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江戸町火消の「纏 まとい」のミニチュアセット

先日、お付き合いのあるお寺の御住職から連絡が、、

 

お寺でご総代をお勤めの方の由緒ある建物(お宅)が諸般の事情により解体される事になり歴史的な建造物なので区の教育委員会が調査(測量等)に来られるので立ち会いをお願いされたようだった。

 

立ち会いに行くと長押に「纏」の入った額に目がとまり江戸町火消に縁がある私の所に如何かとの連絡だった。

 

一昨日、お盆の棚経でお忙しいのにわざわざお届け頂いた。

 

1

一つの纏は10センチほどで40基が第一区から第六区まで並べられていた。

 

2

「江戸の華」と称され桐の板の上に整然と。

 

3

私の地元、第四区も、、、

「な組」のお馴染みの纏も有った。

 

昨日たまたま江戸消防記念会第四区総代をお勤めの二番組高柳組頭(元・江戸町火消 な組 御殿町)がお出でになられた。

早速、本堂にご案内して説明を頂いた。

 

江戸町火消はいろは四十八組と本所・深川の十六組だが全部で40基なので不思議に思っていた。

 

ご説明によるとこの纏群の組織は明治5年に近代消防に移管され「市部消防組」と新しく組織された時の組とその纏との事だった。

明治になり加盟しなかった組や上野戦争で彰義隊の敗退で匿ったり退路を確保したりして廃組になったところも有るとお聞きした。

 

その後、江戸の伝統を守るべく明治後期に現在の江戸消防記念会の前身で有る組織が結成され様々な経緯を踏み戦後の昭和27年以降に現在の組織になったと。

 

このミニチュアは10センチ程の小型だが纏の陀志(ダシ)(各組を象徴するデザイン)も正確で子細に表現されていて一つ一つには蛙股(火事の時に家の棟瓦に立たせる金属製の開いた足)もあり当時の歴史を知るには貴重なものだと、、、

 

額の左下には「浅草 仲見世 助六」と有るが現在は存在せず土産用ではなく特別に制作された物だろうとご説明が有った。

 

 

ご参考に本堂に奉安されている纏を再度ご紹介。

4

 

この纏は二番組(御殿町)の組頭高柳家に伝わる纏。何回か修理もされた。

二番組の組の纏は組頭宅玄関に飾られている。

 

上部、陀志(ダシ)の部分

5

陀志は桐の板製で中空で軽くしてある。

バレンの四本線は明治以降、第四区になってから。

江戸時代は当然、この四本線は無かった。

 

一番下部の蛙股。

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額の中の約1/20程のミニチュアでもここまで細かく表現されていた。

 

本物は25キロほどの重さで組の纏よりも重く振るのは大変だとお聞きした事も、、

毎年10月に執行される木遣り不動尊祭では境内参道で木遣りと共にこの纏で纏振りが披露される。

 

また毎年、暮れには煤払いを行い正月の玉飾りもつけられ新年を迎える。


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