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世田谷 喜多見 慶元寺 お施餓鬼法要説教席

本日は世田谷区喜多見 慶元寺のお施餓鬼法要の説教(法話)席を頂いていた。

高速道路もお陰様でスムースだったが首都高3号線は渋谷の先で中央環状線が完備されたので東名高速への下り線は大崎JCTで合流がある為にこの区間だけ渋滞が発生するようになった。

 

逆に上りは中央環状線経由で湾岸や東北道へ都心環状線を利用せず行けるようになった。

その為、自坊に帰るときには都心環状線、谷町JCTへの渋滞は激減した。

 

予定よりも早く50分ほどで到着。
時間に余裕が有ったので境内のお詣り。

慶元寺参道。
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世田谷の古刹なので境内も広大、、 

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参道横の江戸太郎重長公にもお詣り
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江戸氏は慶元寺の開基とされ太田道灌公の時代に活躍。

江戸時代に江戸家から喜多見家に改姓された。

江戸の地名(名称)の原点となったお名前。

 

開創された頃は天台宗だったが江戸時代に改宗され三代将軍家光公から御朱印地を賜り歴代将軍からも御朱印を賜った古刹。


山門

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参道の中間なので昔は「中門」だったか、?
250年ほど前の宝暦5年(1763年)建立と伝わる。

額には山号の「永劫山」と刻まれていた。

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広大な墓所の奥には立派な三重塔
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境内に10数年ほど前に新築された「薬師堂」
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斎場等にも使われる多目的の御堂と以前お聞きした。

 

境内にはお盆の14日・15日に開催されるみたま祭り盆踊りの櫓も、、

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櫓の最上部は太鼓で下はチビちゃん達も浴衣姿で上り踊りがご披露できるようだ。

慶元寺様は幼稚園も併設され幼児教育にもご熱心。

 

その脇の鐘楼堂

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こちらも約250年前に山門と同じく建造された。


慶元寺ご本堂
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享保元年(1716年)の建立されたと伝わる世田谷区では最古の木造建築。
ちょうど300年ほど前。

慶元寺さまには飛び地の喜多見不動尊の冬至に厳修される「星祭り」の護摩修行には昭和50年頃から30年以上お招きを頂き太鼓を叩いていた。

およそ28年ほど前に再建された書院。
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落慶式の時には御案内頂きお祝いにお邪魔をした書院の玄関、 立派。

 

御本尊様へお詣り

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座像で中品中生の印を示される珍しいお姿。

 

施餓鬼壇・五如来壇

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午後1時半から一時間の時間を頂きお説教(法話)。
ご本堂には詠唱の方々も多く喜多見不動尊の護摩供(星祭り)でお会いしていた懐かしい方々にもお会いできた。

午後3時頃においとましたが帰路も高速道路は渋滞もなく50分ほどで帰寺出来た。

喜多見付近は道路が複雑で毎回、ナビの案内が異なる、、、、

往路は指示をされたナビを無視して世田谷通り経由、帰路はナビの指示通り複雑な裏道経由だったが無事に環八に出ることが出来た、、、

 

首都高を西神田で降りたが路面はかなり濡れていた。

お檀家様は濡れずにお墓参りを済ませご自宅にお戻りになることが出来たか、、、


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