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練馬区光が丘 仲台寺 施餓鬼会 説教席

本日は練馬区光が丘公園の近くの仲台寺へ

 

東京地方は7月に入り雨や曇りばかりで一昨日までの7月の日照時間が5時間未満の新記録を更新と報じられていた。

 

しかし17日は満月だったが奇跡的に午後から晴れ間が覗き綺麗なお月様を拝むことが出来た。

 

ただ現在、東シナ海を台風5号が北上中で梅雨前線を刺激して本日は荒れた天気になると昨晩の予報だったが昼前から晴れ上がった。

 

午前11時過ぎに出発したが気温は30度C未満、、、

毎年猛暑で特に練馬区は東京23区の中でも気温が一番高くなる場所で昨年は36度Cほどになった。

 

仲台寺は戦後までは田端の近くに有ったが都市計画(区立小学校の拡張工事)等の為に現在の場所に移転した。

東京教区豊島組は文京区、板橋区、豊島区、北区等に70ヶ寺が集中してるが仲台寺は練馬区に移転しても自坊と同じ豊島組に所属している。

我々、東京教区の地域割りでは練馬区は城北組になる。 教区内にも移転に伴い同様なケースが何ヶ寺かある。

 

自坊の先代住職も移転前の昭和33年から平成4年(85歳)まで35年間ほどお施餓鬼やお彼岸の説教にお邪魔をしていたお寺。

私も先代ご住職から御教導賜ったが現御住職は同い年だが早生まれのため学年は一年先輩だが大学時代から半世紀以上のお付き合い。

ご先代御住職は昨年が三十三回忌だった。年が経つのが本当に早い。

 

仲台寺山門

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山門を入った左手には庚申塔

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主尊は如意輪観音さまで左側には「寛文八年」(1668年)と刻まれている。

江戸時代一番、庚申信仰が盛んな頃。

 

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台石には庚申塔独特の「三猿」の彫刻も施されている。

田端からの移転の時に移されこの場所に奉安されたのでは、、

江戸時代、御府内から少し外れた文京区の一部や豊島区、板橋区には多くの庚申塔が残っている。

 

墓所との境の塀に沿って石仏や碑が、、

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御本堂

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参道には宗祖法然上人八百年遠忌記念に建立された永代供養塔

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御本尊様へご挨拶

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東日本大震災後に修復に出されたが金ぴかになり戻られるかと案じていたが「古代仕上げ」(古色仕上げ)の落ち着いた感じで本日も有りがたくお詣りさせて頂いた。

ちょっと施餓鬼法要の設えでご覧になりにくいが、、

 

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私は落語の清興のあと午後1時からのお取り次ぎをしておいとま。

 

玄関を出るとちょうど法要中の御住職が堂外に建てられた卒塔婆の水向けに向かわれる所だった。


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帰路の川越街道もまあまあスムースで予定通り帰寺出来た。

 

蒸し暑い一日だったが単純に気温のみでは十数年間で一番涼しかった?

 

PS お説教後、退堂して廊下で作相をしていたら本年もお檀家様のご婦人が御本堂から来られ私のブログをご覧になられていると、、

  恐縮、、、、


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