<< 本所横川 霊性院 お施餓鬼法要 説教席 | main | 西巣鴨(庚申塚) 西方寺 施餓鬼法要説教席 >>

本郷 昌清寺 お施餓鬼会法要 説教席

本年の5月は東京地方は豪雨の日もあれば23日から昨日までは30度℃を超える真夏日が続いていた。

昨日は北海道帯広方面は37度を超える異常なお天気。

 

今朝も都内は早い時間に26度℃を超え真夏日になるとの予報が出ていた。

本日は正午過ぎから文京区本郷に向かった。

毎年、5月27日は本郷壱岐坂の昌清寺様のお施餓鬼法要の説教席を頂戴している。

距離的にはそんなに遠くは無いのだが小石川台を下り後楽園から本郷台に登るので車で、、、


昌清寺様は自坊の先代住職(私にとっては師僧でもあり実父)も昭和31年から37年間、
85歳までお説教席にはお邪魔をさせて頂いていた。
まさに現・御住職や副住職さんを含め親子三代に亘るご縁、、、、

昌清寺は山門を入ると駐車場の脇に松尾芭蕉翁の「花見塚」の句碑が有る。

1

この「桜狩り きとくや 日々に五里六里」の句は貞享5年(1688年)に吉野で詠まれた句とされ寛政八年(1796年)に初代の「花見塚」が建立されたと伝わっている。
さすが芭蕉翁は健脚だった、、、

しかし塚は長年の風雪や昭和20年の空襲の被災で壊れてしまっていた。

先代御住職は句碑の記述がある「茗荷図絵」を東京大学の図書館で閲覧して昭和59年に復元、建立された。

その頃に所用でお邪魔をすると用件はすぐに終わったが先代様からよく苦労話を伺った。


先代御住職も苦労された句碑を自慢されていた。 笑顔が忘れられない。

2

慈眼院・澤蔵司稲荷の境内にも芭蕉翁の句碑が建立され現存しているのでいつも気になり一枚パチリ、、、

芭蕉翁は伊賀のご出身で昌清寺の近くの壱岐坂に戸田権大夫公のお屋敷が有り同郷という事で良くお出かけになられ自坊の境内の句碑「一時雨 礫や降って 小石川」をお詠みになったとも場所とも伝わっている。

時間があったので墓所もお詣り、、
墓所中央の合祀墓「倶会堂」

右わきには歴代墓も、

2

昨年は先代ご住職の23回忌も厳修された。

 

墓所入り口のお地蔵様

3


4年前に「昌清寺 開創400年」と浄土宗宗祖法然上人の「800年大遠忌」を記念して建てられた書院新玄関
4

お説教は午後1時からだがお檀家様は正午前にはお集まりになり「お齊 おとき おしのぎ」のお食事中なので境内は静か、、

ご本堂で御本尊様に御挨拶
5

徳川家康公の念持佛とも伝わる身丈三尺の素敵な阿弥陀様。


外陣飾りの餓鬼壇。「五如来壇」とも呼ばれている。
6

「三界萬霊」のお位牌と共に「戦争 戦災 地震」等で亡くなられた諸々霊位のお位牌も、、


一番右側は400年続くお檀家様の「過去帳」

7

元和元年の開創以来の過去帳。

副住職にお聞きするとこれは複写(書き写し)した過去帳で現存する本物の過去帳は大切に金庫に保管されているとの事。

昭和20年5月の山手大空襲でもご本尊様と共に墓所中央の合祀墓に先代ご住職が納め被災を免れた。

 

昨年の先代23回忌法要の時に話題になった善導大師さまと法然様の額。

ご本堂内と裏堂との境(長押の上)の出入り口頭上に掲げられている。

 

昭和50年代に先代住職が日本橋高島屋の地下での骨董市に出かけ法然様のお姿が描かれたこの額を見つけられた。

9

ご先代様は必ず対でもう一つあるはずだから探してほしいとお願いしたがその時は見つからず。

 

後日、連絡があり高島屋に出かけると善導様のこの額が、、

8

高祖善導様と宗祖法然様の二祖様が揃われたとお喜びになられたことは当然。

この二つの額を近づけると「二祖対面」のお姿。

素晴らしい仏縁で昌清寺さまに奉安されることに、、

このお話もお檀家様にご紹介することが出来た。

 

午後1時から法要までの約50分間ほどお説教の席でお話をさせて頂いた。

準備していたお話よりもアドリブが多くなりすぎたか、、、
満堂のお檀家様も熱心にお聞きくださり感激。


昌清寺は武蔵野台地の東端の本郷台、後楽園のドーム球場を挟み西側の自坊の高台は小石川台。
昔は後楽園方面に高い建物も無く自坊境内からは昌清寺様方面はまる見えだった、、
 

お陰様の一日。


コメント
コメントする









calendar
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< August 2019 >>
新着ブログ
ブログ内 検索
月別 過去ログ
最近のコメント
links
profile
others
mobile
qrcode