ頂きましたが次回は秋の紅葉のライトアップ。

 

 


稲荷蕎麦 萬盛

月末の晦日には傳通院前の稲荷蕎麦 萬盛(まんせい)さんに蕎麦を手繰りに行く事がある。

 

本日は仕事の都合でお邪魔することが出来なかった。

 

たまたまフェースブックの回顧で昨年の本日の記事がヒットしたので見た。

 

昨年の本日はお昼にお蕎麦を手繰りにお邪魔したようだった。

敢えて刻み海苔をのせない注文で、、、

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まだ午後3時半過ぎだが美味しそう(^_^)

 

本年の境内のソメイヨシノの開花は早かった。

稲荷蕎麦萬盛さんの先代は澤蔵司稲荷の御総代もお勤め頂き境内の江戸時代の石垣解体修復工事後にはソメイヨシノを記念に植樹下さった。

年月が経ち大きくなり今年も綺麗に艶やかに咲いてくれた。

毎年、開花すると逆向きに伸びているような枝を剪定して店内に飾って頂いている。

これも昨年の写真

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本年は早く開花したので10日ほど前に剪定した枝を差し上げた。

 

お邪魔できなかったので拝見することは出来なかったが、、、

 

営業日には開店前の初釜(初茹で)のお蕎麦が奉納される。

江戸時代から続いている。

これは本日のお蕎麦

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店内でもほんの少し小さめの箱で「箱蕎麦」のお品書きで召し上がることが出来る。

 

私は子供の頃から御奉納のお蕎麦と身についているので自坊で頂くときは他の器に取り出してから頂いている。

店内でも私自身はこの箱(奉納とは書いてない)から直接手繰る事は出来ない、、

 

皆様はどうぞご遠慮なく!!

どんな感じかな??


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