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本郷 昌清寺 施餓鬼法要 説教席

昨日は未明から冷たい雨がかなり強く降った一日で若干肌寒かった。

 

本日は朝から快晴で爽やかなお天気。

本日は正午過ぎから文京区本郷に向かった。
ちょうど出かける時に副住職が所用から車で戻ってきたので送ってもらった。ラッキー。

毎年だが昌清寺の例年5月27日に厳修されるお施餓鬼法要のお説教の席を頂いていた。

距離的にはそんなに遠くは無いのだが小石川台を下り後楽園から本郷台を上るので車は有り難かった。

昌清寺様は自坊の先代住職(私にとっては師僧でもあり実父)も昭和31年から37年間、
85歳までお説教席にはお邪魔をしてた。
まさに現・御住職や副住職さんを含め親子三代に亘るご縁、、、、

昌清寺は山門を入るると駐車場の脇に松尾芭蕉公の「花見塚」の句碑が有る。
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この「桜狩り きとくや 日々に五里六里」の句は元禄元年(1688年)に詠まれた句とされ寛政八年(1796年)に初代の「花見塚」が建立されたと伝わっている。
さすが芭蕉公は健脚だった、、、

しかし塚は長年の風雪や昭和20年の空襲の被災で壊れてしまっていた。

先代御住職は句碑の記述がある「茗荷図絵」を東京大学の図書館で閲覧して昭和59年に復元、建立された。
先代御住職も自慢されていた。

慈眼院・澤蔵司稲荷の境内にも芭蕉公の句碑が建立され現存しているのでいつも気になり一枚パチリ、、、
説明の銘板も新しくなっていた。

芭蕉公は伊賀のご出身で昌清寺の近くの壱岐坂に戸田権大夫公のお屋敷が有り同郷という事で良くお出かけになられ自坊の境内の句碑「一時雨 礫や降って 小石川」をお詠みになったとも伝わっている。

境内の案内板
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時間があったので墓所もお詣り、、
合祀墓「倶会堂」の観音様もお出迎え、、、
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二年前に「昌清寺 開創400年」と浄土宗宗祖法然上人の「800年大遠忌」を記念して建てられた書院新玄関
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お説教は午後1時からだがお檀家様は正午前にはお集まりになり「お齊 おとき おしのぎ」のお食事中なので境内は静か、、

ご本堂で御本尊様に御挨拶
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外陣飾りの餓鬼壇。本来は「五如来壇」とも呼ばれている。
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「三界萬霊」のお位牌と共に「戦争 戦災 地震」等で亡くなられた諸々霊位のお位牌も、、

まだ早すぎたのでお供物等はお供えでは無かった。
一番右側は400年続くお檀家様の「過去帳」

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元和元年の開創以来の過去帳。

副住職にお聞きするとこれは複写(書き写し)した過去帳で現存する本物の過去帳は大切に金庫に保管されているとの事。

昭和20年4月の山手大空襲でもご本尊様と共に被災を免れた。

 

早めにお越しになってお昼(お齋 おとき)を召し上がったお檀家様へは昌清寺開山や開基をご紹介しているDVDを上映。

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簡潔にまとめられている画像でお檀家様と拝見してしまった。


午後1時から法要までの約50分間ほどお説教の席でお話をさせて頂いた。

準備していたお話よりもアドリブが多くなりすぎたか、、、
満堂のお檀家様も熱心にお聞きくださり感激。


お弁当のお齋(おとき)を済まされ一番眠くなる時間、??

昌清寺は武蔵野台地の東端の本郷台、後楽園のドーム球場を挟み西側の自坊の高台は小石川台。
昔は後楽園方面に高い建物も無く自坊境内からは昌清寺様方面はまる見え、、、
しかし坂道だらけなので帰りはTAXIで、、、、 

初めて知ったが最近のTAXIは初乗りが410円と安くなったがワンメータの距離も短くなりちょこちょこメーターが上がり以前はワンメータだったが料金はほとんど変わらなかった、、、

 

早めに出かけたので毎年お檀家様にお出ししている江戸文久年間創業の老舗割烹「日本橋とよだ」(昌清寺お檀家さまのお店)のお弁当を一つおねだり、、

帰寺して頂戴した。

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別にお土産に頂戴した地元・湯島の京風「笹巻すし」
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毎年頂戴するがこちらは夕飯でのお楽しみ、、、
このお寿司も大好物、、、、

 

お陰様の一日。 感謝

今月はあと三ヶ寺のお寺のお説教の依頼がある。


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