初午祭

本日は暦の上では「二の午」

 

お伝えしてあった通り暦の上での本年の初午は2月2日。

しかし3日が節分追儺式豆まきの為の舞台が本堂正面に設置されるので本年に限り本日の「二の午」に「初午祭」を厳修した。

 

午の刻(正午)から初午祭を厳修。

 

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6年前に副住職は私の護摩のお師匠様である平泉 中尊寺御貫首のご配慮を頂き仲間と3人で二十一ヶ座の護摩修行の伝授を頂いた。

浄土宗には護摩の修行道場はない。

 

成満後、初午祭だけは副住職が護摩を焚く。本年で7回目。


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祭文の奉読。

私は脇座。

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いつもの法類御住職だけではなく護摩修行での同行の副住職の友人も。

増上寺雅楽会のメンバーもわざわざ群馬から出仕してくれた。

入・退堂は雅楽の笙・篳篥・龍笛の三管で、、

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護摩は正式には六段護摩、 二時間以上時間がかかる。

秘密三段護摩でも一時間半ほど。

副住職は本尊段だけで修行したがそれでも40分ほどかかった。

 

お陰様で師走から新年の越年護摩、様々な新年の行事・法要、先日の追儺式豆まきの行事も滞りなく厳修する事が出来た。

 

都内でも最低気温が氷点下になり禊ぎ観音さまの手桶の水も凍る時もある。

 

皆様方もお体には充分ご留意頂きたい。

お陰様の一日。


2月14日は澤蔵司稲荷「初午祭」

初午祭に関しましては本年は暦の上では2月2日でしたが翌日の豆まきの舞台が本堂  向拝に設置されており御本堂にお入り出来ませんでしたので本年に限り「二ノ午」の明後日2月14日に初午祭を厳修致します。

 

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昨年の初午祭のブログ http://blog.takuzousuinari.com/?day=20180207

 

 

またお陰様で境内の整備や霊窟(お穴さま)の整備も整って参りました。

 

初めてお詣りの方は都心部にこんな霊窟が有ったとはと驚き有り難いご報告も頂いております。

朽ちて取り壊した霊窟の社殿や鳥居も徐々に整備されました。

 

以前の面影を取り戻すために霊履 鳥居の御寄進のお申し込みも継続中です。

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奥の院の観音堂まで鳥居を建立したいと考えております。

 

設置ご希望の場所はお詣りの節にご説明をしたいと考えております。

 

江戸時代からの面影・環境を残すためにご協力を頂けますならば幸甚です。

 

追伸 

 既にお申し込みを頂いている鳥居もございますが日光杉の原木を現在乾燥作業中とのことで設置は5月下旬頃になるとのことです。

 申し訳ございませんがもう暫くお待ちいただきたく存じます。


立春吉祥

昨日はお伝えしたように穏やかなお天気に恵まれ無事に節分追儺式・豆まき行事も済ませることが出来た。

 

本日は19度Cを越える暖かさで外で身体を動かすと汗ばむほどの陽気、、

職方は豆まき舞台や危険防止の為の柵の撤去等に追われた。

 

暦の上では本日は「立春」

明日は●「朔」で旧正月節、「元旦」

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台湾等、中華系の国々では今晩が大晦日で賑わうのでは、、、、

 

境内の片付けをしていたら暦通り「福寿草」が咲き出していた。

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福寿草は「元旦草」「朔日草」とも呼ばれ旧暦の元旦である今頃に芽吹き黄色い可憐な花を咲かせる。

 

「葉見ずの花」とも呼ば最初は花だけで満開後に徐々に葉が伸びてくる。

境内の他の場所でも咲き始めていると思うので植え込みの落ち葉をどかしてあげなければ、、、

 

ただ自己主張もあまりせず可憐に咲くので見逃すことも多くご参拝の折にはお気をつけて、、、

 

昨日のブログでもお伝えしたが「初午」は2月2日で節分前日の為に本堂正面に豆まき舞台を設置しなければならず「二ノ午」の2月14日が澤蔵司稲荷での「初午祭」厳修となるのでご予定に入れて頂ければ幸甚です。


本日は節分追儺式「豆まき」

立春を明日に控え本日は節分。

 

澤蔵司稲荷では子供豆まきも併修しているのでどうしても土曜や日曜日に前倒しをして追儺式豆まきを執行している。

本年は本日が日曜日なので暦通り厳修。

 

穏やかなお天気のもと豆まき行事をおこなうことが出来た。

 

午後3時から大護摩を厳修して3時半頃からの豆まきになるのだが既に2時半頃には境内に沢山の方が、、

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既に地元の富坂警察署、小石川消防署と小石川消防団の警備の方々も見守って下さっていた。

 

境内入り口には小石川消防団のチビちゃん達に人気のミニ消防車も、、

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3時からの護摩供厳修に望むチビちゃん達の準備も整い書院でスタンバイ。

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手製の裃姿に。

 

午後3時から追儺式の法要開始。

法要開始を喚鐘で合図。

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護摩のあと参加のチビちゃんに元気で良い子になりますようにと灌頂洒水。

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いよいよ豆まき開始。

 

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総代のあとちびチビちゃんも元気よく、、

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チビちゃん達は豆まきが続く中、本堂で集合写真。

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最後に我々僧侶も豆まきをして無事にお開きに、、、

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お陰様で境内のお子さん達も警備の方々に守られ無事に終了することが出来た。

 

ご参加の方々、境内にお集まりの方々、警備に携わって下さった方々のこれからの一年の心願成就、家内安全を祈念。

 

ありがとうございました。

 

追伸

暦の上では昨日の2日が「初午」ですがご案内の通り本日の節分豆まきの舞台が本堂前に設営されますので2月14日の「二ノ午」が澤蔵司稲荷での「初午祭」になります。

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初午祭の護摩供のみは既に護摩修行を成満している副住職が大護摩を焚きます。


大正大学 林田ゼミ 来訪

大正大学(浄土宗・天台宗・真言宗の三宗四派で創設)の浄土学 林田教授の率いる林田ゼミの四年生諸君が先生と本日午後来訪。

 

於大の方菩提所として、江戸時代は関東十八檀林であった傳通院を参拝したあと訪ねられた。

 

塔頭寺院、鎮守の稲荷として白羽の矢が立ったとお聞きしていた。

 

先ずは別当寺として祈願をする護摩供を短くご披露。

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副住職も大学で浄土宗の法儀実習(お経や様々な作法を習得する)を担当しており学生さん達とは顔見知り。

傳宗傳戒も終わり今春卒業の学生さん達。

 

浄土宗では般若心経は普段あまり読誦しないが全員が大きな声で太鼓に合わせ発声して下さったので感激。

確かに行中の食作法(じきさほう)では般若心経をお唱えする。

堂内に大きな声で般若心経が響き渡るのは初めての経験だった。

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護摩後には塔頭寺院、別当寺、数年前に境内から見つかった670年ほど前の「板碑」、奉納が続く萬盛蕎麦屋さんの話も、、、

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参加者の中には青年会時代から活動を共にして教区内の組長も一緒に勤めた友人のご子息や世田谷のお不動様の冬至の不動護摩(星祭り)に35年ほど太鼓を叩きに伺っていた御住職のお孫さんにもご挨拶を頂いた。

 

林田先生のご配慮にも感謝。

 

 


法類寺院の新春「初不動祭」厳修

本日午後から副住職と共に文京区春日にある慈眼院とは法類(特別な関係にある寺院)の西岸寺へ出かけた。

西岸寺「日限 ひぎり 不動尊」の新年初大護摩祈願が厳修される為。


毎年お不動様の御縁日の1月28日には48年ほど前に浄土宗の僧侶の資格(傳宗傳戒道場成満)をいただいてから護摩供の太鼓を叩きにお邪魔していた。
御先代住職が御遷化されてからは私も護摩修行が済んでいたので護摩供も焚かせて頂いていた。

しかし自坊副住職と同学年の西岸寺副住職、その友人と共に三人で護摩の修行を成満して6年前から西岸寺副住職が護摩供を厳修するようになった。

私は卒業。

道路側から見た西岸寺「不動堂」
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平成8年の書院再建前は境内に独立した木造の不動堂が有った。
現在は書院と一体化された建物(お堂)になった。
 

西岸寺御本堂
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不動堂内陣、

大きな唐金のお不動様。

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縁起では寛文11(1671)年の建立と伝わる。昔は願をかけた時には5〜7日と日を限ってお詣りをしたようだ。
以前の本尊不動明王像は石仏だったが昭和20年の空襲で被災し不動堂再建のおりに大きな唐金のお不動像を建立してその胎内に石仏のお不動様を納めた。

午後2時から御本堂で御回願後に不動堂で護摩供。

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正式に六壇護摩を厳修すると2時間以上かかる。
澤蔵司稲荷でもそうだが「本尊壇」のみの護摩供。

本来、天台宗護摩では三角に護摩木を積むが昨年から井桁に、、

 

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自坊の副住職は「承仕 じょうじ」(護摩のお手伝い役)として行者(西岸寺副住職)のサポート役。
私は太鼓を叩かせて頂いた。


護摩の後半では「お札様」の御加持。

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無事、厳修。

護摩作法は基本的には同じだがお不動様の祀られるお寺ではそのお寺の伝統にもより微妙に異なる。

来年の為に「差定」,,式次第をアップしておく。
私の為に、、、、

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まだ自坊では2月3日の節分追儺式(豆まき)や2月14日の初午祭と新年の行事が続く。

本年は暦の上は2月2日が初午ですが翌日の節分豆まきの舞台が本堂  向拝前に設置されますので二ノ午の「2月14日」が初午祭になります。

ご案内状は郵送してありますがお間違えになりませんように、、、、

 

大寒も過ぎましたが東京地方も寒い日が続いています。

インフルエンザも流行しているようですので御自愛下さい。

 


新春 身代り地蔵尊祈願祭

午後1時過ぎに文京区本駒込の慈眼院と法類でもある常徳寺に出かけた。

本日はお地蔵様の新年の初地蔵の御縁日、、

午後2時から例年恒例の「身代り地蔵尊祈願会」が厳修されるので出仕。

常徳寺山門

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山門をくぐりすぐ左手に地蔵堂が有るのでお詣りの方は参道。

 

毎年の事だが防寒の為にテントが張られ暖房機も、、、、

本日は晴天だったが北風が冷たかった。


地蔵堂の身代り地蔵尊

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お地蔵様の背後には御先代住職の発願で壇信徒様から御寄進された千体地蔵尊。

 

天井にも先代住職の拘りが、、

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千体地蔵尊は予定の約半分が奉安されたようだ。
私も先祖供養のために御寄進(奉安)させて頂いた。

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まだお申し込みは可能。

本年は新たに5体のお申し込みが有り法要中に開眼され奉安された。

常徳寺には江戸期に恵心僧都作と伝わる身丈7尺ほどの立派な「身代り地蔵尊」が祀られ多くのお詣りの方々が有ったとお聞きしている。
江戸名所図絵には常徳寺より地蔵堂の方が大きく描かれている。
残念ながら昭和20年5月25日の空襲で消失した。

御先代住職が発願され平成14年に参道左手に現在の地蔵堂が落慶して新しく造立されたお地蔵様が奉安された。
お地蔵様の周りには白檀の大きなお数珠が一周の設え、法要でのお焼香の後は一周する事が出来る。

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法要前には講堂で清興の落語が、、

桂 米太朗師匠の落語

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皆さん和やかに楽しまれていたが残念ながら米多朗師匠の高座も法要準備時間の関係でお聞きする事が出来なかった。


定刻の午後2時に地蔵堂に向かう前に本堂向拝で入堂する作法。

 

地蔵堂 御祈願開始

後住職の法要の趣旨を唱える「表白 ひょうびゃく」の奉読。

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私も太鼓を叩きに毎年お手伝いで随喜(出仕)

太鼓の最中に洒水作法
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御祈願中にお詣りの御信者様もお焼香

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お焼香のあとお詣りの方々はお数珠に触れながら(撫でながら)お地蔵様の周りを一周。
白檀のお数珠も16年以上が経ちだんだん飴色に年季が入ってきた。

 

参道は住職の配慮でテントも設営して暖房機も置いてあったがお寒かったのでは、、

 

お詣り皆様の本年のご健勝・家内安全・心願成就を祈念。

 
TNX Fhoto by 常徳寺 Staff


 節分 追儺式 豆まき ・ 初午祭のご案内

昨日、御信者様には郵送で節分追儺式の福男・福女募集と初午祭のご案内状をお送りさせて頂きました。

 

節分追儺式 豆まきは2月3日が日曜日なので暦通りに執行させて頂きます。

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家内安全・心願成就の為に年男・年女に該当なさらない方でもご遠慮なくお申し込みお願い申し上げます。

 

 昨年の節分会豆まきのブログ http://blog.takuzousuinari.com/?day=20180203

 

 

初午祭に関しましては本年は暦の上では2月2日になりますが翌日の豆まきの舞台が本堂  向拝に設置されており御本堂にお入り出来ませんので本年に限り「二ノ午」の2月14日に初午祭を厳修致します。

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お赤飯等の準備も出来ておりませんので呉々もお間違えの無きようお願い申し上げます。

 

昨年の初午祭のブログ http://blog.takuzousuinari.com/?day=20180207

 

 

またお陰様で境内の整備や霊窟(お穴さま)の整備も整って参りました。

 

初めてお詣りの方は都心部にこんな霊窟が有ったとはと驚き有り難いご報告も頂いております。

朽ちて取り壊した霊窟の社殿や鳥居も徐々に整備されました。

 

以前の面影を取り戻すために鳥居の御寄進のお申し込みも継続中です。

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奥の院の観音堂まで鳥居を建立したいと考えております。

 

設置ご希望の場所はお詣りの節にご説明をしたいと考えております。

 

江戸時代からの面影・環境を残すためにご協力を頂けますならば幸甚です。


江戸消防第四 筒先・道具中(睦) 新年の式・大盃の儀

蔵司稲荷とは深いご縁の有る江戸消防記念会第四区(だいしく)、並びに木遣り親声会。

先日も椿山荘・錦水での「第四区頭取新年の式・大盃の儀」に来賓として参列させて頂いた。

1月10日の椿山荘での第四区頭取中の大盃の儀のブログ

   http://blog.takuzousuinari.com/?day=20190110
    
  
本日は江戸消防記念会第四区の「第四 筒先睦」(第四 筒先・道具中)の新年の式「大盃(おおさかずき)の儀」が澤蔵司稲荷で執行された。

本日は例年よりも遅く午後2時半の開式予定で正午頃には筒先・道具中が集合して準備が始まった。
書院での打ち合わせや本堂での準備

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先日の椿山荘での頭取新年の儀の大盃は輪島塗で第四区所属10組の纏(まとい)の描かれた酒器だがこちらは少し小振り。

第四区の立派な酒器は先日のブログでご紹介済み、、、


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しかし小さな酒器だがお盆、酒器、盃にも「第四」の紋が描かれている立派な酒器。

 江戸消防記念会は東京都の23区(江戸川・葛飾を除く)を江戸町火消に倣った旧6地区と昭和23年以降に加入した5地区の計11地区に地域割りし、これを「区」と呼んでいる。
区の下に「組」を設け、これを番組と称し、その総数は87組に及んでいる

各組には独自の纒が1本ずつ配置され、その纒を中心に組織的な活動を行っている。

会員は正会員(組頭・副組頭・小頭)と準会員(筒先・纒持ち・梯子持ち・若衆)併せて約800名。
各区の組頭の中から、総代・副総代・幹事を各1名選出し、更に総代から会長・副会長を選任し記念会を運営している。
また、会員は火消気質と言われる良い意味での「義理と人情と痩せ我慢」を信条とし、祖先を崇拝し、目上を敬い、古い伝統やしきたりを重んじるという日本人的日本人の気質をもっており、このような共通した人間性を柱とした固い結束が会の支えとなっている。

本日の筒先中・道具中は準会員であり「第四区」は名乗れず「第四 筒先・道具中」

澤蔵司稲荷に奉安されている木遣り不動尊の前に「睦」の軸が掲げられた。

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9年前に第四区から奉安された「木遣不動尊」

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午後2時過ぎから来賓もお揃いになり2時半からまず澤蔵司稲荷本尊前で護摩供。


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護摩供後、脇陣の「木遣不動尊」前で御祈願。

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その後、堂内の設えを大盃の儀の為に準備。

「大盃の儀」
本年の年番(輪番)は一番組。

「口上」後、「大盃の儀」

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「大盃の儀」開会の「お手頭拝借」後の大盃。

 

上席から「大盃」の奉盃  第四区総代へ

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私も頂戴した。

 

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一巡して「大盃」は納めらた。

 

祝いの新年の木遣り奉唱

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目出度く「大盃の儀」も納められた。


その後、総職(筒先・道具中総責任者)の挨拶、

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来賓の総代の祝辞と共に私も祝辞と御礼を申し述べさせて頂いた。

 

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目出度く木遣りと手締めで納められた。
毎年の事だが若い衆の凛々しい姿に感激。

しかし第四区は良き指導者に恵まれ頼もしい限り、、、

本年も桜の頃や11月の紅葉の頃にはそれぞれ10日間ほどの梯子乗りと木遣りの稽古が澤蔵司稲荷境内と書院でおこなわれる。

本年のご活躍と繁栄を祈念。


足かけ9年前の2010年10月に澤蔵司稲荷に奉安された第四区木遣り親声会の「木遣不動尊」

2010年10月10日のブログ

http://blog.takuzousuinari.com/?day=20101010

2010年10月11日のブログ
http://blog.takuzousuinari.com/?day=20101011

これは是非ご覧頂きたい、、、

 

この儀式も門外不出、一般の方はご覧頂けないが先日の椿山荘での新年の式と同様に皆様にも是非ご紹介がしたく写真を撮らせて頂いた。

本日の儀式は護摩供以外は副住職が撮影。

 

これからも初地蔵尊祭、初不動護摩、、自坊でも節分追儺式(豆まき)、初午祭(本年は二ノ午の2月14日)迄続く、、

 

 

 



真珠院 初観音祭

昨日の深川・長専院不動寺の「護摩供」に続き本日は法類の小石川・真珠院での毎年恒例の初観音祭に出仕。

 

本日の初観音祭は正午からなので午前11時半前に到着。

山門横には「雪吊り」が、、、
雪釣り

真珠院御本堂

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御本堂建築と外構工事の時に参道は「二河白道」に拘られた。

御本堂は  向拝側が円形で後ろ側が方形の上から見ると馬蹄形状の珍しい構造。


参道左手には大きな石像の聖観音様
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観音祭はお檀家様や出仕僧は堂内でお待ちするが御住職はこの聖観音様の前でご回願してから本堂正面の向拝から入堂する。

 

傍らには可愛い雪よけの設えが、、、

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多分中は「牡丹」だったかな??
 

真珠院内陣
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導師座の上の天蓋(てんがい)「人天蓋とも呼ばれる)はクリスタルの天蓋。

お檀家様がお座りになる外陣は床暖房が効いていて打ち合わせは外陣で済ませた。

初観音祭らしい設え。

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ちょとご覧になりにくいが普段お檀家様がお詣りしている弥陀三尊様の前には本日のみのお前立ちの観音様がお出まし。

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初観音祭との事で普段の法要ではあまり読まない(読誦 どくじゅ)しない観音経普門品や太鼓での般若心経を読誦して無事に厳修.


その後、お檀家様は書院に移り新年会。
乾杯の後、講談や落語の清興も有ったようだ。

 

出仕の我々は控えの間で歓談して失礼をした。

窓からは書院からもご覧頂ける内庭にも雪つりが、、、

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お檀家様をお迎えするお心遣いが行き届いている。

今月はこれからも初地蔵尊祭や法類での不動護摩供など新年の行事が続き御本堂でのご相談もままならず、年始の御挨拶も遅れている。

明後日の20日には澤蔵司稲荷本堂で江戸消防記念会所属 第四筒先・道具中の護摩供と大盃の儀が執り行われる。


本年は節分追儺式豆まきは2月3日(日曜)。

2月2日は暦の上では初午ですが翌日3日の節分豆まきの舞台が本堂  向拝に完成しているので本年に限り澤蔵司稲荷の「初午祭」は二ノ午2月14日に変更になります。

ご案内をお送りしますがお間違えの無きようお願い致します。


深川 長専院 不動寺  新年護摩供厳修

今晩は深川、長専院不動寺の新年の護摩供

長専院・不動寺では今まで「正五九」(正月・5月・9月)の17日に不動護摩供が厳修されていたが数年前からお正月の本日のみになった。

 

本日は24年前の午前5時46分、阪神淡路大地震勃発の日。

6434人の尊い命が犠牲になりまだ行方不明の方も、、

朝の追悼式の模様が放映されていたが忘れてはならない日でもある。

 

小石川から深川にお邪魔をするときには大川(隅田川)を渡らなくてはならないが私の大好きな吊り橋型の清洲橋は塗装やライトアップ工事がまだ完工していなかった。

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東京オリンピックを控え都内では橋や道路の工事が各所でおこなわれている。

 

長専院の住職は浄土宗の僧侶になる傳宗傳戒道場、浄土宗で有りながらお互いの寺では護摩供の厳修があるので40数年前(昭和50年)に護摩の修行も同行。

しかし一昨年10月22日に副住職さんに住職を継承して前住職になってしまった。


不動堂山門

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21日に満月になる上弦のお月様も輝いていた。


護摩堂向拝

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先々代住職は大正12年の関東大震災と昭和20年の大空襲で二回本堂を焼失、、
不動堂は鉄筋コンクリート造で震災後に建てられた為かろうじて戦災の消失は免れた。

不動堂内陣
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午後7時からの護摩供では左側の太鼓を約45分間ほど叩く、、
阿弥陀経(護念経)一巻、般若心経は十数巻、、その後、お不動様の陀羅尼御真言、、、
もう40年以上、この護摩供では太鼓を叩いているがだんだん疲れを感じるようになってきた、、、、
祭り太鼓のように全身を使わないので上半身のみの鍛錬、、、、、

護摩の炎に近いが寒かった為に汗はかかなかった。

 

前後するが到着してすぐに長専院ご本尊様にも御挨拶。

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10数年前にご縁が有り鎌倉期の素晴らしい阿弥陀如来様がお越しになった。

現在は江東区の有形文化財にも指定されている。

 

今晩は護摩供のあとご本堂で不動講の方々の新年会。

毎日、新年の行事が続く、、、 明日は法類寺院での初観音祭。

明後日は江戸消防記念会第四区に所属する第四筒先・道具中の「大盃の儀」が澤蔵司稲荷本堂で護摩供と共に挙行される。


江戸消防記念会第四区頭取「新年の式」「大盃の儀」@椿山荘

本日は例年通り正午頃に目白の椿山荘に向かった。

日頃、お心遣いを頂いている江戸消防記念会第四区の頭取「新年の式」「大盃(おおさかずき)の儀」が「椿山荘」で挙行された。
毎年御案内を頂き出席させて頂いている。

椿山荘で唯一和室の大広間がある庭園内の料亭「錦水」が会場。

建物(ホテル側)の廊下経由でも錦水には行けるが庭園内を散策したいので散歩を兼ねて、、

 

庭園内の三重塔。
大正14年に藤田平太郎氏が広島県・竹林寺から三重塔を移築した。
現在は国の有形文化財に指定されている。
周りの樹木は「雪釣り」の冬の姿だった。

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雪景色の時にも是非訪れてみたい。


椿山荘は江戸時代には久留里藩黒田家の下屋敷だった。
明治10年山縣有朋公爵が屋敷として元々の「つばきやま」を「椿山荘」と命名した。
 

会場の錦水近くにある「椿山荘の碑」
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庚申塔

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説明板を読んだら自坊境内の庚申塔と同じ寛文9年(1669年)で同い年だった。

ちょうど庚申信仰の盛んだった頃。

 

お隣は羅漢石

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大正14年に京都伏見の石峰寺から移設安置されたようだ。


椿山荘 庭園内 料亭「錦水」の玄関

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毎年だが年番(本日、担当する)の筒先・道具中が寒い中お出迎え。

今年の大盃の儀の作法は五番組・十番組とお聞きした。

 

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ご来賓で記念会第四区管内、消防庁第五方面消防本部長や小石川、本郷、池袋、神田、豊島消防署長等々もお見えになっていた。

勿論、毎年国会議員・都会議員の顧問の先生方も、、、

第四区は様々な神社仏閣ともご縁が有るのに毎年私だけにご案内を頂いている事に恐縮。

定刻午後1時半から錦水 大広間で開式の「口上」と「大盃 おおさかずき」の振る舞い。

この儀式は畳敷きの大広間でなくては出来ない。
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まずは年番(第四区は10組有るので輪番でその年の担当が決まっている)からの口上に続き「大盃」(おおさかずき)が振る舞われた。

 


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まずは小宮江戸消防記念会名誉会長(元 消防総監)と第四区高柳総代に大盃が、、

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続いて来賓から下座へ

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実はこの儀式は一般公開もなく門外不出の新年の習わし。

江戸時代にはいざ火事の場合は組頭に忠誠を誓う作法(儀式)として始まった。

 

神聖な儀式であるがこの江戸時代から続くしきたりを是非ご紹介したく毎年、自席から撮影させて頂いている。

暗黙の了解を頂いていると勝手に解釈。

 

若い衆の凛々しさに次世代を期待!

右側は一番組から五番組、左側は六番組から十番組の頭取中が組頭から順番に並んでいる。

大盃が上座から一巡したあと一旦大盃は納められ祝いの「白扇」が、、

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我々、浄土宗での慶事の時には「朱扇」を携えて行くので二本になってしまった。

式中のご挨拶では持参した朱扇を持つ。

その後、祝いの木遣りの奉唱
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「新年の式」「大盃の儀」のご挨拶が第四区総代から。

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床の間には一昨年新調され 澤蔵司稲荷 で入魂式を厳修した第四区の「大旗」も飾られ輝いていた。

 

小宮江戸消防記念会名誉会長(元・消防総監)から祝辞

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ご来賓で記念会第四区管内、消防庁第五方面消防本部長や小石川、本郷、池袋、神田、豊島消防署長等々もお見えになっていた。

代表して消防庁第五方面消防本部長の祝辞

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顧問の先生方に続き私も新年の改めてのお祝いと御礼を申し述べさせて頂いた。

 

その後、納めの大盃が下座から逆に振る舞われた。

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被着している年番(本年担当)の筒先中の袢纏は「大四」の文様。

各組にはそれぞれデザインの異なった総型袢纏もあるが多分この袢纏はこのような式の時だけ、、、

左右、同じ所作で同時に進行しなければならないので静まりかえった座敷で畳に足袋と膝が擦れる音と三宝に大盃を戻される時の小さな音のみが頼りで大盃の儀が進行する。

さぞ緊張することだろう。

 

滞りなく名誉会長と第四区総代に大盃が納められた。

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我々は新年の大盃と納めの大盃と二回頂くことになる。
 

この儀は江戸時代から続きいざ火事の場合は組頭に命を預け忠誠を誓う神聖な儀式。

 

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立派な輪島塗の酒器

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大盃を修める三宝にはそれぞれ一番組から五番組、六番組から十番組の纏が描かれている。

 

大盃の儀も無事、円上。

 

一度退席して控え室へ。

祝膳の支度が調ったところで再び大広間へ、

 

小石川消防署長の祝辞と乾杯の音頭で祝宴の開始。

 

乾杯のあと祝膳を頂戴した。

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和やかな中に目出度く3時半過ぎに木遣親聲会会長の謝辞と手締めでお開きとなった。
 

 

本年の江戸消防記念会のご活躍と地域の安全を祈念。

特に昨年は江戸町火消創設300年と明治になり市部消防組結成150年の勝縁の年。


尚、来る1月20日には澤蔵司稲荷本堂で「筒先中・道具中」の「大盃」の儀が予定されている。
 

「筒先・道具中」は各組の「小頭」より若い衆。
江戸消防記念会では準会員になるが澤蔵司稲荷御本堂で護摩供後に「大盃の儀」が執行されるが御信者様でもご覧頂く事は出来ない。
ご了承を、、、、

本日の「頭取新年の式」(大盃の儀)は伝統的・神聖な作法・所作なので毎年同じようなご紹介になってしまう。
様々なご縁で御案内を戴き出席をさせて頂いているが申し上げたように皆様にも是非ご覧頂こうと失礼ながら写真を撮らせて頂きご紹介をしている。
 

 


江戸町火消「元六番組」「元六睦」定式(月例会)

いつもお伝えしているが江戸町火消し「六番組」であった「元六番組」「元六睦」の月例会。

六にちなみ毎月六日に澤蔵司稲荷書院で開催されている。

 

正月だけは6日が先日もお伝えしたが東京消防庁の「出初め式」だったので本日の8日に開催される。



所属の頭取中(組頭・副組頭・小頭) が集まる。

江戸時代の町火消しの組織「いろは四十八組、本所深川十六組」は明治時代になり明治5年に「市部消防組」として改編。

その後、近代消防に移行したことに伴い江戸時代の火消しの文化・伝統等を継承する為に江戸消防記念会の前身組織が明治後期に組織された。
現在の「一般社団法人 江戸消防記念会」は 全体で11の区で組織されている。

 

市部消防組の纏のミニチュアに関するブログ    

http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170816  

 

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小石川の地元は現在、第四区で二番組だが江戸時代には六番組「な組」として町火消しを担っていた。
その江戸時代の「六番組」はその組織を継承するために現在でも「元六番組」「元六睦」として現在の江戸消防記念会第四区とは所属がダブる組とダブらない組もあるが受け継がれている。
第四区では「な組」(現・二番組)「む組」(現・七番組)「う組」(現・二番組)が所属。
近年、九区の一部も復活して組頭・副組頭・小頭等30名ほどの頭取中がお集まりになるので書院も手狭、、、

袢纏の腰の部分の白抜きの本数で何区か識別できる。
第四区は四本、第九区は九本。
奇数の区は直線で偶数の区は曲線で波打っている。
役袢纏と呼ばれているが組頭・副組頭は肩からの赤(朱色)の線は二本、小頭は一本で火事場での指揮系統は一目瞭然だった。
 

本日は新年のため開式に先立ち年頭の祝の木遣りの奉唱。

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「お手頭を拝借」で一本締め

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我々は会議での開式・閉式はお十念だが、、、

 

今月は年頭に当たり睦会長からも新年のお祝いと激励の言葉も。

 

閉式後、目黒・祐天寺へ、

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役袢纏の白抜き九本は第九区の頭取中

 

毎月、自坊書院での定式(月例会)のあとご縁の有る神社仏閣にご参拝。

これも伝統の継承と先達への遺徳慰霊の為。

 

江戸消防記念会では昨年江戸町火消創設三百年の記念式典が盛大に開催された。

 ブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20181126

 

本日、式定に先立ち三百年記念式典の写真集を頂戴した。

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明後日10日には椿山荘。錦水の大広間で新年の儀「大盃の儀」がおこなわれるがご案内を頂いているのでお邪魔をする予定。


七草粥

本年は新春六日が二十四節季の「小寒」。

寒の入りで文字通り今朝は冷え込んだ。

本日は暦の上では「人日」で「七草」
「七草粥」を頂く日。
本来は前日の六日に春の七草を積み刻んで七日の朝にお粥にして一年の邪気を払い

無病息災を願い食べた習慣と伝わる。

おせち料理等で負担のあった胃には優しい、、、

昔の人の知恵かな?

我が家は七日朝は多忙なので毎年夕飯で頂く。

七草
七草
七草の名前を言うのは簡単だが漢字では、、、、、難しい、、、
「セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ、、、、」
芹・薺・御形・繁縷・仏の座・菘・蘿蔔、、、、

土鍋で炊くお粥前の刻んだ七草。
七草2

 

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先輩住職が30年ほど前に焼いて下さり頂戴した器で頂く。

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やはりちょっと土臭いこの七草粥を頂かないと新春を迎えた実感が湧かない、、

今月、寒の内は新年の行事が続く。

ご馳走様でした! 合掌

 

PS 明朝も寒いとの予報も出ているのでお身体お大事にして頂きたい、、、


東京消防庁「出初め式」

本日午前11時から新春恒例の東京消防庁「出初め式」がおこなわれた。

毎年、テレビでも生中継。
自坊は多忙で録画予約をしておいた。 先ほど拝見、、

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「江戸消防記念会」各区も例年通り「梯子乗り」のお披露目。

中央奥で消防車両をお待ち受け。


江戸時代、江戸の消火は大名屋敷お抱えの大名火消しも存在したが庶民の火災には「町火消」が活躍をした。

「江戸町火消」の組織は三百年前に南町奉行大岡越前守忠相が制定し昨年11月には三百年記念の式典も盛大に開催された。

  ブログ   http://blog.takuzousuinari.com/?day=20181126


明治時代になり近代消防が発足と共に江戸時代の町火消しは「江戸消防記念会」としてその伝統を現在に受け継いでいる。

 

三百年前の発足当時は文字通り江戸御府内の町火消の組織だったが記念会ではその御府内を取りまく消防組織も編入されている。

現在は11の「区」で組織。

澤蔵司稲荷地元はその「第四区 だいしく」
神田明神から湯島天神、小石川、護国寺方面がその受け持ち区域。

「第四区」は毎年11月中旬に本日の為に澤蔵司稲荷境内で梯子乗りと本堂で木遣りの稽古が一週間ほどおこなわれている。
 昨年11月の稽古始めのブログ  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20181116

 

 

録画してあったテレビより、、

 

梯子乗りのお披露目開始に先立ち第四区高柳総代が説明

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澤蔵司稲荷御本堂に奉安されてある纏も特別出演

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本年の梯子乗り演技は第四区中心に放映された。

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顔なじみの顔

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第四区は袢纏の染め抜きが四本なので直ぐに分かる。

 

梯子は12人が長鍵(鳶口)で垂直に支える。

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本年も無事にお披露目我でしたことに安堵。

 

 

境内に正午過ぎに会場から凱旋

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こりゃあ トラックでの帰路は目立つだろうな、、、、

新調して本日の出初め式で使われた本梯子を下ろす。

昨年の梯子は短くして稽古梯子として使われる。

 

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本梯子はケースに収め境内奥の倉庫へ

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長さ三間半

 

特別出演した纏も本堂の元の場所へ

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第四区の出陣式は地元、小石川消防署と本郷消防署と隔年で変わるが今朝は5時半から本郷消防署からの出陣だったと伺った。

 

早朝からご苦労様でした。

 


明日は東京消防庁「出初め式」

明日6日(日曜日)午前11時から有明・ビッグサイトで新春恒例の東京消防庁出初め式が開催される。

 

その中で江戸町火消の伝統と心意気を伝える江戸消防記念会も出動。

所属11区の高さ三間半の本梯子11本が立ち並び梯子乗りの演技や纏振り、木遣りも披露される。

 

昨年11月には地元第四区の梯子乗りや木遣りの稽古が澤蔵司稲荷境内や本堂・書院でおこなわれた。

  稽古のブログ   http://blog.takuzousuinari.com/?day=20181116

 

明日の生中継では演技披露の前に澤蔵司稲荷本堂に奉安されている第四区二番組の纏が高柳第四区総代から紹介が有るようで今朝組頭宅に運ばれた。

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正月の輪飾りが付いたまま紹介されるようだ。

明日の午後までお留守、、、

 

テレビではNHKが午前11時から生放送で中継をする。

是非、ご覧頂くか録画をして頂きたくご案内させて頂いた。

 

2011年1月6日のブログ ご先代高柳総代もお元気だった。

  http://blog.takuzousuinari.com/?day=20110106    

 

2014年1月6日のブログ

       http://blog.takuzousuinari.com/?day=20140106


お雑煮

新年二日目、お陰様で本日の初詣のお待ち受けもお天気に恵まれ無事に、、

 

お元気な御信者様にお会いでき御挨拶と昨晩の越年・新年護摩でのお札・お守り・方除け札等の御授与も出来た。

 

今朝もお雑煮を、、、

昨日の元旦もお雑煮を頂いたがそのあとの修正会(部内の新年法要)が午前9時に始まるので毎年の事だがおせち料理も食べられず慌ただしい食事だった。

 

今朝は時間的に若干余裕が有ったのでゆっくり味わう事が出来た。

箱根駅伝のスタートを見ながら、、、、

 

お雑煮の文化は関ヶ原で東西に別れていると言われていたが全国のFB仲間のお雑煮の写真を拝見するとそんな単純なものではないと、、、

関東の焼いた切り餅と関西の丸餅はよく比較されるが具や出汁は千差万別、、、

 

我が家は一応関東風の焼いた切り餅とすまし汁

40年以上前に嫁いで来た家内は生粋の江戸っ子(浅草っ子)で私の母親は千葉県出身だったので母を習いながらこの姿に、、、

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今朝はいつも通り丹波の黒豆と共に、、、

具が多くてお餅が見えないが、、、    丹波は西日本だな、、、

 

数年前から愚息より「親爺!餅はすするな!」と言われていたが普段の蕎麦を手繰る

習慣でつい、、、

 

今朝も口頭で注意された、

 

このメモは昨年の元旦、家族でお雑煮をいただこうとテーブルに座ると隣には、、、

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食事中に口を酸っぱくして忠告するのが嫌だったのだろう、、、、

 

昨晩の夜のニュースでは都内でお餅を喉に詰まらせてお亡くなりの方がお一人、救急搬送が15件以上、中には心肺停止の方も、、、

 

皆様もお気を付け下さい。

 

新年の朝にお雑煮を頂くときの私の「座右の銘」、、、

 

先代住職(実父)の米寿 新年の句 (平成八年元旦)

   嬉しくも せがれに雑煮 注意され

   今年また 一家揃って ぞうに膳

   賀状読み 彼も達者か 老いの坂


謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。

澤蔵司稲荷の大晦日「越年大護摩供」も無事に滞りなく厳修することが出来きました。

澤蔵司稲荷は傳通院や小石川の鎮守として江戸時代から地元はもとより東は神田・上野方面の商売をしている旦那衆や町屋の商売繁盛、あるいは板橋・練馬方面の五穀豊穣を願う農家の方々の御信者様が多かった。

現在のように電車や地下鉄は終夜運転、車でお詣りの方々も多いので午前3時頃には一段落をするが昔は「越年護摩」終了後は多くの御信者様が書院でいくつものコタツでお酒を飲んだり仮眠をして朝の始発電車まで座敷で過ごされていた。

昨晩の大晦日、恒例の越年・新年護摩お待ち受けの為境内のライトアップ

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ライトアップされた本堂向拝の唐破風

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一昨年の本堂改修修復工事でくすんでいた向拝の彫刻等には白色の顔料で復元され漆喰壁と共に綺麗だった。

 

午後11時50分過ぎから澤蔵司稲荷本堂では「越年の護摩供」
まず108打の太鼓での越年。

その後、新年護摩修行


本堂は御信者様で満堂。

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参道お詣り

 

本年初めて霊窟(お穴さま)までライトアップを試みた。

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午前2時半頃までお詣りの方々が続いた。

その後、ライトアップを落として仮眠。

 

明けて早朝の朝勤行を済ませ午前9時からは本坊傳通院で修正会の法要へ。


我が家は四角い切り餅を焼いたお雑煮。急いで頂かないと行事に間に合わない、、、


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書院玄関
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山内寺院住職が集まり修正会(新年の別時法要)

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その後、山門前の大黒天(福聚院)さんへ

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大黒天(福聚院)

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大黒天様
大黒天
御尊像は60日毎の「甲子祭」と新春のみ御開帳。
尊像は文京区の指定文化財にもなっている。

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御住職から特別に許可を頂き撮影。


大黒天(福聚院)は傳通院正面の鎮守。

 

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法要後、「屠蘇」のご接待を頂き自坊の傳通院鎮守・澤蔵司稲荷へ

 

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澤蔵司稲荷稲荷での御祈願後に山内寺院の「修正会」はお開きとなった。

 


その後は澤蔵司稲荷での御信者様の初詣のお詣りが続き午後5時半頃向拝の結界を閉じた。

 

多忙で境内の元旦の様子等は写真に収める事が出来なかった。

 

ご参拝各位の本年のご多幸ご健勝、心願成就を祈念、

 

 

 


今晩は越年大護摩厳修

この時間になり今晩 大晦日の越年大護摩や新年のお待ち受けの準備・設えも整った。

 

毎年のご報告より遅くなりましたので写真のみで恐縮ですがアップさせて頂きます。

 

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松飾りは上部の三本の竹は節目から水平の寸胴ではなく斜めにした「へぎ」と呼ばれる飾り。

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手水舎にも新しい注連縄。

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江戸町火消「な組」木遣り塚

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本堂内の木遣不動尊前に奉安してある元・な組(現在の江戸消防記念会第四区二番組)の纏にも二寸の輪飾りが、、

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午前中に筒先・道具中がすす払いをして飾って下さった。

来春6日の東京消防庁出初め式では第四区が中心に生放送されるようでこの纏も出陣予定。

NHKで午前11時から放映予定。

お見逃し無く!

 

木遣不動尊

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御本尊前も護摩壇はまだだったが一枚撮影

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今晩の大晦日は午後11時45分頃から百八の太鼓を叩きその後、越年護摩厳修予定。

 

お札様、お守り様等の準備は完了しておりますのでお護摩後にお受け取り頂きますようお願い申し上げます。

 

本年も稚拙なブログにお付き合い下さり有り難うございました。

 

皆様方におかれましては素晴らしい新年をお迎えになられますよう祈念申し上げます。

 


大晦日 越年大護摩厳修のお知らせ

師走は副住職は大本山増上寺での傳宗傳戒道場の道場係で本日まで3週間泊まり込みで不在。

 

様々な準備が遅くなってしまった。

 

昨日、例年の越年大護摩厳修のお知らせをを御信者様には送りしました。

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お札様、お守り様等例年通りの御信者様には事前にご用意させて頂き大護摩供で御祈願させて頂き御授与できます。

 

元旦以降の初詣ではご希望で御授与出来ますので御本堂でお申し出下さい。

 

尚、元旦は午前九時から傳通院で修正会のお詣りがあり大黒天のあと戻る予定ですので一時間半ほど私のみ不在となります。

 

諸行事は例年通りですのでご遠慮なくお詣り下さい。

佳いお年をお迎え下さい。


東京教区豊島組礫川部 お別時&部会

以前からお伝えしているように浄土宗東京教区には島嶼部を含み430余ヶ寺の寺院が所属している。
島嶼部を除き10の組に分かれ豊島組は70ヶ寺。

更に6の部に分かれ慈眼院は礫川部に所属して10ヶ寺で構成されている。 
礫川部は毎月25日(浄土宗宗祖法然上人の御忌日)前後に所属寺院輪番で部会が開かれる。

今晩は本年最後の部会で会所(会場)は傳通院

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本年最後の部会はお別時会と納会も有るので午後5時集合。

 

書院玄関

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まず、午後5時から「お別時」の法要。

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丈内の僧侶と共に御忌日とお別時のお勤め。

 

終了後の御本堂

本尊阿弥陀如来様

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左脇侍には法然様

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右脇侍には善導大師さま、壽経寺開山聖冏上人(繊月禅師)像と一番右は

於大の方「傳通院殿蓉誉光岳智光大禅定尼」のお位牌

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お別時前に書院で恒例の部会。

部会後には本堂下の講堂での一年間の慰労の納会でご馳走になり午後8時頃に散会となった。

 

滞りなく本年最後の部会も終わった。

 


第32回 「深大寺そばを味わう集い」

澤蔵司稲荷とはお蕎麦に繋がるご縁で毎年クリスマスイヴの12月24日には調布 深大寺で開催される「深大寺そばを味わう集い」に御案内を頂いている。
深大寺(天台宗)貫首は大学時代の一年後輩だが様々なご縁をいただき毎年お邪魔をしている楽しく美味しい集い。

これは境内門前の蕎麦屋さんが主催する集いでは無く深大寺に所属する「一味会」が毎年様々なご苦労で我々に提供して下さっている集い。

本年で32回目。


午前11時半から蕎麦献納法要開始の御案内だったので午前9時40分頃に本郷・本駒込方面の仲間と南北線「後楽園駅」ホームで待ち合わせ11時少し前に深大寺に到着。

市ヶ谷駅で京王線直通に乗り換え調布駅(本日はつつじヶ丘駅)まで遠いようだが乗車時間は40分足らず、、、

山門前の参道。 門前の多くの蕎麦屋さんもまだ準備中だった。

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深大寺山門

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お蕎麦屋さんも蕎麦まんじゅう等のお土産の準備で多忙、、、

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暖かそうな湯気が、、、


御本堂

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昨年3月に寺宝の白鳳時代の釈迦如来像が国宝に指定された。

 

境内参道脇の手水舎

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初詣に備え階段もスロープに、、、

 

会場となる書院玄関

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数年前から御本堂で御本尊前にお蕎麦をお供えする「献蕎麦」の法要もお勤めになられ参列。

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打ち立てのお蕎麦の御奉納

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献蕎麦作法

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朱色に塗られたお三宝にはお蕎麦
献蕎麦

 

御本尊様

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「献蕎麦」法要後、正午前から深大寺書院で「深大寺そばを味わう集い」開宴。

真っ昼間から蕎麦前の一献、、、  ごめんなさい、、

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毎年、ご苦労されている「深大寺 一味会」による先付けは岩魚の燻製、いくらのおろし、カボチャの天麩羅。

漬物も自家製。

新酒「浮岳」は深大寺の山号に因み命名され一味会会員の臼井正樹氏による埼玉の蔵元での非売品。

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地元の名士を始め様々な方の楽しいスピーチも、、

昔、私も突然のご指名を頂いた事が有った。

 

書院と続いている厨房をのぞかせて頂いたら大変なご苦労が、、、

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お蕎麦を出すタイミングを合わせ総動員、,本当に有り難うございました。

 

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もう一枚のお蕎麦は福島県川内村の新蕎麦でこれも美味しかった。

 

毎年の事だが楽しい時間を過ごさせて頂いた。
本日のクリスマスイヴも真っ昼間から深大寺書院で一献かたむけながらの蕎麦三昧、、、
 

毎年最後の恒例行事、、、、、ご馳走様でした!!! 堪能!! 

 

有り難いご縁、、 

私は一年に果たして何杯お蕎麦を手繰らせて頂いているのか、、 感謝
 


冬至

境内のモミジもやっと本格的に色づいた。

本日は小雨も降ったが綺麗なので思わず、、

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本年、都心部は昼夜の寒暖の差があまりなく紅葉前に枯れてしまうかと思っていた。

今頃の紅葉なのでこのまま年越しの可能性も、、、、

 

本日は二十四節季の「冬至」

今晩は柚子湯に入られたお宅も多かったのでは、、

 

お陰様で我が家でも毎年。

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先ほどお風呂に、、

私は若い頃から冬至の晩の柚子風呂では湯船に入っている柚子をグチャグチャにして身体(肌)がヒリヒリするほど堪能した。

勿論、香りも、、、

 

最近まで続いていたが数年前からお風呂が汚れると禁止命令が、、、、

 

果たして、、袋に入った柚子がたった一個(^_^;)

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しかし先ほど柚子湯を堪能。

 

普段、私は烏の行水で短時間の入浴なのだが今晩は少し長めに、、、

 

でも内緒で絞った、、(^_^)

 


「住職の独り言」ブログを開設して丸13年

今月でこの「住職の独り言」と題する稚拙なブログを開設して丸13年が経過した。

 

思い起こせばあの頃に私と同じ団塊の世代が退職を迎え出した頃。

同時にネット環境も一般化してデジタルカメラも普及。

散歩・散策の方々も増えご自身で散歩記録をブログにアップしだした頃だった。

自坊の寺院名や稲荷名で検索をするとかなりヒットして失礼ながら若干的外れのコメントも目につきだした、、

 

ちょうどその年に江戸時代に構築され緩みが生じ危険な状態になった公道に面する石垣の緊急解体修復の工事が始まった時。

 

その進捗状況や自坊や地域からの発信をしようと開設したブログだった。

 

石垣解体修復工事の支障になる樹木の伐採から日々解体され再び積まれていく工程は変化に富み毎日のようにアップをした。

 

その後も様々な修復工事や関係ご寺院での法要や行事、御縁のある方の慶事、弔事、お説教席も頂いていたので続けることが出来た。

たまには趣味や友人達との懇談や食事の席での話題で脱線することもあったが、、、

また宗祖法然上人の800年御遠忌大法要、東日本大震災、大きな水害や地震、、 大切な方とのお別れ、、

13年はあっという間、、 開設したときは還暦前だった。

 

このブログをアップする前に管理者ページで確認するとアップした数は13年で3588件、使用した写真は12133枚超。

お陰様でご覧頂いている皆様の応援で続けられた。

日々の閲覧数を見ると驚くことも、、、

 

最初のテーマはお伝えしたように石垣工事。

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終わってみれば元通りの工事。

確か1500個ほどの間知石(四角錐の石)を解体して再度組み直した。

上部の玉垣は国産小松石で新しくした。

 

江戸時代構築の証。レリーフは空襲で火を被らなかったので石工さんが苦労して新しい玉垣に組み込んでくれた。

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延岡藩寄進の階段脇の玉垣に組み込まれたお狐さんのレリーフ。

当時、延岡の教育委員会に寄進者のお名前が刻まれていたので問い合わせをしたが同じ名前の方が家系に何人かいらっしゃるとの事で年代は特定出来なかった。

 

本堂も3年ほど前に修復・耐震工事を、、

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築60年ほど経っていたので大変な作業になってしまった。

回り廊下や高欄は無垢の檜材で、、

屋根瓦も葺き替え天井裏や床下には耐震の工事も。

 

同時に参道手水舎も、

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昭和20年の山手大空襲でも焼けなかったので基礎部分を強化。

水舎も瓦屋根は葺き替え腐食部分は新しく補修した。

 

一昨年、ご縁が有る江戸町火消「な組」の木遣塚も、、

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昨年、塚の真棒の両脇に観音菩薩・地蔵菩薩も建立された。

 

鎮守の杜(保護樹林内)のお穴様の朽ちていた霊窟のお堂、鳥居も新設。

崖地も整備。

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再び参道に戻るがユニークな石仏

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「寛文九年 1669年」と刻まれているので多分、庚申塔では、、

近くには「天和三年 1683年」の観音菩薩を主尊とする庚申塔もある。

江戸時代、350年ほど前は一番庚申信仰が盛んだったとされる頃。

 

昨年の本堂改修修復工事と共に境内の整備をしたが大変貴重な「板碑」も見つかった。

 

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昨年8月14日のブログより

 

板碑は鎌倉時代、南北朝、室町時代の戦乱の時代に武士の間で戦で亡くなった仲間の追善や自身を含め家族の安泰を祈念して奉納されたものと伝わる。

 

様々な御縁で教育委員会の学芸員の方がお持ち帰りになり本年1月下旬に鑑定結果がでた。

 

鑑定結果と共にお持ちになった学芸員の方からは古い物なので風化防止、盗難防止の為に室内保存をとの御進言。

 

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将来、記録として発刊される区内文化財の書籍に記載されるようだが、、

 

簡易の鑑定書

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ご説明では 澤蔵司稲荷 の東の低地には千川(谷端川)に沿って街道が有り間違いなくこの境内に奉納されたと、、

ただ江戸の大火や空襲等の火災で昔の姿で現存する物は文京区では少ないと、、

 

不思議な事に古い方は浄土宗第七祖聖冏上人がお生まれになった年。

 

二基目の板碑は太田道灌公が永享4年(1432年)にお生まれになった7年後の永享10年(1439年)

 

太田道灌公は「山吹の里」でも有名だが江戸城の前身である千代田城築城を長禄元年(1457年)に始められ築城中に乾(北西)の方角に光をご覧になり稲荷を建立したとある(現在の武道館付近)。

 澤蔵司稲荷 の御神殿・お厨子には太田道灌公の念持仏と伝わる十一面観音菩薩像も奉安されている(秘仏・非公開)

 

この二基の板碑はあの戦国の時代、聖冏上人が小石川談所、後の壽経寺の開創、お弟子の第八祖聖聡上人の増上寺建立を目撃された。

 

 

太田道灌公に纏わる境内・手水舎と以前の板碑のブログをご紹介。

 

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2017年2月22日のブログ

 

昨年4月に境内の整備中に発見され1月末に区の教育委員会文化財係の学芸員の方が鑑定書と共に自坊に戻ってきた「板碑」

 

板碑

包装された紙にも拡大した鑑定結果が添付されていたので本堂でご覧いただいた。

 

右は「暦應4年」(1341年)北朝時代(南北朝時代)

左は「永享10年」(1439年)室町時代初期の造立と判明。

            室町時代は應永(1394年)から、、、

            その後、応仁の乱も終わりまさに戦国時代へ、、

 

不思議なご縁で暦應四年(1341年)は浄土宗第七祖聖冏上人がお生まれの年。

 

聖冏上人は浄土宗が東国では「遇宗」「不庸宗」と呼ばれ我こそはと群雄割拠の時代に現在の浄土宗の宗脈・戒脈を整えられ五重相伝も確立された。

應永22年(1415年)現在の播磨坂付近の極楽水に傳通院の前身である壽経寺を建立する前に既に「小石川談所」として草案を建立。

小石川談所は壽経寺の建立の10年以上前にさかのぼる、、

 

今回、慈眼院・澤蔵司稲荷から見つかった二基の「板碑」は小石川談所、壽経寺建立、増上寺建立とあの時代を全て見守っている、、

 

670年ほど前の戦乱の時代に建立され鎮守の杜に守られ江戸の大火、関東大震災、昭和20年の空襲でも焼けずに残ったことに感謝。

 

申し訳無いが学芸員の方からも境内では風化や盗難等の事もありしばらくは非公開なのでご了承願いたい。

 


 江戸消防 第四区「新年の式」「大盃の儀」 稽古

昨晩から江戸消防記念会第四区の新年の「大盃の儀」の稽古が自坊で始まった。

 

本日、新年10日の椿山荘でのご案内も頂いた。

 

本番さながらに第四区に伝わる輪島塗の酒器を使い稽古。

 

稽古前にご無理を申し上げ写真を撮らせて頂いた。

 

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稽古前のリハーサル

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以下は本年1月10日、椿山荘 錦水での「新年の式」「大盃の儀」のブログ

 

本来は我々の修行の密室道場のような儀式で公開していないのだが毎年我が儘を申してブログにアップさせて頂いている。

感謝

 

 

本日は例年通り正午頃に目白の椿山荘に向かった。

日頃、お心遣いを頂いている江戸消防記念会第四区の頭取「新年の式」「大盃(おおさかずき)の儀」が「椿山荘」で挙行された。
毎年御案内を頂き出席させて頂いている。

椿山荘で唯一和室の大広間がある庭園内の料亭「錦水」が会場。

建物の廊下経由でも錦水には行けるが晴天だったが風の冷たかった庭園内を散策して。

庭園内の三重塔。
大正14年に藤田平太郎氏が広島県・竹林寺から三重塔を移築した。
現在は国の有形文化財に指定されている。
周りの樹木は「雪釣り」の冬の姿だった。

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雪景色の時にも是非訪れてみたい。


椿山荘は江戸時代には久留里藩黒田家の下屋敷だった。
明治10年山縣有朋公爵が屋敷として元々の「つばきやま」を「椿山荘」と命名した。
 

会場の錦水近くにある「椿山荘の碑」
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庚申塔

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説明板を読んだら自坊境内の庚申塔と同じ寛文9年(1669年)で同い年だった。

ちょうど庚申信仰の盛んだった頃。

 

お隣は羅漢石

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大正14年に京都伏見の石峰寺から移設安置されたようだ。


椿山荘 庭園内 料亭「錦水」の玄関

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毎年だが年番(本日、担当する)の筒先・道具中が寒い中お出迎え。

今年の年番は三番組・八番組とお聞きした。

 

ご来賓で第四区管内、消防庁第五方面消防本部長や小石川、本郷、池袋、神田、豊島消防署長等々もお見えになっていた。

勿論、毎年国会議員・都会議員の顧問の先生方も、、、

第四区は様々な神社仏閣ともご縁が有るのに毎年私だけにご案内を頂いている事に感謝。

午後1時から錦水 大広間で開式の「口上」と「大盃 おおさかずき」の振る舞い。

この儀式は畳敷きの大広間でなくては出来ない。
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まずは年番(第四区は10組有るので輪番でその年の担当が決まっている)からの口上に続き「大盃」(おおさかずき)が振る舞われた。

 

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まずは小宮江戸消防記念会名誉会長(元 消防総監)と第四区高柳総代に大盃が、、

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続いて来賓から下座へ

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実はこの儀式は一般公開もなく門外不出の新年の習わし。

江戸時代にはいざ火事の場合は組頭に忠誠を誓う作法(儀式)として始まった。

 

神聖な儀式であるがこの江戸時代から続くしきたりを是非ご紹介したく毎年、自席から撮影させて頂いている。

 

若い衆の緊張した凛々しさに次世代を期待!

右側は一番組から五番組、左側は六番組から十番組の頭取中が組頭から順番に並んでいる。

大盃が上座から一巡したあと一旦大盃は納められ祝いの「白扇」が、、
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我々、浄土宗での慶事の時には「朱扇」を携えて行くので二本になってしまった。

式中のご挨拶では持参した朱扇を持つ。

その後、祝いの木遣りの奉唱
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「新年の式」「大盃の儀」のご挨拶が第四区総代から。

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床の間には昨年新調され 澤蔵司稲荷 で入魂式を厳修した第四区の「大旗」も飾られ輝いていた。

 

小宮江戸消防記念会名誉会長(元・消防総監)から祝辞

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ご来賓で記念会第四区管内、消防庁第五方面消防本部長や小石川、本郷、池袋、神田、豊島消防署長等々もお見えになっていた。

代表して消防庁第五方面消防本部長の祝辞

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顧問の先生方に続き私も新年の改めてのお祝いと御礼を申し述べさせて頂いた。

 

その後、納めの大盃が下座から逆に振る舞われた。

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被着している年番(本年担当)の筒先中の袢纏は「大四」の文様。

各組にはそれぞれデザインの異なった総型袢纏もあるが多分この袢纏はこの式の時だけかも、、、

左右、同じ所作で同時に進行しなければならないので静まりかえった座敷で畳に足と膝が擦れる音と三宝に大盃を戻される時の小さな音のみが頼りで大盃の儀が進行する。

さぞ緊張することだろう。

 

滞りなく名誉会長と第四区総代に大盃が納められた。

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我々も新年の大盃と納めの大盃と二回頂くことになる。
 

この儀は江戸時代から続きいざ火事の場合は組頭に命を預け忠誠を誓う神聖な儀式。

 

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立派な輪島塗の酒器

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大盃を修める三宝にはそれぞれ一番組から五番組、六番組から十番組の纏が描かれている。

 

大盃の儀も無事、円上。

 

一度退席して控え室へ。

祝膳の支度が調ったところで再び大広間へ、

 

池袋消防署長の祝辞と乾杯の音頭

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乾杯のあと祝膳を頂戴した。
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祝宴では私の左には名誉会長(元、消防総監)、右は神田消防署長さんと同席でいろいろとお話しを伺う事が出来た。


和やかな中に目出度く3時半過ぎに木遣親聲会会長の謝辞と手締めでお開きとなった。
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本年の江戸消防記念会のご活躍と地域の安全を祈念。

特に本年は江戸町火消創設300年と明治になり市部消防組結成150年の勝縁の年。


尚、来る1月21日には澤蔵司稲荷本堂で「筒先中・道具中」の「大盃」の儀が予定されている。
昨年のブログ   
http://blog.takuzousuinari.com/?day=20170114


「筒先・道具中」は各組の「小頭」より若い衆。
江戸消防記念会では準会員になるが澤蔵司稲荷御本堂で護摩供後に「大盃の儀」が執行されるが御信者様でもご覧頂く事は出来ない。
ご了承を、、、、
 


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