<< 皐月晴れ&新緑 | main | 普請ばかり、、、 >>

境内からもう一枚の「板碑」が、、、

「板碑」(いたび)とは戦国時代の武士の間に広まった浄土信仰と深い関係が有り鎌倉時代から家康公が江戸を開くまではまさに戦乱の時代であり武士達は常に戦いで死と直面していた為に多くの板碑が建てられた。
戦いでは常に死と直面し、いつ死ぬか分からない不安、生きる為には人を殺さなくてはならない罪の意識、このような生活・社会的な背景で浄土教の信仰と結びつき板碑が14世紀頃には盛んに建てられたと伝えられている。
江戸時代になり比較的に世の中が安定して建立されなくなったとも、、、

先日もお伝えしたように境内の整備でその「板碑」が見つかり先日旧社殿跡の近くからもう一枚見つかった。

この場所も昭和20年5月の空襲での被災を免れた場所。

板碑
高さ40センチほどの板碑。
読めるのは中央上の阿弥陀如来の梵字のキリーク。
その下にはかろうじて観音菩薩・勢至菩薩の梵字らしきものも、、、

本日午前に地元教育委員会文化財保護係の学芸員の方が訪れ鑑定。
間違いなく14世紀の板碑との事。
調査と鑑定の為にお持ち帰りになられた。

傳通院の前身である寿経寺は1400年代に浄土宗七祖了譽上人が建立された。
現在の播磨坂付近にあった。
もしかするとこの小石川台に傳通院が建立される前に慈眼院・澤蔵司稲荷の地にはお寺が存在していたのではと想像が膨らむ。

PS
学芸員の方からは文化財ほどの貴重な物なので露天では風化や盗難の恐れが有るので是非屋内でとの進言もあった。
そうなると境内のどこかに小振りのお堂を建立して保存か、、
まあ鑑定結果が出るのには時間がかかると思う。
どうしようかな、、、
本堂等の改修工事で思わず発掘された貴重な板碑、、、
見つけてくれと言わんばかりの仏縁。今後の課題。

コメント
コメントする









calendar
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< May 2018 >>
新着ブログ
ブログ内 検索
月別 過去ログ
最近のコメント
links
profile
others
mobile
qrcode