本日も澤蔵司稲荷御信者様をお迎えし御祈願。
夕方には隅田川を渡り大相撲が開催されている両国方面へ。
現在の両国国技館の近くにある回向院へ向かった。
昨日のブログでお伝えしたように様々なお心遣いを頂いたのでご挨拶。
両国・回向院の御本尊

江戸時代、明暦の大火(約350年ほど前)(振り袖火事)により多くの犠牲があった。
時の将軍・家綱公の命により建立されたとされる。
詳しくは「回向院」のHPをご覧頂きたい。
その後、深川の長専院・不動寺へ。
毎年、正五九(正月・五月・九月)17日に「出世不動尊」の大護摩修行が厳修され太鼓を
叩きに出仕している。
浄土宗には護摩の行場が無いので35年以上前に長専院住職と天台宗で護摩修行の
伝授を受けた。住職とは浄土宗の行を含め40年来の同行。
到着すると御本堂は見慣れない大きな「素屋根」で覆われていた。

左は不動堂。
実は昨年10月22日の御十夜法要の時に住職から本堂の耐震工事をするとお聞きしていた。10月下旬から工事が始まったようだ。
改修工事前の御本堂の写真がある十夜法要の時のブログ。
護摩の前に拝見したが小屋束(こやねづか)・母屋(もや)・垂木(たるき)等、本堂の屋根材も古いものと組み合わせ耐震構造にするとの事。従来の屋根瓦は軽量化を図り銅葺きになる。
素屋根の中で屋根組がむき出しになっていた。
長専院本堂は昭和20年3月10日の空襲で消失して先代住職が昭和26年物資・木材の不足する中、壇信徒のご協力を頂き建立された御本堂を木造のまま存続したい住職のお心が伝わった。
仮本堂(仮安置場所)。
御本堂の阿弥陀如来様等は書院二階の和室大広間の床の間を利用して設えてあった。

素敵な雰囲気を醸し出していた。さすがに伝統を重んじた和室には阿弥陀様をお迎えしても似合う。
午後7時から例年通りの護摩修行。

毎回の事だが長い時間、太鼓を叩かせて頂いた。1月の今晩の太鼓だけは汗をかかないで済んだ。
9月の大護摩の模様。
夕方には隅田川を渡り大相撲が開催されている両国方面へ。
現在の両国国技館の近くにある回向院へ向かった。
昨日のブログでお伝えしたように様々なお心遣いを頂いたのでご挨拶。
両国・回向院の御本尊

江戸時代、明暦の大火(約350年ほど前)(振り袖火事)により多くの犠牲があった。
時の将軍・家綱公の命により建立されたとされる。
詳しくは「回向院」のHPをご覧頂きたい。
その後、深川の長専院・不動寺へ。
毎年、正五九(正月・五月・九月)17日に「出世不動尊」の大護摩修行が厳修され太鼓を
叩きに出仕している。
浄土宗には護摩の行場が無いので35年以上前に長専院住職と天台宗で護摩修行の
伝授を受けた。住職とは浄土宗の行を含め40年来の同行。
到着すると御本堂は見慣れない大きな「素屋根」で覆われていた。

左は不動堂。
実は昨年10月22日の御十夜法要の時に住職から本堂の耐震工事をするとお聞きしていた。10月下旬から工事が始まったようだ。
改修工事前の御本堂の写真がある十夜法要の時のブログ。
護摩の前に拝見したが小屋束(こやねづか)・母屋(もや)・垂木(たるき)等、本堂の屋根材も古いものと組み合わせ耐震構造にするとの事。従来の屋根瓦は軽量化を図り銅葺きになる。
素屋根の中で屋根組がむき出しになっていた。
長専院本堂は昭和20年3月10日の空襲で消失して先代住職が昭和26年物資・木材の不足する中、壇信徒のご協力を頂き建立された御本堂を木造のまま存続したい住職のお心が伝わった。
仮本堂(仮安置場所)。
御本堂の阿弥陀如来様等は書院二階の和室大広間の床の間を利用して設えてあった。

素敵な雰囲気を醸し出していた。さすがに伝統を重んじた和室には阿弥陀様をお迎えしても似合う。
午後7時から例年通りの護摩修行。

毎回の事だが長い時間、太鼓を叩かせて頂いた。1月の今晩の太鼓だけは汗をかかないで済んだ。
9月の大護摩の模様。