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芭蕉翁 句碑

澤蔵司稲荷HPの境内句碑でもご紹介しているが澤蔵司稲荷の境内に松尾芭蕉翁の句碑が有る。

松尾芭蕉翁(1644年〜1694年10月12日没)が延宝5年(1677年)、俳諧宗匠として立机(プロの俳諧師になる。)した34歳の時の作。
この頃から4年間ほどは神田上水の工事にも従事したとされ、この地には馴染みの深い俳人の一人である。

澤蔵司稲荷芭蕉句碑

「一時雨 礫や降って 小石川  芭蕉」

この句は本郷 壱岐坂(東京ドーム東側の坂)の中程に有った芭蕉翁と同郷(伊賀上野)の戸田権太夫亭(邸)から小石川澤蔵司稲荷方面を詠んだ句である。
その戸田権太夫亭(邸)に招かれ茶飲み話の最中に時雨があり本郷台から小石川台の澤蔵司稲荷方面を詠んだ句と想像される。

澤蔵司稲荷では江戸時代から句会が開催されており、その「芭蕉堂」同人 滝澤公雄翁が発起人となり大正7年10月12日の芭蕉翁の命日に澤蔵司稲荷境内に建立された。

現在もこの地に残る「小石川」「礫川」を詠み込んだ句として地元の人々からも親しまれている。

実はその戸田亭(邸)のすぐ側に慈眼院と同じ浄土宗の昌清寺というお寺が有る。
その境内に芭蕉翁の「花見塚」と呼ばれる句碑があり気になっていた。

明日、お施餓鬼の法要が有りお説教の依頼をされている。
準備にお忙しいと思いつつ本日お邪魔をして来た。

昌清寺芭蕉花見塚

「櫻狩きとくや日々に五里六里」

この句は芭蕉翁が元禄元年頃(1688年)に詠まれた句とされ寛政8年(1796年)清昌寺様の境内に建立されたとされていた。
しかし震災等で壊れ散逸していた句碑を先代住職が昭和59年秋彼岸に「茗荷図会」を参考に復元再建されたとの事。

石裏には
  「行かふは皆我友ぞ桜狩」
  「雪と峰雲と聳へつ山桜」の二句もあり芭蕉翁も櫻がお好きだったような。 

澤蔵司稲荷の句と昌清寺様の句を詠んだ時期は10年ほど隔たりがあり直接の関係はなかった。
どちらにしても神田川にそって本郷台、小石川台は櫻の名所になっていたようだ。



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