台風一過

昨日はお伝えしたように非常に大型の台風21号が関東地方直撃の恐れと報じられていた。

 

残念なお天気模様だったが50年来の友人(先輩)が住職を務める深川・長専院で住職継承と十夜法要が勤まるので早朝から副住職共々出かけた。

 

昨日のブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20171022

 

台風21号は昨晩遅くから未明にかけて最接近との事だったが前線の影響で朝から本降りの雨。

 

晋山式と新住職(新命)による十夜法要のあとは祝宴のご案内も有り帰寺が遅くなるので本堂  向拝(正面)の観音開きの板戸を閉めて出かけた。

 

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本年も台風は多く発生したが幸いに関東には近づく台風は無く扉を閉める事は無かった。

 

 澤蔵司稲荷  の本堂は南向きで小石川台地の高台に有り東京湾の方からは遮るものも無く南風の時は大変。

特に台風が東京の西側を通過すると南風となり大雨や強風が心配になる。

 

本堂正面は先代が建築した時は全てガラス戸で外側は板戸だった。

 

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  向拝正面(中央)の四枚の板戸を閉めた。

その左右、三枚ずつの板戸も開くとガラス戸が見えたが先年の本堂改修・耐震工事の時に内側を耐震壁にして板戸は勿体ないのではめ殺しに設置して貰った。

その時に洗いをかけたので雰囲気は良い感じ、、

周り廊下や高欄も総檜(ひのき)で新調したがまだ日が当たると眩しい。

湿気の有る時は檜の良い香りがする。

 

滅多にご覧頂けない風景なのでご紹介。

 

夕方、すっかり乾いたらいつも通りに開ける予定。


深川長専院 晋山式&十夜法要 厳修 

本日は台風21号接近で雨の中深川へ、

 

自坊、文京区小石川から江東区深川へは隅田川(大川)を渡らなければならない。

雨なので副住職の運転で清洲橋経由で、、、

大川の橋では私が一番好きな吊り橋の姿の清洲橋を通過で、、

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多分、蔵前橋経由の方が早いかも知れないが、、、、

 

例年10月22日は曜日にかかわらず十夜法要が厳修され毎年出仕・お手伝いをさせて頂いている。

 

本年は若干先輩だが十夜法要に先立ち住職退任・副住職の晋山(入山式)が厳修されるので副住職と共に。

 

退任した御住職とは50年に亘るお付き合いで若い頃から青年会活動も含め様々な場面でご一緒だった。

 

十夜法要・晋山式に先立ち退任された御住職から檀家さまへのご挨拶

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先月のお彼岸の頃に怪我をされ車椅子で、、

早期の御快癒を祈念

 

午後1時からの晋山式では  本堂向拝の扉を開扉して入堂。

地元、江東組組長上人から浄土門主(浄土宗)の住職認証書の伝達

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引き続き前住職から伝衣、過去帳、払子を伝達され新住職として奉告法要

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晋山式のあとの新命(新住職)からの挨拶

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その後、新住職として初めての十夜法要

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台風接近前の大雨にも関わらず多くのお檀家さまで満堂だった。

 

 

法要後、場所を移し箱崎のロイヤルパークホテルでご縁のある方々もご列席の祝賀会

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私も新住職認証申請に当たり法類(寺院同士の特別な関係)を依頼され承認されていたので寺側の立場でお開きの謝辞を依頼されていた。

 

先代住職の御慰労と新住職のこれからのご精進、来賓各位への謝辞を申し述べさせて頂いた。

スピーチ中に私のカメラで誰か(多分隣席の友人)が写してくれていたようで恥ずかしながらアップ

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明日は台風21号が関東に接近のようで、、

まだニュースを見ていないが被害が少ないことを願うばかり。

現在午後9時頃だが嵐の前の静けさか小康状態。

お気をつけ下さい。

 

 


もうすぐかな?

柿の実も色づき始めたがもうすぐこんな光景が、、、

 

よく知っていてこれからオナガ・ムクドリ・メジロ、ヒヨドリ等が、、、、

 

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勿論、スズメも、、、

 

これは以前の写真、、、


カビが心配、、

夏場もカビが生えるかと注意していたけれどこの長雨でまた心配な剣道防具の保管場所、、

 

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防具は牛革、鹿革、綿布や竹で出来ているので、、、

 

ちなみに竹刀の柄の汚れはカビではなく藍染めの小手の色落ち。

 

 

 


京都 妙法院 御門跡

宗派は違うが青年会時代や私の護摩修行でお世話になった上野寛永寺塔頭寺院御住職の先輩が京都東山妙法院の御門跡になられたとご挨拶状が、、

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妙法院は天台三門跡寺院として有名な大寺院。

第五十二世門主に御就任されたと。

 

この妙法院は南叡山と号して伝統ある寺院で三十三間堂の兼帯寺院(本坊)としても名高い。

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浄土宗総本山知恩院も同じ東山区で京都駅からの往復でも通る道にあるので次回は是非ご挨拶に改めてお詣りをしたいと思う。

 

しかし御門跡(御門主)の任期は七年、、、


大本山光明寺 十夜法要

昨日、副住職は鎌倉の大本山光明寺へ。

 

鎌倉材木座の浄土宗大本山光明寺では十夜法要が奉修されている。

 

十夜法要は正式には「十日十夜法要」

その発祥は京都の紅葉でも有名な天台宗真如堂(真正極楽寺)

阿弥陀如来さまへの報恩感謝の法要として室町時代末期に引聲念仏による十日間の法要として始まったと伝わる。

 

浄土宗では鎌倉光明寺第九世観譽祐崇上人が後土御門天皇の勅命で上洛され御所で阿弥陀経の御進講をされた。

その時、ちょうど真如堂では十日十夜法要の真っ最中でお詣りをされ感銘をお受けになり天皇から勅許を頂き明應4年(1495年)に鎌倉光明寺で十日十夜法要が奉修されるようになった。

 

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毎年10月12日から奉修されている。

 

副住職はご縁を頂いている千葉教区極楽寺の伊藤上人が昨日の日中法要・御代理導師法要をお勤めになられるので随喜(参列)のご案内を頂いていた。

 

日中法要はお練り行列で三門をくぐり本堂前では庭儀式もあるのだが生憎の雨で中止になってしまった。

 

昨日、副住職から写真が、、

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随喜する先輩諸師と書院玄関での記念写真?

 

光明寺の十夜法要では大五条(おおごじょう)袈裟を被着する。

肩から横に架けるので横五条、肩五条とも呼ぶが正式には上記。

 

10月に入り冬衣なので襟元にはマフラーのような白の羽二重等の領帽、手には中啓(半開きの扇)と荘厳数珠。

 

道衣の時の小型の袈裟(赤ちゃんの前垂れのような、、)は小五条(こごじょう)袈裟と呼ぶ。

小五条も夏は紗や絽、冬は塩瀬等生地も違い慶弔でも異なる。

お袈裟はご縁の有るお寺での慶弔の法要で記念に頂戴することも、、、

その為、衣部屋には箱の横に寺院名、年月日、法要名、お袈裟の特徴等を記入して夏冬、慶弔の別に整理して積んで有る。

頂いたお寺で何かの法要の時には極力そのお袈裟を被着出来るように、、、

 

以前にもブログでお袈裟や数珠の種類や持ち物、お香等々をご紹介したがまた機会があったら、、、

 

本日も光明寺では日中法要でのお練り行列が予定されていたがお天気は如何だったか?

都内は昼過ぎも朝方ほどでは無かったが小雨が降っていた。

 

昨日から急に寒くなり本日も11月中旬の気温?

午前中のご法事ではこの秋になり初めてエアコンを暖房にしてお檀家さまをお迎えした、、、


副住職の京都土産

副住職は昨日早朝に新幹線で京都へ。

 

「大原問答」で有名な三千院と隣接する天台宗・勝林院で「縁山流」(増上寺流)声明の奉納の為だった。

  昨日のブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20171011

 

明日は鎌倉材木座の浄土宗大本山・光明寺でのお十夜法要に随喜の為に夕方帰寺した。

 

お土産は私のリクエストで祇園「いづう」の小鯛雀寿司。

 

本来、小鯛雀寿司は大阪の「すし萬」の小鯛寿司が有名。

京都は鯖寿司(棒寿司)が本場だがどちらも私は大好物。

 

 

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祇園いづうの棒寿司の掛け紙は四季それぞれ異なる、、 既に紅葉の掛け紙に、、、

一本で充分二人分のボリュウーム、、  二本も、、

 

ご参考に今春のブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170307

 

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竹の皮を開けると板昆布に包まれている。

 

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本日、昼過ぎの注文だったので竹の皮の中で小鯛と昆布と酢飯が馴染みちょうど食べ頃だった。

江戸前寿司はカウンターでシャリが暖かい握りたてが一番美味しい。

箱に酢飯と具を入れて作る押し寿司とも違う。

保存が利く上に時間と共に風味が異なるのも先人の知恵。

 

堪能、、 ご馳走様でした。

 

 

 


副住職は京都へ

副住職は現在京都。

 

目的は大原三千院と隣接する「勝林院」

勝林院は天台宗で天台声明の根本道場。

 

文治2年(1186年)浄土宗宗祖・法然上人が招かれ各宗の高僧と議論をした「大原問答」で有名なお寺。

 

4 年前にもこの天台宗・勝林院で縁山流(増上寺流)の声明を奉納した。

それ以来、二回目。

あの時は開創1000年大法要だった。

  その時のブログ   http://blog.takuzousuinari.com/?day=20131011

 

今回は浄土宗大本山の一つ、京都の金戒光明寺の式衆も午後2時頃から奉納して副住職達の縁山流声明はそのあとと聞いていたが写真が届いた。

 

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多分、黒谷(金戒光明寺)の式衆が御本堂へ向かう所では、、、、

 

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御本尊は阿弥陀如来さま

 

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本堂は京都の有形文化財にも指定されている。


素敵な垂木と木鼻。

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天台宗だが法然上人のお像もお祀りされていると聞いている。

 

国立劇場(小劇場)でも本年7月に伝統芸能として公演があり副住職も出演させて頂いたがご縁のあるお寺で御本尊さまの前での奉唱は素晴らしい事だ。(この場合の奉唱・奉納等の呼び方は不知)


境内のソメイヨシノ

ソメイヨシノは毎年春には東京地方では靖国神社に標準木があり気象庁から東京でのソメイヨシノの開花宣言がある。

その頃は日本全国から開花や満開のニュースが飛び込み話題に、、、

 

その満開から桜吹雪で散る模様も、、、、

大変、潔いよいとも賞賛されている。

 

しかし落葉は8月下旬頃から二・三枚、葉が黄色くなってはハラハラと、、、

それも毎日、、、、、

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今朝、掃除したばかりだがご覧の通り。

 

この状態は11月下旬頃に本格的に紅葉が始まり落葉するまで3ヶ月ほど続く。

 

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落葉樹の中では一番潔くない、、、、

 

他の落葉樹は寒くなると一斉に紅や黄色に染まり一気に落葉するのだが、、、、


本日は法類 西岸寺 十夜法要

浄土宗ではお彼岸はもとより5月から7月の「お施餓鬼法要」と秋の「お十夜法要」は最も大切な行事。

本日は法類(寺院同士特別な関係の寺院)として 西岸寺のお十夜法要に出仕(お手伝い)

 

西岸寺は曜日に関係無く毎年10月9日に厳修される。

本日は「体育の日」


半齋供養(諸仏にお食事を頂く作法)の為に11時前に到着。

西岸寺山門
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御本尊 阿弥陀如来さまは恵心僧都作と伝わる素敵な阿弥陀さま。

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午前11時半からは「半斎法要」
お檀家様のお食事「お斎」(おとき)の前に諸仏にお食事を召し上がって頂く
「半斎供養」

お檀家まもお食事(半齊)後、午後1時からは説教。


午後2時からお十夜の法要

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雅楽の奏楽に迎えられ御部内御寺院住職方も随喜。

お十夜法要の主旨を述べる御住職の「表白」(ひょうびゃく)の奉読。
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礼讃(声明)をお唱えしながら散華行道
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右回りの行道は御本尊阿弥陀如来様への最高の御挨拶

祝日でも有り多くのお檀家様がご出席になられ好天の中、滞りなく厳修された。

 

 

昨年のお十夜法要では開創400年記念法要も併修された。

昨年のブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20161009


徳本行者 二百回忌法要

本年は浄土宗の念仏行者 徳本上人が文化15年(1818年)10月6日に61歳で一行院で御遷化されちょうど二百回忌。

その一行院で大法要が本日厳修された。

 

徳本行者は日本全国にその足跡を残されている。

特に独特の書体の御名号(南無阿弥陀佛)は有名。

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私も浄土宗東京区豊島組の一員、又その足跡でもご縁が有るとの事でご案内を頂いていた。

 

副住職は午前8時前に準備のために出発。

私は11時からの豊島組法要に随喜の為に午前10時頃に到着。

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到着した時はちょうど開白法要厳修中だった。

午前11時からは私も随喜(列席)する法要で写真は撮れず。

法要後に境内墓所内の徳本行者御廟に全員で墓参。

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その後、午後1時から講談師 神田蘭師による「徳本行者伝」の高座が、、

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伝記をよく勉強され徳本行者の生い立ちから御府内に来られ傳通院や自坊・澤蔵司稲荷に関わる出来事や参拝の事も講談の中で、、、

有り難いご縁。

 

その辺のご説明は後刻、、

 

その後、増上寺八十八世八木御法主台下御親修の二百回忌大法要。

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八木台下におかれてはこの文京区千石の一行院の御先代御住職。

 

五十年前の百五十回忌の時には御住職で当時の椎尾大僧正台下をお迎えしてお勤めになられた。

これも不思議なご縁。

 

午後3時からは東京教区法要、午後4時からは御住職による結願法要。 

 

大変な一日だったのでは、、、

 

 


昨晩は「十五夜さん」

昨晩は十五夜さん(中秋の名月)だった。

昼間から雲が多く所々に青空は望めたがお月さんにお会い出来るか心配をしていた。

 

果たして境内は高台で南に開けているので高い建物も無く暗くなった頃から東の空に雲の隙間から上りだしたお月さんが望めた。

 

午後8時半頃のお月さん

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流れる雲に出たり隠れたり、、、、

簡易なデジカメなのでこれが精一杯、、、、

 

子供の頃は内庭に面して縁側のある庫裏があった。

母親は縁側の廊下に机を設えお三宝にお団子をお供えして花瓶にはススキや季節の花を生けその奥の座敷で食事をした思い出が、、

ただ献立は何であったかは全く記憶に無い。

この季節なのでサンマの塩焼きやひじき・ちくわ・ゴボウ等の野菜の煮っ転がしだったか?

 

そう言えば昨晩の夕飯は天麩羅と山菜うどん、、、

舞茸は美味しかったが月見では無かった、(>_<)

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中国や台湾、華僑の方が多く住む国では「中秋節」と称して月餅を食べ祝う習慣も、、、

中国はあまり行かなかった台湾では滞在中に「中秋節」に巡り会った事も、、

「中秋節快楽!」(北京語の発音でツォンチョーチェー クァイラー)で「中秋節おめでとう!」が家族や友人達へのご挨拶だった。

確か休日になるのでは?(これは記憶違いかも、)

 

昨晩は満月の写真もFB等で多くアップされていたが天文学的な満月は明日の6日。

旧暦の八月十七日。

 

私が普段仕事で携えて利用している「暦」

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グレゴリオ暦(西洋の普段使うカレンダー)と併用の暦。

 

「十五夜」とは旧暦の八月十五日で「中秋節」となる。

しかし六日に「○望」と有りこの日のお月様が天文学的にほぼ満月となる。

 

満月と十五夜が一日ずれることは良くあるがたまに本年のように二日ずれてしまう事も。

 

これも暦の「妙」

 

八日には二十四節季の「寒露」を迎える。

東京の日の出は午前5時41分、日の入りは午後5時15分、、、
昼間の時間もだいぶ短くなった。

 

寒暖の差が大きいこの時期、皆様もご留意頂きたい。

 


境内の江戸町火消「な組」 木遣塚

先日、10月1日(日曜)に江戸消防記念会第四区「木遣不動尊祭」が例年同様厳修された。

 

地元の第四区二番組 御殿町さまとは代々様々なご縁でお付き合いを頂いている。

その二番組は江戸時代は町火消「な組」としてこの地域の火事にはたずさわり地域(町民)から信頼されていた。

 

当時の江戸御府内では定火消・大名火消等、幕府直轄や大名私設の消防常備軍はあったが一般庶民は蚊帳の外だった。

しかし、一旦火災が起これば大名屋敷も神社仏閣もそれこそ一蓮托生、、、

 

そこで享保4年(1719年)、八代将軍吉宗公の時代に当時の町奉行大岡越前守忠相公の唱導により江戸御府内に「いろは四十八組」の町火消組織が制定され翌年には大川(隅田川)挟む本所・深川にも十六組が組織された。

 

それでも歴史に残る御府内の大火は何回も、、

文化、文政、天保の時代の活躍には様々な記録が残る。

 

「火事と喧嘩は江戸の華」などと簡単に言うが庶民を守る町火消と定・大名火消との火事場での勢力争い確執は様々に有っただろうと想像が出来る。

あるいは町火消同士でも、、、 いずれにしても命を張った消火活動で有ったことは想像に難くない。

 

 

先日の木遣不動尊祭では元・町火消「な組」、現・第四区二番組の組頭から木遣塚のシンボルで有る「真棒」の両脇に観音菩薩と地蔵菩薩を奉安されたいとの発願がありその除幕・開眼法要も併修された。

 

当日はアップでご紹介出来なかったので改めて、、、

 

「木遣塚」は江戸時代から火災現場での殉職の先達への追悼慰霊、その精神を顕章し今後の伝承を誓う大変重要な塚である。

 

その為に「な組」組頭は真棒の台座には観音菩薩・地蔵菩薩にお守りを願い奉安、先達の追善の為に御名号も刻まれた。

 

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まだ先日の祝花のスタンドも、、

竹や注連縄もそのままで賑やか、、

 

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観音さまもお地蔵さまも穏やかなお顔とお姿。

 

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「南無阿弥陀佛」の御名号は浄土宗宗祖法然上人の御染筆を刻した。

 

お詣りの時にはそのような建立の意味をご理解頂けるかとご紹介。

 

先日のブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20171001 

 

PS 今晩は暦の上では「十五夜さん」(中秋節)

現在の空は雲もかなり、、、、

拝めるかな?

天文学的な月齢(満月)は本年は明後日の6日。


信濃毎日新聞に小石川の紹介が、、

昨日、江戸消防記念会第四区木遣不動尊祭にご列席下さった地元・表町町会祭礼委員部部長さんから「信濃毎日新聞」に小石川の紹介がありますと頂戴した。

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このブログは写真の幅が500ピクセルに制限されているのでお読み憎いかも、、、

ご了承下さい。

 

地方のローカル新聞に東京の文京区春日・小石川が紹介されているとは。

 


江戸消防記念会第四区木遣親聲会 木遣不動尊祭&江戸町火消な組木遣塚 開眼法要 厳修

お伝えしておりましたように本日は正午前から江戸消防記念会第四区木遣親聲会 木遣不動尊祭と江戸町火消「な組」木遣塚の諸尊の除幕・開眼法要が晴天の中で厳修された。

 

木遣不動尊は木遣親聲会創立100周年を記念して7年前に 澤蔵司稲荷  本堂に傳通院からのお練り行列により奉安された。

それ以後は若い筒先・道具中にその伝統を継承して貰いたいとの組頭の意向で筒先・道具中の主催により毎年この時期に執行されている。

 

今朝は早くから堂内、境内の準備、地元・表町町会さんや筒先・道具中の屋台の準備も始まっていた。

 

参道の木遣塚の前も、

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木遣塚の諸尊は改めて除幕されるので白い布が、、、

 

本堂前には普段本堂内の二番組纏(まとい)や先日、入魂・お披露目の済んだ第四区「大旗」も、

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第四区「大旗」完成祝賀会のブログ   

  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170827  

 

本日は写真が多いので時系列で写真を中心にお伝えする。

 

午前11時45分頃には本堂内に文京区長、小石川消防署長、文京区議会議長、関係の深い先生方、表町祭礼部長、小石川消防団副団長、各区組頭等で満堂に、、

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入堂後、御本堂では例年通り御本尊前で護摩供厳修

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写真が多いので法要の写真は割愛させて頂いた。

 

本堂内、木遣不動尊前でも御祈願させて頂き、その後木遣りの奉唱。

私のご挨拶、第四区総代の謝辞のあとご来賓各位からのご祝辞を頂戴して無事に堂内式は円成。

 

 

その後、木遣塚諸尊の開眼のために  向拝前から木遣りの先導で木遣塚前に、、

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木遣塚前では総代のお孫さんが除幕の為にお待ち受け。

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木遣り奉唱と共に無事に除幕。 第四区総代も一番緊張されたのでは、、、

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木遣塚真棒の脇に奉安された観音菩薩・地蔵菩薩、法然上人御染筆の御名号にも副住職の「四智讃」により開眼作法。

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真棒に刻された「南無阿弥陀佛」の御名号。

若い衆の袢纏は江戸町火消し「な組」の総形袢纏。各組で柄のデザインは異なる。

頭取中は冬の寒い時にはこの上に役袢纏(明治以降、腰に第四区は四本の白抜きの線が入るので一目瞭然)を被着する事も。

 

「木遣塚」は何回もお伝えしているように江戸時代から火災現場での殉職の先達への追悼慰霊、その精神を顕章し今後の伝承を誓う大変重要な塚である。

その為に「な組」総代は真棒には観音菩薩・地蔵菩薩にお守りを願い、追善の為に御名号を刻まれた。

 

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こちらは役袢纏被着の頭取中

 

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こちらは第四 筒先・道具中の役袢纏。

 

第一区組頭の音頭で全員で木遣りの奉唱

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第一区の頭なので袢纏の腰には太い一本の染め抜き。

 

列席各位の焼香後、木遣りの先導で書院玄関前に到着して作相後に御礼

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本堂前で記念写真

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写真はそれぞれご縁の団体(頭取中・各区・元六番組、筒先道具中)と沢山撮って頂いた。

 

境内では出店(屋台)でチビちゃん達も大喜び!

地元、表町町会のポップコーンた綿あめのコーナー

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一番前のドンブリパッチは孫、、、、

 

筒先・道具中の輪投げコーナーやスーパーボール、、、

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みんな楽しんでくれたかな??

 

素晴らしいお天気に恵まれお陰様で無事円成

 

お伝えしたように主催は第四区木遣親聲会「第四 筒先・道具中」だがご来賓各位、関係頭取中、表町町会協賛のもと盛大に無事に滞りなく厳修された事に感謝。

皆様 お疲れ様でした。

 

PS 本日から衣替えで衣等は「冬」の羽二重等に、、、、お陰様で汗をかかせて頂いた、、、


明日は江戸消防記念会第四区「木遣不動祭」と「木遣塚」開眼

先日もお伝えしたように江戸消防木遣親聲会発足100年を記念して7年前に 澤蔵司稲荷  本堂に江戸消防記念会第四区「木遣不動尊」が奉安された。

その為に江戸町火消六番組「な組」、現・江戸消防記念会第四区二番組組頭であり総代の高柳組頭はこれからこの伝統を継承して貰いたいと不動尊祭は第四 筒先・道具中に任せた。

 

六回目を迎える不動尊祭はその為に主催は「第四 筒先・道具中」

 

昨年のブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20161002 

 

本日も午前中から職方がお出でになり境内の清掃。

夕方にはすっかり綺麗になった。

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毎日、清掃しているがソメイヨシノの葉は二・三枚黄色くなってははらはらと、、、

十二月の本格的な紅葉や落葉の頃まで続く、、、

 

江戸町火消「な組」木遣塚

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黄色いシートで養生されている「真棒」には浄土宗宗祖法然上人の南無阿弥陀佛の御名号が新たに刻まれ両脇には石仏の観音菩薩と地蔵菩薩安置され明日ご本堂での木遣不動尊護摩供のあと木遣りの奉唱と共に除幕される。

明日朝には養生が解かれ白布で覆い除幕予定。

「塚」は飾り物では無く江戸時代からの先達の慰霊、功績の顕章、その伝統を後世に伝える大事なもの。

 

本堂には夕方、祝花も飾られた。

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ただ町内の掲示板に貼られているポスターの一部を訂正させて頂く、、

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地元「表町町会」さんも御協賛頂き模擬店も綿あめやポップコーン、その他ゲーム等も無料でお楽しみ頂ける。

 

様々な事で本堂での不動尊護摩供の開始時間は予定では午前11時45分頃から、、、

その後、木遣塚の開眼となる。

筒先・道具中の焼きそばやゲームコーナーは若干時間が遅くなる模様、、、

 

尚、法要後に御本堂内で直接に本尊さまや木遣不動尊へお詣り頂いた方には本堂内で先着150名様に「稲荷寿司」(お稲荷さん)の振る舞いも筒先・道具中から、、

ご遠慮なく堂内でお詣り頂きたい。

 

ただ堂内の法要には来賓の文京区長さん、小石川消防署長さんや関係の諸先生方と第四区だけでは無く各区の頭取中もお越しで法要後の振る舞いになると思われる。

ご了承を、、、、


江戸町火消 「な組」木遣塚 本日も作業が、、、

江戸町火消「な組」 現在の江戸消防記念会第四区二番組(御殿町)組頭は 澤蔵司稲荷とは代々様々なご縁を頂き平成22年10月10日には江戸消防記念会第四区木遣親聲会発足100年を記念して御本堂に「木遣不動尊」が奉安された。

 

その後、翌年から組頭は若いこれから伝統を受け継ぐ「筒先・道具中」に木遣不動尊の例大祭を任せた。

 

  昨年の木遣不動尊祭のブログ 

     ここに昨年の模様と7年前の傳通院からお練り行列で奉安された法要の模様が、、

 

                  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20161002

     

 

昨年の 澤蔵司稲荷  春季例大祭では本堂・書院改修記念の奉告法要も併修され境内参道に「な組 木遣塚」も建立され開眼法要も、、、

 

  ブログ    http://blog.takuzousuinari.com/?day=20160410

 

昨日お伝えしたように「な組」(現・二番組)組頭の発願により木遣塚の真棒台座石の左右に石仏が安置され本日は午前中から真棒にも何やら作業が、、、( 当日まで申し上げられない、、)

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シートを被せ作業

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これは秘密では無く防塵の為。

 

昼過ぎには作業が終わり拝見したがこれも10月1日(日曜)の「木遣不動尊祭」で除幕・開眼される迄は誰の目にも触れないようにと養生が、、、

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当日は本堂での法要後は木遣りに先導され塚の前で除幕、開眼作法が厳修される。

纏(まとい)振りも木遣りと共にご覧頂ける。

境内では地元・表町町会の出店や筒先・道具中の屋台・ゲームコーナーも、、

また本堂内で御本尊や木遣不動尊に直接お詣り頂いた方には堂内で筒先・道具中から「稲荷寿司」の振る舞いも、、

 

日曜日ですので木遣塚の建立の意義をご確認頂くと共にお子様お楽しみも有るので是非!!!

詳しい時間のご案内は後日。

 

PS ブログを書き始めて12年ほどが経過するが本日のブログで3400件突破(^o^) お陰様ですm(_ _)m

 

 

 

 


境内の参道「な組」木遣塚に何やら、、、、

江戸町火消・元 六番組「な組」木遣塚の真棒の両脇に何やら、、
1
10月1日の江戸消防記念会第四区 筒先・道具中主催の木遣不動尊のお祭りで除幕・開眼の予定、
当日は第四区だけでなく各区の頭取中を含め70人程の頭中がお集まりで境内には町会や道具中のチビちゃん向けの屋台も出店予定。
正午からの大護摩法要には文京区長、小石川消防署長や顧問の来賓もお越しとの事。
境内では木遣りや纏(まとい)振りもご披露。
なかなか普段、木遣りや纏振りをお聞きしたりご覧になる機会は少ないと思うので是非!!
例年の不動尊祭より盛大に執行されるのでお楽しみ頂けるのでは、、、
「木遣塚」は以前にもご説明したが江戸時代から火災の消火活動等で殉職された先人の慰霊と連綿と伝承される江戸からの木遣師の先達の遺徳を偲びこれからの活動の隆盛を誓う貴重な「塚」
決して単なるモニュメントではない。
PS 午前中の設置作業中にお姿は拝見し撮影をしたのだが「な組」(二番組 御殿町)組頭から除幕・開眼を済ませるまでは公表しないでとお申し出が、、、、

お彼岸のお中日 & 秋分の日

本日はお彼岸のお中日。

各お寺ではお墓参りや法要で大勢の方がご参拝に来られたのでは、、、

 

私は午前中はまず法類寺院の本駒込・常徳寺の彼岸法要と併修される永代祠堂法要へ

1

 

午前10時半からは講談師 神田織音師の「成年後見人講談」と題し認知症のお話しを交えて、、

11時からの法要で着替えのため最後まではお聞きすることはできなかった。

2

 

法要後の御本尊さま

3

 

帰寺後、午後2時過ぎには傳通院の彼岸法要へ

4

 

御本堂では若い頃から存じ上げている九州長崎からお出での香林上人の法話

5

 

どちらも法要に出仕の為、法要中の写真は写せず。

 

夜は地元、表町町会さん有志の方々の防犯パトロールが、、、

お出迎え

6

町内をブロックに分けての夜回り。有り難い事だ。

 

 


澤蔵司稲荷 「木遣不動尊 」と「木遣塚」

 澤蔵司稲荷  御本堂右脇陣には「木遣不動尊」像が奉安安置されている。

この木像のお不動様は現在の一般社団法人 江戸消防記念会 第四区木遣親聲会創立100周年を記念して第四区頭取中と筒先・道具中が一丸となり造立され御本堂に奉安された。

 

早いものでもう7年が経過した。

雰囲気をお伝えするために7年前のブログをペースト

 

(社)江戸消防記念会 第四区木遣親声会 創立100周年 不動明王開眼法要 お練り行列

以前からお伝えしているように本日、澤蔵司稲荷本堂へ(社)江戸消防記念会 第四区木遣親声会 創立100周年を記念して不動明王開眼法要の為のお練り行列が傳通院本堂から予定されていた。

しかし午前6時の朝の勤行の頃は天気予報通り低気圧通過の影響で土砂降り。
木遣り親声会の関係者の方々は絶対お練り行列をしたいと言う事で長い間準備をされていた。
ブログの通り昨晩も遅くまで準備に追われた。
昨日の準備のブログ。

関係の方々とは午前9時15分のお天気模様でお練り行列をするか決まっていた。
奇跡的に曇り空ではあったが雨が止みお練り行列は執行することになった。
急遽、本堂内に飾ってあった第四区所属10組の纏(まとい)も担ぎ出され傳通院へ。
お練り決定

傳通院向拝階段に10組の纏が整列。
御回願

本堂外陣で御輿にお載せした不動明王と共に御回願。
傳通院2

御回願後、予定通り午前10時に傳通院境内を出発。
傳通院3

傳通院から澤蔵司稲荷までの通りは地元警察の配慮、小石川消防署並びに小石川消防団の警護の元でお練り行列が進む。
纏行列
第四区10組、10本の纏(まとい)が威勢良く舞う。

お練り行列。町中に木遣りの声が響いた。
練り行列
珍しいお練り行列に御信者様以外にも地元の大勢の方々もご覧くださった。

澤蔵司稲荷正面参道の階段へ到着。
参道階段

参道には多くの御信者様もお迎え下さった。
参道到着

あの朝方の土砂降りの雨も奇跡的に止みお練り行列が執行出来た。
その後、御本堂で開眼・奉安法要が厳修された。
御信者様は長い時間、境内でお待ち頂いてしまった。

今後、ゆっくりお詣り頂きたい。
お練り行列に関しては地元富坂警察、小石川消防署長始め署員の方々、小石川消防団の各位にもご配慮頂いた。
小石川消防署長からは素晴らしいご祝辞も頂戴した。

奉安・開眼法要の様子は後刻お伝えする予定。
=========================
以上が7年前、平成22年10月10日のブログ。
本日の木遣不動尊
1
ご覧になりにくいがお厨子の上にはケヤキの立派な額に各組の纏がデザインされ奉記(趣旨)と関係者のお名前が刻されている。
先日もお像を彫刻された山形の仏師さんがお出でになりお線香や護摩の煙に薫じられ素晴らしいお姿になられているとお喜びだった。
昨年、春季例大祭で本堂の修復工事完工奉告と境内参道に完成した木遣塚開眼の併修の大祭を、、
その時に江戸時代から神社仏閣等の工事で基礎固めをする櫓と真棒のミニチュアも、、、
2
この櫓の中段と上段にとび職の方々が乗り力を合わせる為の作業歌が木遣原点と伝わる。
その後、この調子をとるかけ声が儀式化・洗練され木遣りに、、、
現在は東京都技芸の無形文化財にも指定されている。
小石川の地元、江戸町火消「な組」、現在の江戸消防記念会第四区二番組組頭、第四区高柳総代はその歴代の木遣師と町火消しで殉職した方々の遺徳、業績、功績を称えその伝統を後世に伝えたいと江戸町火消「な組」の木遣塚を境内に奉安した。
3
中央の円柱の石塔は地固めの真棒を象徴している。
ミニチュアでお判りのように丸い胴には綱を架ける出っ張りがある。
4
来月一日の木遣不動尊祭までに中央の真棒の台座の右側に観音菩薩、左側に地蔵菩薩が奉安されその開眼も、、
後ろ側の脇には「南無阿弥陀佛」のご名号も刻まれる。
組頭・総代は単なるモニュメントや記念碑では無くお詣りの場所になって欲しいとの一念。
木遣不動尊祭はこれからの若い衆にその伝統を継承して貰いたいと主催は第四 筒先・道具中。
江戸消防記念会では組頭・副組頭・小頭は正会員なので第四区を名乗れるが若い筒先・道具中は準会員のために「第四」となり区は名乗れない。
昨晩、西参道にも幟旗が、、、
5
地元・表町町会さんもご協賛で出店、筒先・道具中もゲームや焼きそば等の屋台も、、
また護摩の法要、木遣塚での序幕・開眼には第四区のみで無く各区の頭取中もお越しになり総勢80人程ともお聞きしている。
素晴らしい木遣りや纏振りもご披露される。
また本堂内へお詣り頂いた方には先着150名様に主催の筒先・道具中から「お稲荷さん」のお土産も、、
詳しい日程は下旬にお伝え予定。 お楽しみに、、、

 


木遣不動尊祭の準備会

先日もお伝えしたが来る10月1日に 澤蔵司稲荷  御御本堂に奉安されている江戸消防記念会第四区「木遣不動尊」の年一回の例大祭が厳修される。

 

地元、表町町会さんにもご協賛頂き毎年行われている。

午前中には町会役員さんがポスターをお持ち下さった。

1

既に町内の掲示板には掲示済みとお聞きした。

 

午後7時から書院で主催の第四 筒先・道具中の例式が行われその後私にもお呼びがかかり第四区総代と共に当日の打合会が、、

 

本年は境内参道の木遣塚の真棒には浄土宗宗祖法然上人の御名号が刻まれ台座の両脇には観音菩薩と地蔵菩薩が奉安される。

その工事は月末に行われるようだが式典の中でその序幕・開眼の作法も依頼されている。

 

木遣塚は江戸時代から活躍された町火消しの先達の追善とその遺徳を偲び伝統を継承するための塚。

現在の記念会にもその精神は継承されている。

境内の木遣塚は地元の町火消「な組」(現在の第四区二番組)の木遣塚。

 

総代がお帰りになってから筒先・道具中の役員が残り再度打ち合わせが、、、

2

 

境内には会議に先立ち旗も立てられていた。

3

風向きでこうなってしまったが、、、

 

昨年の不動祭りのブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20161002

 

 


地元 表町町会 例大祭

本日と明日は地元 表町町会では白山神社の例大祭。

 

近年はどこの町会でもマンションが増え新しく入居されたご家庭も多く地元に馴染んで頂こうと様々な工夫もしている。

昔の事をご存じない方も増え町会役員の方々も戦後昭和22年以降の変遷をつぶさにご記憶の方も減った。

 

神酒所も出来上がっていたので午前中にご挨拶。

1

氏神様をお迎えする設えも整っていた。

 

本日は山車と子供神輿の町内渡御のようでその準備も、、

2

祭りの二日間は春日通り交差点から傳通院山門前は歩行者天国で車両通行止めに。

祭礼が彼岸の入りに引っかかる場合は一週間繰り上げで執行の年も、、

 

戦前・戦後の旧・表町町会は大変広く昭和33年に様々な理由で表町町会と小石川表町町会に二分された。

詳しい経緯は存じているがブログでは、、

 

澤蔵司稲荷  鎮守の杜に守られ戦災に遭わず焼け残った神輿蔵の神輿や山車・太鼓等は小石川表町町会の管理に。

 

その為に分裂後、 澤蔵司稲荷 地元表町町会は翌年の昭和34年に山車や太鼓を新調。

太鼓の胴には昭和34年4月吉日の銘が、、

3

 

4

 

この時代の太鼓の銘板には右から「御神輿太鼓製造發賣所」で住所は「東京都台東区聖天町」とあり新住居表示の前、、

 

大人神輿は本日は出番が無いのと雨のために神酒所お隣のマンションのロビーにお隠れ

5

 

6

大人神輿に銘板は無かったが「御神輿師 宮本重義作」の木札が有った。

制作年月は分からず、、

 

7

 

午後、再度お邪魔をしたら大変な賑わい、、

たまたま町会長・副町会長・祭礼委員長等がお集まりのテントにお呼びがかかり地元・富坂警察署長も私服でお出でで一杯頂きながら楽しい時間を過ごさせて頂いた。

 

明日は昭和33年に町会が分かれてからおよそ60年ぶりに両町会による連合渡御が予定されているが台風の影響で天候が心配、、、

 

是非、記念すべき両町会の連合渡御を見届けたいのだが、、、

両町会の神輿、山車は 澤蔵司稲荷  境内のそれぞれの神輿蔵に保管されていた。

 

 

以下、古い8年前のブログだが小石川表町町会の山車・太鼓をアップしてある。

 

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戦火を免れた町会の山車・御輿

先程、本堂の後片付けをしていると「小石川表町町会」の町会長さんや役員の方々が澤蔵司稲荷境内の御輿蔵から御神輿や山車を搬出していた。

先日もお伝えしたが慈眼院・澤蔵司稲荷の地元は明治以後「表町」と呼ばれていたが戦後分割され「表町」と「小石川表町」となった。
その為、戦前までは境内には「表町」の御輿蔵は一つだった。
昭和20年5月25日の小石川近辺への空襲でもこの御輿蔵は鎮守の杜「お穴」の樹木に守られ奇跡的に類焼を免れた。
蔵の御神輿や山車は戦前のものだ。これらは現在の「小石川表町」の管理となった。
ちょっとややこしいが先日のブログ。

明日から白山神社の氏子町会では例大祭が始まる。
表町山車
境内奥の御輿蔵から階段を引き上げ参道へ出た「山車 だし」

山車の太鼓の胴には「昭和六年九月吉日」と彫られている。
表町太鼓1
78年前の太鼓と山車。(追記 現在では86年前)

何回か戦後も張り替え等の修理をしていると思われるが浅草「宮本卯之助」商店の戦前の「プレート」が太鼓の胴に打ち付けられている。
宮本卯之助1
東京市浅草區聖天町!!!(現在の浅草六丁目 本店のある場所だ)
プレート上部には右から「太鼓諸楽器製造發賣元」とある。

本堂にある毎日叩いている朱塗りの胴長太鼓も戦火を免れた。
やはり戦後、何回か皮を張り替えているので長胴の朱も張り替えの時に傷が付いてしまうので何回かに一度は胴全体を塗り替える。プレートも戦後のものになっている。
宮本卯之助2
文字も左側からに。  多分昭和39年頃に張り替えた時のプレートでは、、?
住所は新住居表示、電話番号の局番はまだ三桁。  あと5年程前だったら二桁?
プレート上部は「御神輿太鼓製造発売元」となった。

やはりこのような彫刻やプレートも記録としては大事だと実感。
本年7月24日の太鼓に関するブログ。
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宮本太鼓店の銘板も年代により店名も住所表示も微妙に異なっている。
昭和初期は「宮本諸楽器製造發賣元」 住所は「東京市浅草区聖天町」
戦後初期は「御神輿太鼓製造發賣元」 住所は「東京都台東区浅草聖天町」
昭和39年?頃からは「御神輿太鼓製造発売元」 住所は「東京都台東区浅草六丁目」
全部、現在の言問橋西詰の本店住所。

 


先月開催の江戸消防記念会第四区&江戸町火消元六番組 大旗完成祝賀会の私の祝辞

先月27日に池之端・東天紅で江戸消防記念会第四区と江戸町火消 元六番組の「大旗」が完成して祝賀会が開催された。

 

当日は第四区顧問の中屋都会議員、成澤文京区長、第四区の地域割りを担当する消防庁第五方面本部長や所轄の消防署長も来賓でお出でになっていた。

勿論、日頃お付き合いのある方々、消防団関係の方々、第四区頭取中・元六番組頭取、若い筒先・道具中も、、

 

長年様々なご縁でお世話になっており日頃の梯子乗りや木遣りの稽古は 澤蔵司稲荷  境内や本堂・書院で稽古も有り私にも祝辞のご指名があった。

 

既に第四区と元六番組の大旗完成の時は 澤蔵司稲荷  御本堂で入魂の御祈願が執り行われていた。

 

その時のブログ

このページでご覧頂けるようにブログをペースとする。

 

入魂式と祝賀会のブログを連続でペースト

 

江戸消防記念会第四区 「大旗」「略旗」 入魂式 挙行

日頃 、澤蔵司稲荷とは深いご縁を頂いている江戸消防記念会第四区並びに木遣親聲会。

 

本日は明治に江戸消防記念会第四区に改変されてからの念願であった「大旗」「略旗」が完成してその入魂式が厳修された。

 

午前9時頃から澤蔵司稲荷  本堂で準備開始。

1

 

2

右から第四区「大旗」、「略旗」、「国旗」

 

大旗は金糸・銀糸で刺繍をされた素晴らしい旗。

ご紹介したいのだが第四区総代からは今月下旬に正式にお披露するのでそれまではと言う事でクローズアップの写真はご遠慮。

 

その後、書院で所属10組の組頭の会議開催。

正午からそれぞれの組の組頭・副組頭・小頭 約40名ほどの頭が本堂へ、、、

 

入魂式。

3

高橋様ご提供の一枚

 

副住職(副別当)の先請伽陀の奉唱のもと「大旗」「略旗」「国旗」の入魂作法、合わせて第四区に伝わる新春、椿山荘での「大盃の儀」に使われる輪島塗の素晴らしい「大盃」「酒器」の御祈願も、、

 

この大盃の写真もあるのだが門外不出なのでご紹介出来ない。

 

ただ毎年お招きを頂く「大盃の儀」は毎年ブログにアップして有るのでブログ内「検索」で「大盃の儀」で検索頂くとご覧頂ける。

我々の「行」では秘密道場に相当する作法だがお許しも頂かずご紹介させて頂いている。

内緒でご紹介。

 

「大旗」の制作過程や細部の刺繍等のご紹介は今月末のお披露目のあとにご紹介予定。

 

その後、祝い膳が書院で振る舞われ副住職共々ご馳走になってしまった。

おめでとうございました。

 

 

PS

本日は午前8時頃からお世話になっている植木屋さんが霊窟に降りる階段横の樫の木の強剪定に、、

 

入魂式・祝膳がお開きになり境内に見に行くとさっぱりと、、、

4

常緑樹だが春先からパラパラと長い期間葉が落ちるので強剪定を依頼してあった。

樹齢は不明。

 

5

トラックが一杯になったので他の樹木は後日に、、、、

 

またまたお陰様の一日。

 

 

江戸消防記念会第四区 江戸町火消元六番組 「大旗」 完成披露祝賀会 

昨晩午後6時から池之端「東天紅」で一般社団法人 江戸消防記念会「第四区」と江戸町火消「元六番組」の「大旗」が完成してその披露祝賀会が開催された。

 

広い祝宴会場も来賓、日頃関係のある方々、地元小石川消防署長はじめ第四区所轄の各消防署長をはじめ各組頭取や筒先・道具中、若い衆で200名を超える出席者で埋まった。

 

来賓着席後、両「大旗」は木遣りと共に入場して壇上に飾られたがビデオを写しており撮影を忘れた。

(このブログには動画のアップが出来ない。)

 

1

 

ステージにお飾りされ、「君が代」斉唱、先達の諸々霊位に黙祷後、高柳第四区総代・元六番組会長から挨拶と経過報告

2

 

式次第

3

 

主賓の挨拶は記念会小宮名誉会長、成澤文京区長、中屋記念会顧問、小石川消防署長と共に私にもご指名が、、

 

成澤文京区長   江戸町火消しにも触れられご祝辞

4

 

祝儀の木遣り

5

「千秋萬歳」の木遣りも素晴らしかったが第四区所属10番組までの十基の纏にとどまらず江戸町火消し元六番組所属の五基の纏も並べられてあった事に感激。

私も祝辞の中でそのことに触れさせて頂いた。

総代披露の祝宴等で第四区十基の纏が並ぶのは有り難い事に何回も経験があるがこの光景は初めてだった。

 

   澤蔵司稲荷  本堂への木遣不動尊奉安のブログ

       http://blog.takuzousuinari.com/?day=20101010

   高柳第四区総代就任祝賀会のブログ

    http://blog.takuzousuinari.com/?day=20160330   

 

 

 

祝儀の舞や新内の演奏も有ったが見とれて写真撮影を忘れてしまった、、

 

筒先・道具中の梯子乗り

7

朝、境内奥の倉庫から梯を運んでいたが天井は高いと言えども低く三間半の「本梯子」は建てられず一番低い稽古梯子でのお披露目だった。

本梯子は長鍵を使い12人で支えるが場所の関係も有り道具中が素手で、、

 

お料理やお酒も美味しく頂戴して午後9時過ぎに一本締めで目出度くお開きとなった。

 

改めて大旗のご紹介

 

第四区大旗

8

中央には金糸の刺繍で盛り上がった「親聲」の文字が、、

所属十組の纏は面ごとに銀糸の刺し方を変えているので光の加減で陰影がでて立体感が、、

 

元六番組の大旗

9

刺繍の文字は「元六」

 

共に完成直後には 澤蔵司稲荷  本堂で入魂・開眼をさせて頂いたので私自身にとっても思い入れが。

お目出度うございました。

 

==============================================

 

先日、第四区のお祝いを含め写真撮影をなさっている写真館の方から当日の私のスピーチの写真を頂戴した。

ブログには極力、自分のアップの写真は載せていないのだが折角頂戴したので恥ずかしながらご披露、、、、

高砂後ろの「大旗」が素晴らしいので敢えて、、、、、

 

1

 

2

 

 

 

新春の椿山荘・錦水での「新春大盃の儀」は私の業界では秘密道場と同様、公開はしていないので写真屋さんも撮された事は無いが私がいつも撮影をさせて頂き無断でブログでもご紹介。

 

今春の「大盃の儀」のブログ

江戸消防記念会 第四区 「新年の式」(大盃の儀)

本日は例年通り正午前から目白の椿山荘に向かった。

日頃、お心遣いを頂いている江戸消防記念会第四区の頭取「新年の式」「大盃の儀」が
「椿山荘」で挙行された。
毎年御案内を頂き出席させて頂いている。

椿山荘で唯一和室の大広間がある庭園内の料亭「錦水」が会場。

錦水に向かう庭園内の三重塔。
大正14年に藤田平太郎氏が広島県・竹林寺から三重の塔を移築した。
現在は東京都の有形文化財に指定されている。
周りの樹木は「雪釣り」の冬の姿だった。

1

椿山荘は江戸時代には久留里藩黒田家の下屋敷だった。
明治10年山縣有朋公爵が屋敷として「椿山荘」と名付けた。
時間が有ったので庭園を散策

3

 

庚申塔

2


椿山荘内「錦水」の玄関

4

 

5
筒先・道具中の若い衆に迎えられた。
本年、担当する年番は一番、六番組、、、

ご来賓で第四区管内、消防庁第五方面本部長や小石川、本郷、池袋、神田、豊島消防署長等々もお見えになっていた。

本年は午後1時半から大広間で開式の「口上」と「大盃 おおさかずき」の振る舞い。
6

まずは年番(第四区は10組有るので輪番でその年の担当が決まっている)からの口上に続き「大盃」(おおさかずき)が振る舞われた。

まずは小宮江戸消防記念会名誉会長(元 消防総監)と一昨年第四区総代になられた高柳総代に大盃が、、


実はこの儀式は一般公開もなく門外不出の新年の習わし。

江戸時代にはいざ火事の場合は組頭に忠誠を誓う作法として始まった。

 

神聖な儀式であるのでこの江戸時代から続くしきたりを是非ご紹介したく毎年撮影させて頂いている。


若い衆が江戸消防記念会小宮名誉会長と第四区総代から来賓へと大盃の振る舞い。

ちょっとこの写真はご遠慮した。

若い衆の緊張した凛々しさに次世代を期待!

右側は一番組から五番組、左側は六番組から十番組の頭取中が並んでいる。

大盃が上座から一巡したあと祝いの「白扇」が、、
白扇
我々、浄土宗での慶事の時には「朱扇」を使う。

その後、祝いの木遣りの奉唱
9


「大盃」の祝辞の後、納めの大盃が下座から逆に振る舞われ名誉会長、総代に納められた。
7

 

8

この儀は江戸時代から続きいざ火事の場合は組頭・総代に忠誠を誓う神聖な儀式。

 

10

 

立派な輪島塗の酒器

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大盃を修める三宝にはそれぞれ一番組から五番組、六番組から十番組の纏が描かれている。

 

大盃の儀も無事、円上。


澤蔵司稲荷地元・小石川消防署長から祝辞と乾杯の音頭

11

乾杯のあと祝膳を頂戴した。
私も毎年、乾杯の後には祝辞と日頃の御礼を申し上げている。
 

12

20

和やかな中に目出度く4時過ぎに手締めでお開き。
お開き
本年の江戸消防記念会のご活躍と地域の安全を祈念。


尚、来る1月14日には澤蔵司稲荷本堂で「筒先中・道具中」の「大盃」の儀が予定されている。
昨年のブログ 
http://blog.takuzousuinari.com/?day=20160116
「筒先・道具中」は各組の「小頭」より若い衆。
江戸消防記念会では準会員になるが澤蔵司稲荷御本堂で護摩供後に「大盃の儀」が執行されるが御信者様でもご覧頂く事は出来ない。
ご了承を、、、、

本日の「頭取新年の式」(大盃の儀)は伝統的・神聖な作法・所作なので毎年同じようなご紹介になってしまう。
様々なご縁で御案内を戴き出席をさせて頂いているが皆様にも是非ご覧頂こうと思いついパチパチと、、、、
 

このような伝統的な儀式もご紹介しなければとの一念で、、、

 

==============================

 

PS

来る10月1日は本堂に奉安されている「木遣不動尊」の不動祭りが若い筒先・道具中の主催で厳修される。

境内の「木遣り塚」には観音様とお地蔵様を奉安して各区の頭取中もご参列されるようだ。

開眼と共に例年通り参道で「纏振り」や境内では町会を含め楽しい屋台も出店予定。

 

近づいたら御案内予定。

 

長いブログ申し訳ございませんでした。


これは便利かも、、、

本日、境内で気になる枝の剪定をしていたら若者が、、

 

話を聞くとNTT docomo bike  share の営業マン。

 

1

 

2

 

本人もシェア用の赤い電気アシスト自転車で、、、

 

頂いたパンフレットを拝見すると 澤蔵司稲荷 の最寄り駅、都営地下鉄大江戸線・三田線「春日駅」、東京メトロ丸ノ内線・南北線「後楽園駅」のそばにもサイクルポートが何ヶ所も、、、

近すぎて気づかなかったが坂の多い文京区で電気アシストの自転車で 澤蔵司稲荷 へのお詣りやお寺巡り、史跡巡りにも便利そう。

 

詳しくはHPで、、  http://docomo-cycle.jp/tokyo-project/

 

docomoさん こんなこともしていたんだ、、、

 


境内の曼珠沙華(彼岸花)

一週間程前に境内の掃除の時に曼珠沙華の花芽が伸び出していた事は知っていた。

例年より早いなと思っていたが案の定、昨日からちらほらと咲き出した。

例年だとちょうど秋のお彼岸の頃に咲き出しお中日の頃に満開になるのだが、、、

今年は9月に入り涼しい日が続いたので少し早めに、、

 

曼珠沙華は朱色の方が主流だが私の所の境内には白色の曼珠沙華の方が多く咲く。

1

 

厳密に分類すると白色のは「シロイロマンジュシャゲ」と呼ばれ自然交配種で違うようだが、、、

私は観察眼が無いので色の違いしか分からない。

2

 

3

 

4

 

5

確かによく見ると紅色と白色の花は花びらが若干異なるようだが、、、

 

こちらはピンクの曼珠沙華、、、

6

 

7

また違う学名が有るのか、、、、

私はあまり気にしないタイプなので、、、、

 

郊外に多く咲くのは曼珠沙華の球根にリコリンと呼ばれる毒性がありネズミやモグラ除けに土手や田畑の周りや畦道に植えられたと昔聞いた事がある。

 

どちらにしても曼珠沙華は花芽だけが伸びて花が咲き、その後に葉が伸びてくるので「葉を見ない花」「花を見ない葉」とも言われ「再会」のような花言葉がいくつもあるようだ。

 

花には寒中の寒い頃、春先の暖かくなった頃、新緑の頃、暑い真夏、、そして涼しくなり出した今頃に咲く花とまちまち。

これも四季の移ろいとそれぞれの季節感を味合わせてくれるので有り難い。

 

境内の様々な樹木や花を見させて頂いているが枝や芽の生え方、葉の形態、花の造形等々興味が尽きず植物学を少し勉強しておけば良かったなと思う時も有るがそのタイプでは無い、、、

その時々の感性で楽しませて貰うタイプ。一番気楽でイイ、、、

もうすぐお彼岸。

 

 


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